光を当てると融けて光る結晶を発見

光を当てると融けて光る結晶を発見

有機結晶の融解メカニズムを解明

2023-5-4工学系
理学研究科助教谷 洋介

研究成果のポイント

  • 紫外光を当てると発光色と強度を変えながら融けていく有機結晶を世界で初めて発見
  • 光り方の変化によって融ける過程を可視化し、分子レベルの融解メカニズムを解明
  • フォトリソグラフィなど、光で材料特性を制御できる光応答性材料への応用に期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の大学院生の小村真央さん(博士後期課程3年)、小川琢治教授(当時)、谷洋介助教らの研究グループは、基礎工学研究科の五月女光助教、宮坂博教授(当時)と共同で、光を当てると時々刻々と発光色と強度を変えながら融解する有機結晶を世界で初めて見出しました(図1)。その発光挙動の変化から、結晶中で分子がどのように動いて融解に至るかを明らかにしました。

融解の様子を収めた動画はこちら:https://youtu.be/-atobxlggBk https://youtu.be/EfO-hi7ZVa4

温度上昇(加熱)による融解では結晶全体がエネルギーを得るのに対し、光による融解(光融解)では、光を吸収した分子だけが高エネルギー状態になるため、その融解メカニズムは各地で研究されています。光融解する有機結晶はこれまでにも報告されていましたが、そのほとんどは発光せず、結晶がどのように融けていくのかは解明されていませんでした。

今回、研究グループは、独自に開発したりん光を示す分子の結晶が光融解することを見出し、その際の光り方の変化を詳細に調べました。この分子のりん光は立体配座によって大きく変わる特徴があり、それを利用して、分子の立体配座が自己触媒的に変化して融解に至るという光融解メカニズムを解明しました。これにより光融解機能の分子設計の可能性が広がり、光の高い空間分解能を利用した様々な光応答材料の開発が期待されます。

本研究成果は、英国王立化学会の「Chemical Science」に、5月4日(木)17時(日本時間)に公開されました。

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図1. 光照射によって有機結晶が融解していく様子。

研究の背景

結晶をミクロな視点で見ると、原子や分子が規則正しく並んでいます。しかし、球形の原子やイオンが並ぶ無機結晶と異なり、有機結晶はその構成単位である分子に立体的なかたちがあります。分子が整然と並んでいるときは結晶として安定でも、かたちの違うものが混ざってかみ合わせが悪くなったり、一部だけ規則性が乱れたりすると、結晶の性質は大きく変化し、ときには融解して液体になると考えられています。

このような結晶の融解は通常、加熱によって引き起こされますが、ごく一部の有機結晶は、光を当てると融ける(光融解)ことが知られています。これは、分子が光を吸収することで、その立体的なかたちを変えるためです。しかし、光を吸収してかたちを変える分子は数多くあるにもかかわらず、これまで光融解する有機結晶のほぼ全ては、アゾベンゼンと呼ばれる共通したモチーフを元に設計されていました。そのため、材料設計と機能の多様性は大きく制限されており、融解メカニズムには不明な点が多く残されていました。特に、アゾベンゼンは一般に発光しないことから、光融解のメカニズムを発光で解明するアプローチは、実現の手立てがありませんでした。

研究の内容

谷助教らの研究グループでは、アゾベンゼンとは全く異なる1,2-ジケトンというモチーフを元にした発光性分子の結晶が、光融解することを見出しました。しかもその結晶は、初めは緑に弱く光るもののすぐに消え、やがて黄色に強く発光し始め、その後融解しました(図1)。これは、発光色と強度の変化を伴う世界で初めての光融解現象です。

単結晶X線構造解析の結果、この分子は結晶中ではねじれた立体配座をとっていることがわかりました。一方、以前の研究から、黄色の発光は平らな立体配座から生じることがわかっていました。今回、黄色の発光は結晶が融ける前に生じたため、分子が結晶中で立体配座を変えたことが明らかになりました。さらに、この発光強度の時間変化はS字型のカーブを描いたことから、立体配座の変化が自己触媒的に進行して結晶の規則性を乱すことで光融解に至るという融解メカニズムを解明することができました(図2)。

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図2. 自己触媒的な立体配座の変化

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

光は高い空間分解能で照射することができるため、これによって材料特性を変化させる光応答性材料は、フォトリソグラフィに代表される様々な微細加工技術に用いられています。本研究成果は光融解する有機結晶の機能および設計を大きく拡げるものであり、新たな光応答性材料の開発につながると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年5月4日(木)17時(日本時間)に英国王立化学会の「Chemical Science」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Photoinduced Crystal Melting with Luminescence Evolution Based on Conformational Isomerisation”
著者名:Mao Komura, Hikaru Sotome, Hiroshi Miyasaka, Takuji Ogawa and Yosuke Tani
DOI: 10.1039/D3SC00838J

なお本研究は、JSPS科研費 22J12961, 23H03955, 23H03956, 23H04877, 22H02159, 19K15542, 21H01888, 21H05395、東燃ゼネラル石油研究奨励・奨学財団、泉科学技術振興財団、矢崎科学技術振興記念財団、豊田理化学研究所の支援により実施されました。

参考URL

谷洋介助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/707a9aca64294171.html

谷洋介助教 researchmap
https://researchmap.jp/tani-y/

物性有機化学研究室
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/ogawa/

用語説明

有機結晶

有機分子が規則正しく並んだ固体。金属や塩の結晶と異なり、構成単位である分子は立体的なかたちをもっている。

りん光

発光の一種。ほとんどの有機分子は蛍光と呼ばれる発光を示し、りん光を示す有機分子はごく限られている。分子が光を吸収して生じる高エネルギー状態(励起状態)が長く続くという特徴をもつ。

立体配座

分子の三次元的なかたちを区別するための用語。専門的には、“単結合の回転によって相互変換可能な原子の空間配列”と定義される。立体配座の変化は、比較的、容易に起こることが多い。

自己触媒的

ある反応の生成物が、同じ反応を加速させる触媒としてはたらくさま。今回は、ある分子の立体配座が変化したことによって、その周囲における立体配座の変化が加速され、そのさらに周囲でも……と次々に伝播・増幅していく様子を指す。

アゾベンゼン

光に応答してかたちを変える性質をもつ、代表的な有機分子。分子の中央が折れ曲がることで蝶番のようにかたちを変えるが、これは一般的に立体配座の変化とはみなさない。

1,2-ジケトン

光に応答して立体配座を変える性質をもつ、有機分子の一種。ただし、一般的にはすぐに元の立体配座に戻る。古くから知られている1,2-ジケトンはごく弱い発光しか示さないが、谷助教らの研究グループでは効率のよいりん光を示す新しい1,2-ジケトンを見出している。

単結晶X線構造解析

欠陥のない一粒の結晶に様々な角度からX線をあてて回折像を測定し、解析することで、結晶中の分子構造を明らかにする手法。