レアメタル不要!有機EL発光材料を新開発!

レアメタル不要!有機EL発光材料を新開発!

ありふれた元素だけで室温リン光を実現

2021-1-12自然科学系

研究成果のポイント

  • 炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、ケイ素(Si)の汎用元素のみから成る室温リン光(room-temperature phosphorescence: RTP)材料の開発に成功。
  • 有機EL技術が普及する中、元素戦略的観点から汎用性に富んだ軽元素のみから成るRTP材料の重要性・需要が高まっている。
  • 開発したRTP材料を用いて作製した有機EL素子の外部量子効率(External Quantum Efficiency: EQE)は、軽元素から成るRTP材料を発光材料として用いた素子として世界最高値(4.0%)を達成。
  • 今後、RPT材料の構造―物性相関を明らかにし、より効率的なRTPを示す材料設計指針を確立できれば、希少元素に依存しない有機EL製品や高感度な生体イメージング材料などの開発につながることを期待。

概要

大阪大学大学院工学研究科・応用化学専攻の武田洋平准教授、南方聖司教授らは、オーストラリア スウィンバーン工科大学Heather F. Higginbotham(ヘザー F. ヒギンボーサム)博士、デンマーク工科大学Piotr de Silva(ピオトル デ シルバ)助教、ポーランド シレジア工科大学Przemyslaw Data(プシュミシュワフ ダータ)准教授との国際共同研究で、炭素(C)、水素(H)、窒素(N)、ケイ素(Si)の汎用元素だけで構成され、室温においてリン光(RTP)を示す有機EL発光材料(図1中、SiAz)の開発に成功しました。

RTP材料は電流励起により生じる励起子を最大100%の内部変換効率で光エネルギーへと変換できることから、高効率な有機EL素子における発光材料として実用化されています。現在、利活用されているRTP材料は、イリジウム(Ir)や白金(Pt)を含む重金属錯体に限られています。これらの材料は、励起一重項状態にある分子を励起三重項状態へと効率的に変換させるために必要な大きなスピンー軌道相互作用(spin-orbit coupling: SOC)の効果が見込めます。しかし、これらは将来枯渇が懸念される希少金属元素を含んでいるため、元素戦略的な観点から資源的に豊富で汎用性の高い軽元素のみから構成されるRTP材料の開発が切望されていました。

今回、同研究グループは、資源的に豊富なケイ素(Si)元素を含む”ジヒドロフェナザシリン”と呼ばれる電子ドナーの分子構造の剛直性や電子供与性に着目しました。これまで同グループが独自に開発してきた“ジベンゾフェナジン”と呼ばれる電子アクセプターに、ジヒドロフェナザシリンを二つ連結させたドナー・アクセプター・ドナー分子(図1中、SiAz)を設計・合成したところ、熱活性化による励起三重項状態間の変換(図2、逆内部転換)を鍵プロセスとするRTPを示すことを見出しました(図1)。特に、今回開発したSiAz分子を発光材料として活用して作製した有機EL素子の最高外部量子効率(EQE)は、これまでに報告されている軽元素から成るRTP材料を用いた値としては世界最高値の4.0%を達成しました。本研究により、希少元素に依存しない有機EL製品および高感度な生体イメージングの開発などが期待されます。

 本研究成果は、2021年1月6日(水)(米国時間)に、米国化学会が出版する専門雑誌「ACS Applied Materials & Interfaces」のオンライン速報版としてジャーナルHPに公開されました。

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図1 今回開発した室温リン光材料(SiAz)の構造と概略説明図

研究の背景・詳細内容

常温でリン光を示す物質は、電気励起により生じる励起子を最大100%の内部変換効率で光エネルギーへと変換できることから、有機エレクトロルミネッセンス(EL)素子の発光材料として利活用されています。

しかし、現在利活用されている室温リン光(RTP)材料は、イリジウム(Ir)やプラチナ(Pt)などの将来枯渇が懸念されている希少金属を含む有機金属錯体に限定されていました(図2a)。したがって、資源の供給面や製造コスト面から、クラーク数の高い汎用元素から構成され、エネルギー変換効率の高い常温リン光を示す発光材料の創出が望まれています。このような背景から、近年、ハロゲンなどの重元素の導入によるSOCの向上、または分子間相互作用を活用した分子配列制御に基づく励起三重項状態の安定化を活用したRPT材料の開発が世界中で盛んに研究されています。しかし、これらのアプローチでは固体状態において然るべき分子間相互作用の存在が必要であり、広面積なEL素子作製には不向きであることや、励起子同士消滅による低い外部量子効率や性能低下(ロールオフ)が避けられないことから、有機EL発光材料としての用途を考えた場合、多くの課題が残されていました。

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図2 a)従来のRTP材料および b)今回開発したRTP材料

以上の背景のもと、今回、武田准教授らの研究グループは、汎用元素のみから構成され、励起三重項状態の熱活性化による相互変換を鍵過程とするRPT材料の開発に取り組みました。同グループは、独自に開発したジベンゾフェナジンを電子アクセプター(A)、そして電気陰性度が炭素よりも小さく、クラーク数の高いケイ素元素を含むジヒドロフェナザシリンを電子ドナー(D)とする電子ドナー・アクセプター・ドナー(D–A–D)分子をRTP材料として設計しました(図2b)。量子化学計算による解析からは、第一励起一重項状態(S1)付近に第一励起三重項状態(T1)と第二励起三重項状態(T2)がエネルギー的に近接し、T2から基底状態(S0)への遷移が許容であることが予測されました。同グループは、合成した分子を様々なホスト材料にドーパントとしてブレンドして作製した薄膜の光物性を調査したところ、ホスト材料の極性に依存して光物理過程が大きく異なることを見出しました。例えば、非極性を持たないZeonex®と呼ばれるホスト材料中では、S11CT)からの熱活性化遅延蛍光(thermally activated delayed fluorescence: TADF)およびT13LE)からのRTPの二成分からの発光が観測される一方で、より極性の高い“TCTA”と呼ばれる化合物をホスト材料として用いると、T1およびT2からのRTPを示しました(図3)。これらのメカニズムは、詳細な時間分解分光測定および量子化学計算解析から支持されています。さらに、今回開発したRTP分子を発光材料として活用して有機EL素子を作製したところ、外部量子効率(EQE)は、これまでに報告されている軽元素から成るRTP材料を用いた有機EL素子としては最高値である4.0%を達成しました。

