湿度によって色が変わる新しい分子性多孔質結晶を開発

湿度によって色が変わる新しい分子性多孔質結晶を開発

2020-8-19

研究成果のポイント

・湿度に応じて可逆的に色変化を示す、新しい分子性多孔質結晶を開発しました。
・この結晶は分子構造に樹状のプロペラ部位を持っており、湿度の変化に伴ってこのプロペラ部位が回転して結晶中の細孔の性質が変わり、水分子を取り込んだり放出したりすることにより、色の変化をもたらすことがわかりました。
・水分により劣化するという、従来の有機多孔質結晶の欠点を解決しうる材料設計に成功しました。

概要

国立大学法人筑波大学数理物質系 山本洋平教授、山岸洋助教、所裕子教授らは、国立大学法人大阪大学大学院工学研究科 武田洋平准教授ら、国立大学法人九州大学先導物質化学研究所 アルブレヒト建准教授、国立大学法人東京大学大学院理学系研究科 大越慎一教授ら、公益財団法人高輝度光科学研究センター 池本夕佳主幹研究員、国立大学法人東京工業大学、株式会社リガク、マラガ大学(スペイン)との共同研究により、湿度変化に応じて大きな発色変化を示す分子性多孔質結晶 を開発しました。

今回、本研究グループは、樹状のプロペラ部位をもつπ共役分子を新たに設計・合成し、これを溶液中で自己組織化 させることにより、分子性多孔質結晶を作製しました。この結晶には大気中の水分を取り込んだり放出する性質があり、それに伴って結晶の色が変化することが明らかになりました。例えば、室温(25度)において、湿度40%以下では結晶は黄色ですが、50%に達すると完全に赤色に変化します。この発色変化は湿度変化に対して可逆的であり、また色変化が生じる湿度・温度が我々の生活環境に近いことから、高機能かつ電力不要な湿度センサーとしての応用が期待できます。

本研究成果は、2020年8月17日付「 Communications Chemistry 」誌で公開されました。

本研究は、文部科学省科研費補助金 新学術領域研究「π造形科学」「水圏機能材料」「配位アシンメトリー」、基盤研究A、国際共同研究加速基金、基盤研究B、基盤研究S、若手研究、卓越研究員事業、筑波大学プレ戦略イニシアティブ、TIAかけはし、加藤科学振興会、花王芸術科学財団、旭硝子財団(若手継続グラント)、小笠原科学技術振興財団からの研究助成などにより実施されました。

研究の背景

大気中の蒸気成分の検出手法の一つに、ベイポクロミズムを利用する方法があります。ベイポクロミズムとは、物質が特定の蒸気を取り込んだり、蒸気と反応することで色が変化する特性のことです。身近な例としては、吸湿により青色から赤色へと変化するシリカゲル が知られており、電気など外部からのエネルギーの供給や、複雑な電子機器等がなくても蒸気成分を検出することができます。近年では、非常 に小さな孔を含んだネットワーク構造を有する共有結合性有機構造体(COF)や、金属有機構造体(MOF) を用いた、ベイポクロミズム特性に関する研究が盛んに進められており、検出できる蒸気の種類や、検出限界濃度、検出速度などの点で飛躍的な高機能化が実現されています。一方で、これらの多孔質結晶は、水分子の吸着により配位結合水素結合 などの分子間のネットワークが切断されやすく、湿気の高い環境中では徐々に劣化してしまう欠点がありました。

研究内容と成果

本研究では、分子間の結合によるネットワークを形成せずに、弱いファンデルワールス力 のみで集合化した分子性多孔質結晶(VPC-1)の構築に成功しました。この結晶は、プロペラのように枝分かれした樹状部位をもつπ共役有機分子 (図1 a) から成っています。この分子は有機溶媒中で60°Cで2時間加熱すると自己組織化して、多孔質結晶を形成します。結晶形成直後は孔内に有機溶媒が充填されていますが、減圧下で乾燥させ溶媒を取り除くと、結晶中に分子スケールの空洞ができます。通常、分子同士が化学結合を介したネットワーク構造で支えられていない空洞は、溶媒分子が取り除かれるとすぐに崩れてしまいますが、今回開発した結晶は、溶媒分子がない状態で、さらに60°C程度に加熱しても、多孔性の結晶構造が保持されます。

この多孔質結晶の空洞は、大気中の気体分子や蒸気を、取り込んだり放出したりすることができます (図2 a) 。加えて、結晶を形成している分子は、電子豊富な部位(カルバゾール(Cz)部位)と電子不足な部位(ジベンゾフェナジン(DBPHZ)部位)から構成されており、周辺に存在する分子の極性 を検知して色が変わるという特性をもっています。そのため、この多孔質結晶は、大気中の蒸気成分を孔の中に取り込み、その極性や濃度に応じて大きな色変化を示します (図1 b) 。とりわけ、極性の高い水分子に対しては鮮明な色変化を示し、乾燥状態(湿度40%以下)では黄色、湿潤状態(湿度50%以上)では深い赤色になります (図2 b) 。

水分子の取り込みに伴う結晶の色変化について、各種スペクトル測定(大型放射光施設 SPring-8 のBL43IRで実施)およびX線回折測定により詳細に解析したところ、色変化は、室温(25°C)において湿度50%近辺を境に、急激に起こることが明らかになりました (図3) 。また、色変化の際、結晶構造はほとんど変化しないことがわかりました。スペクトル情報とその解析から、以下のような分子の挙動が示唆されます。もともと多孔質結晶の孔の表面は疎水的であるため、本来、水分子の取り込み効率は高くありません。ところが、湿度が上昇すると、孔の表面に存在するプロペラ部位(最外殻に存在するカルバゾール部位)が回転し、親水的な表面へと変化します (図4 a,b) 。その結果、この結晶は大気の湿度が一定の値を越えると急速に水分子を取り込み、それに伴い発色が変化すると考えられます (図4 c) 。

