ナノスケールの光応答繰り返しスイッチを実現

ナノスケールの光応答繰り返しスイッチを実現

人工網膜や学習型画像認識システムの開発に道

2013-8-19

リリース概要

大阪大学大学院理学研究科の田中啓文助教、小川琢治教授らの研究グループは、大阪大学産業科学研究所の柳田剛准教授らの研究グループとの共同研究により、光応答原子スイッチを用いた網膜型スイッチング素子の開発に成功しました。これにより従来の技術では光情報を受け、オン動作しかできなかったスイッチング素子が、オン、オフを繰り返しスイッチングできるようになりました。本研究成果により今後、動画を撮影するだけでなく、最も頻繁に出現する画像を記憶・認識したりすることが可能となります。微小な電流で、様々な認識が可能となることから、「人体の電位を利用して動作する人工網膜」などの開発や「頻繁に現れた人間の顔のみを記憶する」といった学習型画像認識システムの開発応用などが期待されます。

なお、本研究成果は科学研究費補助金新学術領域「分子ナノシステムの創発化学」及び新学術領域「分子アーキテクトニクス」の一環として行われ、ドイツの科学誌「アドバンストマテリアルズ」のオンライン版で2013年8月13日(日本時間)に公開されています。

研究の背景

ユビキタス 情報化社会における人間や環境とのインターフェース機能の一つとして、小型で低消費電力の画像認識システムの開発が求められています。

例えば、世界中のどの店からでも、入店時に自動で顔認識し、顧客情報がオンラインで自動取得できるようなシステムを作るためには、現状では世界中の店舗でCCDカメラを24時間駆動させる必要があるなど莫大な電力が必要ですが、それを非常に小さいエネルギーで行えるなら省エネの観点からも有効です。その低電力顔認識システムの実現には光信号の検出、その記憶、画像認識処理の機能が必要となりますが、従来はそれぞれ異なるデバイスによって行われていました。これらの機能を単一のナノスケール素子で実現できれば、その集積化によって上記のシステムだけでなく、高い画像認識機能を備えた人工眼などを実現することが可能になります。

本研究は,光信号から電気信号への変換と、変換した電気信号を記憶する機能を兼ねた、光応答原子スイッチの従来の問題点を改良し、繰り返しスイッチングを実現したものです。

研究内容と成果

原子スイッチとはAg 2 Sなどの固体イオン伝導体を利用し、その表面から還元により析出する金属原子数個の移動によるスイッチング素子で、極微サイズで動作することから将来的に電気機器のさらなるダウンサイジングに繋がると有望視されています( 図1 :以下ノーマル原子スイッチと呼びます)。ノーマル原子スイッチでは数ナノメートル幅のギャップを有するPt-Ag 2 S/Ag電極において、加えるバイアス電圧の極性反転により高速のスイッチング動作を実現されています。このノーマル原子スイッチにおいて、両電極間の電気伝導度を他の外場により制御することができれば、外場の存在時のみスイッチングが可能となるデバイスが実現できると考えられてきました。

平成22年に田中啓文助教らによりドイツの科学誌「スモール」に報告された従来技術では、ノーマル原子スイッチの数ナノメートルの電極間ギャップを数十ナノメートルに広げ、そのギャップ間に光応答有機分子を設置することで、光照射時に限ってスイッチング素子をオンにさせることに成功しました(以下、光応答原子スイッチと呼びます)が、繰り返しスイッチングさせることができませんでした。

それは光応答原子スイッチの銀ワイヤーが伸長することにより、固体の光応答分子 が押しやられ、OFF時に銀ワイヤーと光応答分子との電気的接触がなくなるためでした( 図2 )。いわばDVD-Rのような、書き込みオンリーメモリーでした。

今回、同研究グループでは光応答性を有し、かつ、融点が低く光照射時にのみ液状化する有機半導体分子テトラドデシルペリレン-3,4,9,10-テトラカルボキシレート(TDPC)という有機分子を特別に合成し、光応答原子スイッチに組み込みました。電極も簡便に作製可能なように透明なITO ナノワイヤーが剣山状に並んだ基板を用いました。Ag2S基板上にSU-8と呼ばれるフォトレジストの升型に設置し、TDPCを溶かし込み、上部からITOナノワイヤー電極をかぶせることで、デバイスを作製しました。光が照射されると分子が液状になることから、オン時にスイッチング用銀ワイヤーに分子が押しのけられても、オフ時にはギャップ間に分子が再充填されます。これにより光応答原子スイッチの繰り返しスイッチングが可能となり( 図3 )、DVD-RWのような繰り返し書き換え可能メモリーになりました。

銀ワイヤーの伸び縮みには数ミリボルトの電圧でも可能なことから、本研究で開発した光原子スイッチを集積化することで、人体の中で自然発生する電圧を利用して動作する人工網膜などを開発できる可能性があります。異なる色で応答するように分子選択を工夫すれば色の識別も可能になります( 図4 )。また、ノーマル原子スイッチでは、信号の入力回数が同じでも頻度が多いほど記憶状態がよくなるという特徴(学習機能)が確認されており、今回の成果とこれらの機能を複合させることで、最も頻繁に現れた人間の顔のみを記憶するような学習型画像認識システムの開発も可能になると期待されています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

1.人体の電位を利用して動作する人工網膜などを開発できるようになると期待されます。

2.最も頻繁に現れた人間の顔のみを記憶するような、学習型画像認識システムの開発にもつながります。セキュリティシステムなどに使えると期待できます。

特記事項

本研究成果は科学研究費補助金新学術領域「分子ナノシステムの創発化学」及び新学術領域「分子アーキテクトニクス」の一環として行われ、ドイツの科学誌「アドバンストマテリアルズ」のオンライン版で2013年8月13日(日本時間)に公開されています。

参考図

図1 (ノーマル)原子スイッチの動作機構
Ag2S表面でトンネル電子のやり取りによりAgが酸化還元され伸縮する。 (a)Ptに負バイアス印加時、Ag 2 S上でAgイオンが還元されAgワイヤーが成長 (b)Ptに正バイアス印加時、Ag 2 S上でAgが酸化されAgイオンがAg 2 S中に拡散しワイヤーが収縮。

図2 今回の研究内容である光応答原子スイッチの概要図
ITOナノワイヤーとAg 2 S間に電圧をかけることにより銀ワイヤーが伸長。光応答分子が液状化することにより繰り返しスイッチングが可能となった。

図3 従来技術と新技術の違い
従来は銀ワイヤーが伸長した部分の光応答分子(オレンジ)は復帰しなかったが、新技術では光照射時のみ液状化し最充填され、繰り返しスイッチングが可能となった。

図4 将来的には動画検出も可能と考えられ人工網膜にも利用できる可能性がある。波長選択性を有する有機分子を用いることによりカラー化も可能である。また、このデバイスには学習機能があり、頻繁に表れた人物・場面を優先的に認識することも可能となる。

参考URL

大阪大学 大学院理学研究科 化学専攻 物性有機化学研究室
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/ogawa/

用語説明

ユビキタス

万人が時間場所を問わずに利用することができる環境・技術・サービス。

光応答分子

ここでは電圧を印加した状態で光照射をすることにより、急激に電流量が増える分子のことを指します。

ITO

インジウム-鉛の酸化物。透明で電気伝導性があるため太陽電池用電極などに利用されています。

ベーパーリキッドソリッド(VLS)法

この手法を用いると酸化物ナノワイヤー(含むITOナノワイヤー)の直径や長さを容易に制御することが可能です。直径は触媒ナノ粒子系、長さは成長時間により制御できます。