進行がん患者の生存期間を劇的に改善

進行がん患者の生存期間を劇的に改善

新たなケトン食療法の長期継続効果から

2023-5-24生命科学・医学系
医学系研究科特任教授(常勤)萩原圭祐

研究成果のポイント

  • がん患者向けの新たなケトン食療法の臨床効果を、前回報告時(2020年)より更に3年間観察し解析した。
  • ケトン食療法に参加した臨床病期Ⅳ期の様々な種類の進行がん患者53名を解析対象とし、ケトン食継続12ヶ月以上群(n = 21)と12ヶ月未満群(n = 32)の2群に分けて解析した。
  • 両群の未調整での、生存期間中央値の比較では、12ヶ月以上群:55.1ヶ月(21名中10名死亡)、12ヶ月未満群:12ヶ月(32名中31名死亡)であり、カプランマイヤー生存曲線も、12か月以上群において、有意に生存率が改善していた(ログランク検定、p<0.001)。
  • 両群の背景因子を揃えて比較可能とするために、傾向スコアを用いた逆確率重み付け法により調整ログランク検定を施行しても、ケトン食12ヶ月以上継続群において、生存率が有意に改善していた
    (調整ログランク検定、p < 0.001)。
  • ケトン食の長期継続は、進行がん患者の生存期間を劇的に改善させることが示された。

概要

大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座(共同研究講座:株式会社ツムラ)の江頭隆一郎 特任助教(常勤)、萩原圭祐 特任教授(常勤)らの研究グループは、新たながん患者向けの ケトン食療法が、12か月以上の長期継続により、進行がん患者の生存期間を劇的に改善することを見出しました。

■ ケトン食療法とは
ケトン食の歴史は古く、ヒポクラテスの時代までさかのぼります。薬物治療に抵抗性を示すてんかん患者さんに有効であることから、1990年代にアメリカで再評価され、現在がんをはじめとしたさまざまな疾患での応用が期待されています。食事内容は、高脂肪、且つ炭水化物を制限した食事、つまり体が「ケトン体」をつくりやすくなる食事になります。ただし、実施にあたっては、専門の管理栄養士の指導が必要になってきます。ケトン体は、本来飢餓の際に、エネルギー源として生成されますが、最近の研究で、中鎖脂肪酸などを摂取することで、カロリーを維持しながら、肝臓でケトン体を生成することが明らかになりました。ケトン体は体内で肝臓を除く様々な器官、正常な組織で使われ、抗炎症効果を有するなど、様々な生理作用が明らかになり、注目されています。

近年、低炭水化物・高脂肪食であるケトン食療法が、がん治療において注目を集め、がん患者にとって有力な支持療法になりうるのではと期待されています。研究グループは、がん患者向けの新たなケトン食療法を開発し、2013年より、わが国で先駆けて、臨床病期Ⅳ期の進行がん患者を対象にケトン食療法の臨床研究を開始し、2020年に、新たなケトン食療法の有望な臨床効果を報告しました。しかし、ケトン食療法の長期継続のよる、進行がん患者の生存期間延長への効果は不明でした。そこで、研究グループは、観察期間を2022年3月まで3年間延長し、長期的なケトン食療法が患者の生存に効果があるのかどうか検討を行いました。

全参加者55名のうちデータが不十分な2名の患者を除く53名の患者において、ケトン食療法の実施期間と転帰の関連を評価しました。53名の患者を、ケトン食療法の継続期間により、12ヶ月以上群(n = 21)と12ヶ月未満群(n = 32)の2群に分けて解析を行いました。

ケトン食療法の継続期間の中央値は、12ヶ月以上群で37ヶ月(12-99か月の範囲)、12ヶ月未満群で3ヶ月(0-11ヶ月の範囲)であり、フォローアップ期間中に53名中41名の患者が死亡し、その内訳は、12ヶ月以上群21名中10名、12ヶ月未満群32名中31名、全患者の生存率の中央値は19.9ヶ月で、12ヶ月以上群で55.1ヶ月、12ヶ月未満群で12ヶ月でした。両群のカプランマイヤー曲線から、12ヶ月以上群は、12ヶ月未満群と比較し、劇的に生存率が改善していることがわかりました(ログランク検定、p<0.001)(図1A)。

