脳が左右非対称になる仕組みを解明

脳が左右非対称になる仕組みを解明

脳の左半球の神経突起だけが刈り込まれることを発見

2023-4-12生命科学・医学系
理学研究科教授松野健治

研究成果のポイント

  • 脳が左右非対称になる仕組みを発見
  • ヒトなどの複雑な脳では左右非対称化の仕組みを解析することは困難であったが、構造がシンプルなショウジョウバエ脳を用いて単一の神経細胞レベルで解析した結果、脳の左半球だけで神経突起が刈り込まれることを検出することが可能に
  • ヒトの精神疾患の原因解明への応用に期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の特任研究員の阪村颯博士、松野健治教授らの研究グループは、脳の左右非対称性が神経突起の刈り込み(断片化されて分解される)によって起こることを世界で初めて明らかにしました。ヒトの脳に見られるように、多くの動物の脳には、その構造と機能に左右非対称性が存在します。脳の左右非対称性は、記憶や認知などの脳の高次機能に必要であることが知られています。このため、脳の左右非対称性の破綻は、精神疾患や記憶障害につながることがわかっています。

脳の構造は複雑であるために、これまでは、脳が左右非対称になる仕組みについては解明されていませんでした。今回、松野教授らの研究グループは、シンプルな構造のショウジョウバエの脳に存在する左右非対称性に着目することにより、単一の神経細胞のレベルで左右非対称化が起こる仕組みを解析し、脳の左半球だけで神経突起が刈り込まれることによって脳が左右非対称化することを解明しました(図)。つまり、脳の左右半球は、最初は左右対称に造られますが(図、下、第1段階)、その後で左半球の神経突起が刈り込まれて、脳の左右非対称化が起こります(図、下、第2段階)。

本研究を発展させることにより、ヒトの精神疾患の原因解明への応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Cell Reports」に、4月12日(水)0時(日本時間)に公開されました。

20230412_1_1.png

図. 神経突起の刈り込みによる脳の左右非対称化

研究の背景

多くの動物の脳は、左右非対称であることが知られていました。例えば、ヒトの脳の構造と機能は左右非対称性を示し、その異常は精神疾患の原因であることがわかっています。また、色々な脊椎動物や昆虫などにおいても、脳の左右非対称性が認知機能や記憶に必要なことが知られています。しかし、脳の構造は複雑であるため、その左右非対称化の仕組みは良く理解されていませんでした。

研究の内容

研究グループでは、構造がシンプルなショウジョウバエの脳の左右非対称性に着目し、単一の神経細胞レベルの精度で解析する方法により、脳の左半球だけで神経突起が刈り込まれる(断片化されて分解される)ことで脳が左右非対称化することを解明しました(図)。つまり、脳の左右非対称化は、2段階を経て進むことがわかりました(図、下)。第1段階で脳は左右対称に形成され(図、下、第1段階)、第2段階で左脳にある神経突起が刈り込みを受けます(図、下、第2段階)。このような2段階の仕組みは、脊椎動物にもみられることから、動物で共通の仕組みであることがわかってきました。また、左脳で神経突起が刈り込まれる際に機能する仕組みを分子レベルで明らかにしました。さらに、右脳ではなく、左脳で神経突起の刈り込みが起こることを決定しているのは、昆虫ホルモン(エクジソン)であることもわかりました。

ショウジョウバエの脳の左右非対称性は、長期記憶に必要であることがわかっています。よって、本研究の成果は、脳の左右非対称と長期記憶の関係を解明する糸口になります。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

脳の左右非対称は、記憶、認知など、脳の高次機構に必要であることがわかっています。このため、ヒトでは、脳の左右非対称の異常が、精神疾患に関係します。本研究成果によって、神経突起の左右非対称な刈り込みによって脳の左右非対称化が起こることが解明されたことから、ヒトの精神疾患の原因の一つが、神経突起の左右非対称な刈り込みの異常である可能性が考えられます。よって、本研究成果を基礎として、精神疾患に関する理解が進展することが期待されます

特記事項

本研究成果は、2023年4月12日(水)0時(日本時間)に米国科学誌「Cell Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Ecdysone signaling determines lateral polarity and remodels neurites to form Drosophila’s left-right brain asymmetry”
著者名:So Sakamura, Fu-Yu Hsu, Akari Tsujita, Mohammed Bin Abubaker, , and Kenji Matsuno

なお、本研究は、JSPS特別研究員 (20J10998)の一環として行われ、台湾国立清華大学 バイオテクノロジー研究所 Ann-Shyn Chiang教授の協力を得て行われました。

参考URL

松野健治教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/3c57903c1cd5ad19.html

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

神経突起の刈り込み

神経突起の刈り込みとは、不要な神経突起が選択的に除去される現象である。発生、成熟過程の動物の脳では、過剰に神経突起が形成され、その後、必要な神経突起だけが維持、増強され、不要な神経突起は除去されて、成熟した神経回路が完成する。神経突起の刈り込みは、神経回路の発達過程に見られる普遍的な現象であると考えられている。

脳の高次機能

知覚機能、運動機能など、受容、応答からなる比較的単純な脳の機能に対して、脳の高次機能とは、記憶、知覚、認知、注意、判断、情動など、脳の情報処理によって生じる複雑な機能をさす。

半球

脳は正中線に沿って一対の構造であり、その右側を右半球、左側を左半球という。ヒトでは、左右それぞれの半球で、言語機能や視覚機能などの特定の脳機能に特化した情報処理を行うことが知られている。

昆虫ホルモン(エクジソン)

昆虫の前胸腺から分泌されるステロイドホルモンで、脱皮または変態を促進する作用がある。エクジソン濃度の上昇により、様々な遺伝子の発現が制御される。