今後の展開

この分子性多孔質結晶は有機分子のみで構成されていることから、色変化が起こる湿度条件の制御や多色化、高感度化といったさまざまな機能を付与することができます。従って、シリカゲルのような従来の色変化湿度センサーにはない、厳密な湿度管理や、迅速な湿度検出が実現できる可能性があります。また、本研究では、これまで微細孔構造を安定化するために必要不可欠とされてきたネットワーク構造をもたない材料設計に成功しました。これは、耐水性の低さという従来の有機多孔質結晶が抱えていた欠点を本質的に解決しうる技術であり、材料設計の自由度を大きく広げる重要な知見といえます。

参考図

図1 (a)本研究で開発した多孔質結晶VPC-1を形成する分子1の構造。Cz:カルバゾール、DBPHZ:ジベンゾフェナジン。(b)多孔質結晶VPC-1の模式図(左)、およびVPC-1粉末の吸湿(右上:VPC-1 red )および脱湿(右下:VPC-1 yellow )状態の写真。

図2 (a)–196°CにおけるVPC-1の窒素ガス吸着等温線。(b)多孔質結晶VPC-1の発色に関する相対湿度−温度相図。●、▲、■:25°Cにおける相対湿度47,58,67%の状態から湿度を制御せずに温度を変化させたときのVPC-1の色変化。五角形:温度一定(22.6°C)条件で相対湿度を変化させたときのVPC-1の色変化。内挿写真は赤色および黄色の状態のVPC-1粉末の写真。

図3 (a,b)VPC-1粉末の拡散反射スペクトル(a)および波長570nmにおける拡散反射強度(b)の湿度依存性。(c)VPC-1粉末のFT-IRスペクトルにおけるC–H変角振動(○:1142cm –1 )およびO–H伸縮振動(●:3448cm –1 )の湿度依存性。

図4 (a,b)FT-IRスペクトルの計算シミュレーションから予測されるVPC-1の吸湿状態(a)と脱湿状態(b)の分子構造。θ 1 およびθ 2 は、DBPHZ-内殻Cz間および内殻Cz-外殻Cz間の2面角を表す。(c)外殻Czの回転に伴うVPC-1多孔質結晶の吸湿・脱湿の模式図。

掲載論文

【題名】Sigmoidally hydrochromic molecular porous crystal with rotatable dendrons(回転可能なデンドロン部位への水分子の吸着・脱着によりS字型のクロミズム特性を示す分子性多孔質結晶)
【著者名】Hiroshi Yamagishi, Sae Nakajima, Jooyoung Yoo, Masato Okazaki, Youhei Takeda, Satoshi Minakata, Ken Albrecht, Kimihisa Yamamoto, Irene Badía-Domínguez, Maria Moreno Oliva, M. Carmen Ruiz Delgado, Yuka Ikemoto, Hiroyasu Sato, Kenta Imoto, Kosuke Nakagawa, Hiroko Tokoro, Shin-ichi Ohkoshi & Yohei Yamamoto
【掲載誌】 Communications Chemistry (DOI: 10.1038/s42004-020-00364-3)

参考URL

大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻物質 機能化学講座 南方研究室HP
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~komaken/index.html

用語説明

分子性多孔質結晶

微細で均一な孔が空いた分子からなる結晶の総称。多孔質結晶は、歴史的にはゼオライト(沸石)やプルシアンブルー(紺青)などの材料が知られている。長らく無機物でのみ実現可能な物質とされてきたが、1990年代より有機分子同士を化学結合ネットワークで支えることで多孔質結晶を構築する設計手法が開発された。

自己組織化

分子などが自発的に集合化して構造形成するプロセス。

シリカゲル

メタケイ酸ナトリウム(Na 2 SiO 3 )の水溶液を放置することによって生じる酸成分の加水分解で得られるケイ酸ゲルを脱水・乾燥した物質。塩化コバルト錯体を添加したシリカゲルは乾燥剤としてよく用いられ、乾燥状態で青色、吸湿状態で赤色を呈する。

共有結合性有機構造体

(Covalent Organic Framework: COF):

有機分子が共有結合によりネットワーク構造を形成した多孔質結晶。

金属有機構造体

(Metal–Organic Framework: MOF):

有機分子と金属イオンが配位結合によりネットワーク構造を形成した多孔質結晶。

配位結合

結合を形成する二つの原子の一方からのみ結合電子が分子軌道に提供される化学結合。金属イオンと有機分子とが結びついた化合物によくみられる。

水素結合

電気陰性度が大きな原子(陰性原子)に共有結合で結びついた水素原子が、近傍に位置した窒素、酸素、硫黄、フッ素、π電子系などの孤立電子対とつくる非共有結合性の引力的相互作用である。

ファンデルワールス力

電気的に中性の分子、あるいは分子の中性部分同士に働く引力。

π共役有機分子

π電子系を有する有機分子。発光特性や電気伝導特性を発現する。

極性

分子の中の電荷の偏り具合を表す指標。水は比較的大きな極性をもつ。多くの有機溶媒は水よりも小さな極性をもつ。

大型放射光施設 SPring-8

理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援などはJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。