ホウ素の力でイオンを見る!
長波長側の光で陰イオンを検出する新材料
お読みいただく前に
フッ化物イオンのような陰イオンは、過剰摂取により健康に害を及ぼすことが知られています。これを安価かつ高感度に検出する方法は、私たちが安全な環境で健康に暮らすために重要です。従来のセンサーでは、短波長側の陰イオンの検出は可能でしたが、長波長側を検出することは困難でした。
研究成果のポイント
- 溶液中のフッ化物イオンなどの陰イオンを、見た目の色・発光色に関わる光の波長が長波長化(低エネルギー側に変化)することで、簡便に検知できる新しいタイプのセンサー分子を開発
- さらに、フッ化物イオンを使って、青色から近赤外の範囲で発光色を自在に変えられるプラスチックフィルムを作れる技術を開発
- 従来のセンサー分子では、陰イオンを検出する際の見た目の色・発光色に関わる光の波長を長波長側に変化させることは難しかったが、三配位有機ホウ素化合物の一種フェナザボリンの「両極性」を利用した新しい分子デザインを採用することで実現
- 将来的には有害イオンを超高感度で検出する技術や、ディスプレイ材料としての応用に期待
概要
大阪大学大学院工学研究科・応用化学専攻の武田 洋平准教授らの研究チーム[(大学院生の青田 奈恵さん(博士後期課程)、中川 陸さん(当時博士前期課程 大学院生)、藤内 謙光教授、南方 聖司教授)]は、デンマーク工科大学Leonardo Evaristo de Sousa(レオナルド エヴァリスト ド スーザ)博士、Piotr de Silva(ピオトル デ シルバ)准教授との国際共同研究により、溶液中のフッ化物イオンなど特定の陰イオンに反応して、その存在を見た目の色や発する蛍光の色の変化で可視化する新しいタイプのセンサー分子を作り出すことに成功しました(図1a)。このセンサーは、陰イオンによって引き起こされる見た目の色や発光色の変化(色に関わる光の波長が低エネルギー側へ変化)を利用して、それらを検出できます(図1b, c)。さらに、プラスチックにセンサー分子とフッ化物イオンを加えてフィルムを作ると、加えるイオンの量によって発する蛍光が青から赤に自在に変えられることも明らかにしました(図1d)。
フッ化物イオンのような陰イオンを安価かつ高感度に検出する技術は、私たちの健康や環境を守る上でとても大切です。これまでに三配位有機ホウ素化合物を利用した陰イオンセンサーが多く開発されてきましたが、ほとんどは見た目の色や発光色に関わる光の波長が短波長側(高エネルギー側)に変わることでイオンを可視化するタイプです。しかし、長波長側に変わるセンサーを設計するための明確な指針はまだ確立されていませんでした。今回、研究チームはフェナザボリンと呼ばれる三配位有機ホウ素化合物の両極性に注目し、電子不足な芳香族分子と組み合わせることで、新しいタイプのセンサーの開発に成功しました。この発見は、有害なイオンを非常に敏感に検出する技術や、新しいタイプの色調変調ディスプレイなどに応用できる可能性があります。
本研究成果は、4月8日(月)(日本時間)にドイツのWiley-VCH Verlag GmbH社が発刊する国際的に著名な一般化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」に公開(オンライン版)されました。
図1. 開発した分子のa) 化学構造、フッ化物イオンを加えた際のb) 溶液の色、c) 発光色変化の様子。フッ化物イオンを加えて作製したd) 高分子フィルムの発光の様子
研究の背景
過剰摂取により健康に害を及ぼすこともあるフッ化物イオンのような陰イオンを安価かつ高感度に検出する方法は、私たちが安全な環境で健康に暮らすために大切です。これまで、三配位の有機ホウ素化合物を使って、見た目の色や発光色が変わることで陰イオンの存在を捉えるセンサーが多く開発されてきました。従来の三配位有機ホウ素化合物は、陰イオンを捕まえる力(ルイス酸性)が強く、陰イオンがくっつくと、分子の色や発光色が変わることで、陰イオンの存在がわかります。これらのセンサーでは、イオンが結合すると、分子全体の共役系が途切れる、または分子内の電荷移動が阻害されることにより、色や発光色に関わる波長が短波長側(高エネルギー側)に変わり、可視化が可能です(図2a)。しかし、従来のセンサーでは、陰イオンがホウ素に結合した時に起こる色や発光色に関わる光の波長変化を逆側(短波長化、低エネルギー化)にすることは困難でした。もし逆側の変化を起こせるセンサー分子を作れたら、新しい方法で陰イオンを検知できるようになったり、生体透過性の高い光を使って検知したりできるかもしれません。しかし、この新しいタイプの変化をうまく起こせるホウ素の使い方は、見つかっていませんでした。
研究の内容