ケトン食療法の継続効果を明確にするために、すべての臨床データを基に、両群の背景因子を厳密に揃え、比較可能にするための傾向スコアを用いた逆確率重み付けによる調整ログランク検定を行ったところ、両群のカプランマイヤー曲線において、ケトン食12ヶ月以上継続群は、12ヶ月未満群と比較し、生存率が、劇的に改善していました(図1B)(p < 0.001, 調整ログランク検定)。

今回の結果から、大阪大学でがん患者向けに開発されたケトン食療法は、進行がん患者の生存期間を劇的に改善し、様々な種類の進行がん患者に対する、有望な支持療法となることが示されました。

本研究成果は2023年5月17日(日本時間)に国際科学誌「Nutrients」(オンライン)に掲載されました。

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<ケトン食メニューの一例>
(左)朝食:オムレツ*、ツナサラダ*、ベーコン、ケトンフォーミュラ、(中)昼食:豚肉ソテー*、みそ汁*、(右)夕食:サバの塩焼き、コンソメスープ*、チーズサラダ*。*にはMCTを添加。

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図1 ケトン食療法を実施した53例の生存曲線(2013年2月-2022年3月までのデータを基に解析)
(A)ケトン食療法を12ヶ月以上継続群(n = 21、青線)と12ヶ月未満群(n = 32、赤線)におけるカプランマイヤー生存曲線の未調整比較(p<0.001、ログランクテスト)。
(B)傾向スコアを用いた逆確率重み付け分析での2群の比較(p < 0.001、調整ログランク検定)。

研究の背景

超高齢社会を迎える我が国では、国民の2人に1人が、その生涯でがんを発症すると言われています。がん治療は、早期発見や、免疫療法をはじめとする新たながん治療の開発により、治療成績は向上していますが、臨床病期Ⅳ期の進行がん患者の治療成績は、未だ十分とはいえない状況です。低炭水化物・高脂肪食であるケトン食療法は、進行がん患者における、新たな支持療法として期待されています。

しかし、ケトン食療法の長期継続が、進行がん患者の生存期間延長に影響を与えるかどうかは、いまだ議論となっています。そこで、我々は、前回の発表から観察期間を、さらに2022年3月まで3年間延長し、ケトン食療法の長期的な患者の生存効果への検討を行いました。

研究の内容

我々は2013年から2018年の間に臨床病期Ⅳ期の進行がん患者55名から、研究参加の同意を取得し、新たながん患者向けのケトン食療法を実施し、3ヶ月以上継続した37名について有望な結果を発表しました。現在も、研究は継続され、全55名の患者さんを2023年3月まで追跡調査し、2022年3月までのデータを固定し、改めて分析しました。

以前に報告した37名についても、同様に再解析を行いました。追跡期間の中央値は25カ月(3~104ヶ月の範囲)であり、その間に28名が死亡しました。この37名における全生存期間中央値は25.1ヶ月、5年生存率は23.9%でした。ケトン食療法開始3ヶ月後における、血清Alb値、血糖値、CRPによるがんケトン食ABCスコアでの評価も、前回報告時より、さらに明確に生存率が層別化されることが確認されました。

次に、ケトン食療法の長期的な患者の生存効果への検討を行うために、ケトン食療法の全参加者55例のうちデータが不十分な2名の患者を除いた全53名の患者を、ケトン食療法継続12ヶ月以上群(n = 21)と12ヶ月未満群(n = 32)の2群に分け、ケトン食療法の実施期間と転帰の関連を解析しました。

