子育て世代の女性をサポート! 身体症状からうつ症状をスクリーニング
ココロの健康度を見える化する新尺度 「Multidimensional Physical Scale (MDPS)」
研究成果のポイント
- 身体症状からうつ症状をスクリーニングする自己記入型スケールMultidimensional Physical Scale (MDPS)を開発した。
- これまで、専門医への受診をためらっていた方、自分では気づいていない方など隠れていたうつ予備軍にも、測定状況に影響されない身体症状に特化した質問項目でスクリーニングすることで、うつの早期発見が可能となった。
- 本スケールは子育て世代のうつのスクリーニングとして期待できるだけでなく、身体症状の改善を目標に様々な解決策を提示することができ、うつ傾向となっている多くの子育て世代の女性のサポートに繋がっていくことが期待される。
概要
大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座(共同研究講座:株式会社ツムラ)の 竹内麻里子 医員、萩原圭祐 特任教授(常勤)らの研究グループは、子育て世代の女性の身体症状からうつ症状をスクリーニングする尺度開発に成功しました。
少子化が進む我が国では、産後うつは子育て世代の女性にとって大きな問題です。うつ病は早期発見、早期治療が大切ですが、コロナ禍において、産後うつは増加し、長期化が問題となっています。また、うつが疑われても、専門医への受診率は低く、身体症状を主訴に受診する人が多いため、非専門医におけるうつ病のスクリーニングも容易ではありませんでした。
今回、研究グループは、漢方の気血水の概念を基にした身体症状の質問を組み合わせることで、うつ病のリスク評価ができる新たな尺度(Multidimensional Physical Scale; MDPS)を作成しました。京都大学大学院教育学研究科 明和政子 教授と共同で子育て世代(産後0~6年以内)の女性1135名を対象に、MDPSの検証を行ったところ、MDPSは従来のうつ尺度(Beck Depression Inventory-Second Edition; BDI-Ⅱ)と高い相関を示しました。産後うつのリスク因子を加えて多変量ロジスティック回帰分析を行った結果、MDPSに「月経再開の有無」を加えたMDPS for mothers (MDPS-M)により、子育て世代の女性における軽症以上のうつが80%以上の感度で検出できることを明らかにしました。
本研究成果は、2022年12月1日(CET)に「Frontiers in Psychiatry」(オンライン)に掲載されました。
研究の背景
これまで、産後うつは、産後数カ月をピークに10-15%の母親にみられることが知られていました。昨今のコロナ禍でその割合は20-30%に増加し、重症化していると報告されています。ところが、産後の健診では母親自身の健康にスポットがあたる機会が少なく、また子育てにおける負の感情を吐き出しにくいという日本の育児環境や、最初に身体症状を主訴に非専門医を受診することが多いなどの理由から、産後うつのスクリーニングは困難でした。世界的によく使用されているエジンバラ産後うつ病質問票でさえ、質問に答える際に環境設定が必要であり、これまでのうつ尺度は評価環境に影響されるという問題点がありました。さらに、産後うつはこれまで産後1年以内のものと考えられてきましたが、近年にはその遷延化が指摘されつつあります。そのため、出産を契機にココロの健康を損なう可能性が大いにあります。
研究の内容
研究グループでは、漢方の気血水概念に基づいた身体症状に関する17項目の質問を5つのカテゴリーに分類し、組み合わせることで、軽症以上のうつをスクリーニングできる尺度を開発しました(図1)。子育て世代(産後0~6年以内)の女性1135名を対象に、MDPSと世界的に広く使われているうつ尺度(Beck Depression Inventory-Second Edition; BDI-Ⅱ)との検証を行ったところ、両者の高い相関性を見出すことができました (β= 0.47, p < 0.0001) (図2)。さらに、子育て世代の女性1135名のうち偏りなくランダムに抽出した785名を学習用データとして、産後うつのリスク因子を加えて多変量ロジスティック回帰分析を行い、MDPSに「月経再開の有無」を加えたMDPS for mothers (MDPS-M)を作成しました(図3)。検討の結果、MDPS-Mは、子育て世代の女性における軽症以上のうつを、感度84.9%、特異度45.7%で検出できることを明らかにしました。検証用データとして残りの350名においても同様の解析を行なったところ、感度84.4%とほぼ同様の結果が得られ、その妥当性が確認されました(図4)。