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図3 異なるホスト材料中におけるSiAzの光物理過程概略図

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

有機EL製品が世の中に普及してきた昨今、有機EL発光材料の重要性・需要はますます高まっています。これまでのRTP材料の設計には、イリジウム、白金、ハロゲンなどの重元素の導入が必要と考えられてきましたが、本研究成果により、資源的に豊富な軽元素のみから成る分子でも有機EL素子の室温リン光材料として機能することを示すことができました。本成果を契機に、汎用元素から成るRTP材料の開発がより一層進展することで、希少元素に依存しない有機EL製品の開発が期待されます。また、RPTは蛍光とは寿命のタイムスケールが大きく異なること、そして酸素に対する高い応答性から、RTP分子は細胞内の高解像度イメージング材料としての応用も期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年1月6日(水)(米国時間)に米国化学会の出版する専門雑誌「ACS Applied Materials & Interface」(オンライン速報版)に掲載されました。また、本研究は、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域「π造形科学」(JP17H05155)ならびに「水圏機能材料」(JP19H05716)、三菱財団自然科学研究助成(若手助成)の一環として行われました。

【論文タイトル】:“Heavy-Atom-Free Room-Temperature Phosphorescent Organic Light-Emitting Diodes Enabled by Excited States Engineering”
【著者名】: Heather F. Higginbotham, Masato Okazaki, Piotr de Silva, Satoshi Minakata, Youhei Takeda, and Przemyslaw Data
【DOI】:10.1021/acsami.0c17295
【ジャーナルHP】:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acsami.0c17295

参考URL

工学研究科 南方研究室HP
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~komaken/

用語説明

汎用元素

クラーク数(地球上の地表付近に存在する元素の割合を質量パーセント濃度で表したもの)の上位に位置する、地球上に多量に存在する元素のこと。

室温リン光(room-temperature phosphorescence: RTP)

光によりエネルギーを与えられた(光励起された)蛍光分子は、基底状態(S0)から、よりエネルギーの高い励起一重項状態(S1)へ遷移し、蛍光を放射することにより再び基底状態へと戻る。この過程はナノ秒スケールで完了する。または、スピンが反平行であるS1が、スピンが平行にそろった励起三重項状態(T1)へ変換された(項間交差:ISC)後、基底状態へと戻る際に放射する光がリン光である。S-T間の相互変換は基本的にはスピン的に禁制であることから、リン光は蛍光よりも寿命が長い(マイクロ〜ミリ秒スケール)。室温で観測されるリン光が室温リン光である。有機分子では、室温付近の温度では励起三重項状態の寿命が長いため、励起三重項にある分子が持つエネルギーは、結合回転や振動エネルギーとして損失(熱失活)されることが多い。

外部量子効率(External Quantum Efficiency: EQE)

有機EL素子に注入されたキャリア数に対する素子から取り出された光子数の割合または百分率。外部量子効率=内部量子効率×外部取出効率、で表される。通常、外部取出効率が20%程度のため、理論的な最大外部量子効率は、従来の蛍光材料を用いた場合(25%×20%=)5%であるのに対して、RTP材料の場合、(100%×20%=)20%程度である。

スピンー軌道相互作用(spin-orbit coupling: SOC)

電子のスピン(自転)と軌道角運動量(公転)との間に働く相互作用のこと。一般的に、重い元素(原子番号の大きな元素)ほど強いスピン軌道相互作用を有する。TADFやRTPを示す分子においては、励起一重項状態と励起三重項状態の効率的な相互変換が必須であるが、通常この過程はスピン反転を伴うため禁制遷移である。このスピン禁制遷移を許容にするには大きなスピン軌道相互作用が必要である。

電子ドナー

電子供与体、電子受容体のこと。相対的な電子の授受のしやすさに基づいて、他の分子(または原子団)へ電子を供与しやすい分子(またはその一部)を電子ドナー(または電子供与体)と呼ぶ。逆に電子を受け取りやすい分子(またはその一部)を電子アクセプター(または電子受容体)と呼ぶ。

熱活性化遅延蛍光(Thermally Activated Delayed Fluorescence: TADF)

光によりエネルギーを与えられた(光励起された)蛍光分子は、基底状態から、よりエネルギーの高い励起一重項状態(S1)へ遷移し、蛍光を放射することにより再び基底状態へと戻る。この過程はナノ秒スケールで完了する。スピンが平行にそろった励起三重項状態(T1)が、スピンが反平行であるS1とエネルギー的に近い場合、本来禁制であるS–T間の相互変換(項間交差:ISC)が熱的エネルギーにより可能になる。比較的寿命の長い(マイクロ〜ミリ秒スケール)励起三重項状態から励起一重項状態へ逆の項目(rISC)を経て基底状態に戻る場合に、通常の蛍光よりも寿命の長い蛍光(遅延蛍光)として放射される。これが熱活性化遅延蛍光である。