ケトン食療法の実施期間の中央値は、12ヶ月以上群で37ヶ月(12-99ヶ月の範囲)、12ヶ月未満群で3ヶ月(0-11ヶ月の範囲)でした。フォローアップ期間中に53名中41名の患者が死亡し、その内訳は、12ヶ月以上群では10/21名が死亡し、12ヶ月未満群では31/32名が死亡しました。全患者の生存率の中央値は19.9ヶ月で、その内訳は、12ヶ月以上群では55.1ヶ月、12ヶ月未満群で12ヶ月でした。両群のカプランマイヤー曲線は、12ヶ月以上群は、12ヶ月未満群と比較し、有意に生存率が改善していました(ログランク検定、p<0.001)(図1A)。

本来、同一の介入群を比較することは困難であることから、ケトン食療法の継続効果を明確にするために、すべての臨床データを基に、両群の背景因子を厳密に検討しました。ケトン食療法12ヶ月以上継続群は、12ヶ月未満群と比較し、白血球数、好中球数、CRP、アルブミンで有意差を認めました。また、QOLの尺度では、社会での役割や痛みに有意な傾向を認めました。これらの背景因子を揃え、比較可能にするために、傾向スコアを用いた逆確率重み付け法を行い、調整ログランク検定を行ったところ、両群のカプランマイヤー曲線において、ケトン食療法12ヶ月以上継続群は、12ヶ月未満群と比較し、生存率が有意に改善していました(図1B)(p < 0.001, 調整ログランク検定)。

3ヶ月以上ケトン食療法を継続した37名のうち、2023年3月末時点で5年間生存している症例を表1に示しています。また8番に該当する患者のCT所見の変化を図2で示しています。今回の結果から、我々が開発したがん患者向けの新たなケトン食療法は、進行がん患者の生存期間を有意に改善することが示されました。

表1. ケトン食療法開始から5年以上生存している症例
†ケトン食療法導入時の年齢 *2023年3月時点における生存状況

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図2. ケトン食療法継続4年後の胸部CT所見(表1のNo.8の症例)
肺転移を有する大腸がん患者の胸部CT画像(黄色矢印は転移巣を示しています)。
ケトン食療法を4年継続し、がん治療を継続した結果、両側多発性肺転移が改善しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

大阪大学で開発された、新たなケトン食療法は、治療困難となった進行がん患者に対する有望な支持療法となることが示されました。本研究成果は、多くの進行がん患者さんに希望を与えることができると考えています。今後の課題としては、化学療法併用を踏まえた上で、様々な種類の進行がんごとのエビデンス構築が必要になります。そのためには、多くのがん患者さんが、ケトン食療法を実施できるような環境が必要です。今後は、がん患者さんが、どなたでもケトン食療法を実施できるように環境を整備し、社会全体へのさらなる貢献を目指します。

特記事項

本研究成果は2023年5月17日(日本時間)に国際科学誌「Nutrients」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Long-Term Effects of a Ketogenic Diet for Cancer”
著者名:Ryuichiro Egashira 1, Michiko Matsunaga 1,2, Akimitsu Miyake 3, Sayaka Hotta 1, Naoko Nagai 4, Chise Yamaguchi 4, Mariko Takeuchi 1, Misaki Moriguchi 1, Satoko Tonari 1, Mai Nakano 1, Hitomi Saito 1 and Keisuke Hagihara 1,
1. 大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座
2. 日本学術振興会
3. 東北大学大学院医学系研究科AIフロンティア新医療創生分野
4. 大阪大学医学部附属病院 栄養マネジメント部
DOI:https://doi.org/10.3390/nu15102334

参考URL

萩原圭祐 特任教授(常勤) 研究者総覧
https://researchmap.jp/read0076661

用語説明

前回報告

「『癌ケトン食治療コンソーシアム』研究成果 進行性がん患者で新しいケトン食療法による有望な結果」本研究成果は、2020年5月19日に国際科学雑誌Nutrients(オンライン)で公開されました。https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20200730_1

カプランマイヤー生存曲線

治療後に一定期間生存している患者の割合を測定するためによく使われます。

ログランク検定

カプランマイヤー曲線で描かれるような生存時間データを群間比較する検定です。