図1. Multidimensional physical scale (MDPS)
図2. MDPSの得点とBDI-II(うつ尺度)は正の相関を示す
図3. 多変量ロジスティック回帰分析を用いたMDPS-Mの開発
図4. MDPS-MのROC曲線および感度
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、身体症状を基に産後・子育て世代の軽症うつの早期発見が可能になりました。MDPSは気血水概念に基づく質問であるため、回答結果により食事などの生活指導を始め、薬物治療まで具体的介入方法が想定されます。産後の母親の身心を支えることで、子どもの成長や母親自身のその後の人生もより健康的なものになっていくことでしょう。本尺度の長所は、身体症状に関する質問であるため、抵抗なく答えられ、かつ評価環境に左右されないところにあります。非専門医でも扱いやすく、子育て世代のうつのスクリーニングに役立つと考えられます。今後は、子育て世代の女性以外の勤労年代や男性にも使える尺度として改良していくことで、社会全体へのさらなる貢献を目指します。
特記事項
本研究成果は、2022年12月1日(CET)に「Frontiers in Psychiatry」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“A multidimensional physical scale is a useful screening test for mild depression associated with childcare in Japanese child-rearing women”
著者名:Mariko Takeuchi1, Michiko Matsunaga1,2,3, Ryuichiro Egashira1, Akimitsu Miyake4†, Fumihiko Yasuno5, Mai Nakano1, Misaki Moriguchi1, Satoko Tonari1, Sayaka Hotta1, Haruka Hayashi1, Hitomi Saito1, Masako Myowa2 and Keisuke Hagihara1*
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 先進融合医学共同研究講座
2. 京都大学 大学院教育学研究科
3. 日本学術振興会
4. 大阪大学医学部附属病院 未来医療開発部
5. 国立長寿医療研究センター 精神科
doi: https://doi.org/10.3389/fpsyt.2022.969833
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 (21H04981)、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)「センター・オブ・イノベーションプログラム (JPMJCE1307)」および「ムーンショット型研究開発事業」(JPMJMS2296)」の支援を受け、京都大学 大学院教育学研究科 明和政子教授の協力を得て行われました。
参考URL
萩原圭祐 特任教授(常勤) 研究者総覧
https://researchmap.jp/read0076661
用語説明
- 産後うつ
産後うつ病とは、出産後数か月以内に発生する“うつ病“。多くの女性は、出産後の経過が正常な場合でも何らかの精神的な変調を経験する。 ホルモンの急激な変化、出産そのものによるストレスや疲労、周囲のサポート体制の有無などが関係しているといわれている。
- 気血水
東洋医学では、気(き)・血(けつ)・水(すい)の三要素が体内を循環することで、生命活動を維持すると考えられている。「気」とは、目に見えない生命活動を維持する根源的なエネルギー。「血」とは、生体の物質的側面を支える赤い液体。「水」とは、体の物質的側面を支える透明な液体。
- Beck Depression Inventory-Second Edition; BDI-Ⅱ)
DSM-IVの診断基準に基づく、抑うつ症状の有無とその程度の指標として開発された、自記式質問調査票(適用範囲13歳〜80歳)。過去2週間の状態についての21項目の質問によって、抑うつ症状の重症度を評価する。
- エジンバラ産後うつ病質問票
産後うつ病のスクリーニングを目的として開発された、10項目からなる自記式質問紙。原版は英語だが、現在、58 ヶ国語の翻訳版が作成され、国際的に広く普及している。