武田准教授らの研究チームは、架橋型ホウ素化合物「フェナザボリン」の性質に注目しました(図2b)。この分子は、三配位ホウ素の空のp軌道に由来する「陰イオンを捕まえる能力(ルイス酸性)」を持ちつつ、同時に「電子を与える能力(電子ドナー性)」を持っています。不対電子対を持つ窒素原子とホウ素原子の間には、特別な結びつき(共鳴効果)があって、それが物質のこの二つの性質(両極性)を可能にしています。研究グループは、フェナザボリンを以前開発したU字形の電子欠損性の芳香族分子(ジベンゾフェナジン、図2b中“A”に相当)と組み合わせることで、陰イオンを検知する際に見ることのできる光の範囲を広げることに成功しました(図1b, c)。この新しいセンサーは、陰イオンがくっつくと、従来のセンサーよりもエネルギーの低い光、つまりより赤い光を発することができます。これはフェナザボリンの電子ドナー性向上に基づくHOMO-LUMOギャップの狭化、励起状態の電荷移動性の向上に起因します。研究チームは、分子デザインの妥当性を検証する比較実験から、電子求電子性の高いジベンゾフェナジンの存在により、フェナザボリンのルイス酸性度の向上・フェナザボリンからジベンゾフェナジンへの電荷移動が促進される効果があることを明らかにしました。
さらに、研究チームは、陰イオンに反応して光の色を変える性質を持つ分子を使って、新しい種類の高分子フィルムを作りました。このフィルムは、汎用的なプラスチック(ポリスチレン)と開発した発光性分子、そしてフッ化物イオンから調製されています。フッ化物イオンを少量加えるだけで、フィルムが発する蛍光が青から赤に変わるようにできています(図1d)。そして、加えるフッ化物イオンの量を上手に調整することで、フィルムが白色に光るようにもできることがわかりました。
図2. a) 従来の陰イオンセンサー分子とb) 本研究で開発した陰イオンセンサー分子
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、従来ではイオンに応答した光の波長変化の方向性に大きな制約があった陰イオンセンサー分子において、より柔軟性あるデザインが可能となりました。今回得られた知見を発展させて水溶性、特定のイオンへの選択性・結合能を向上させることができれば、将来的には、生体透過性の高い近赤外光を利用した生体内陰イオンの超高感度・高精度検出技術の創出が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年4月8日(月)(日本時間)にドイツのWiley-VCH Verlag GmbH社が発刊する国際的に著名な一般化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Anion-Responsive Colorimetric and Fluorometric Red-Shift in Triarylborane Derivatives: Dual Role of Phenazaborine as Lewis Acid and Electron Donor”
著者名:Nae Aota, Riku Nakagawa, Leonardo Evaristo de Sousa, Norimitsu Tohnai, Satoshi Minakata, Piotr de Silva* and Youhei Takeda*(責任著者)
DOI:10.1002/anie.202405158
なお、本研究は、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域「水圏機能材料」(JP19H05716)、基盤研究(B)(JP20H02813; JP23H02037)、および挑戦的研究(萌芽)(JP21K18960)の支援を受けて行われました。
参考URL
武田洋平准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0bbf54a386748dc5.html
工学研究科応用化学専攻 南方研究室
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~komaken/
SDGsの目標
用語説明
- フェナザボリン
3配位有機ホウ素化合物の一つ。トリフェニルボランのベンゼン環二つを窒素原子で架橋した化学構造を持ち、窒素とホウ素の間の共鳴効果により両極性を示す分子。
- 蛍光
光励起された有機分子は、基底状態からエネルギーの高い励起一重項状態へ遷移し、再び基底状態に戻る際にエネルギーをナノ秒オーダーの寿命の光(蛍光)として放射する。
- HOMO-LUMOギャップ
分子の最高被占軌道(highest occupied molecular orbital: HOMO)と最低空軌道(lowest unoccupied molecular orbital: LUMO)の軌道エネルギー差のこと。