世界初!昆虫の交尾行動の進化の謎を解明

世界初!昆虫の交尾行動の進化の謎を解明

昆虫の媒介する感染症対策技術に期待

2019-1-18自然科学系

研究成果のポイント

・昆虫の交尾体位は、雄生殖器の上下の向きの変化と協調的に進化(共進化 )することを示した。
・雄生殖器の回転に異常を示す変異ハエを用いることで、生殖器の向きが生殖成功の鍵をにぎることを示した。
・感染症媒介昆虫の駆除方法への応用に期待。

概要

大阪大学大学院理学研究科の稲富桃子大学院生(博士後期課程3年)と松野健治教授らの研究グループは、昆虫の交尾体位と雄生殖器の回転が共進化してきたことを明らかにしました。

動物の形態と行動は密接に関わっているため、形態だけ、行動だけが進化すると、両者に不一致が起こってしまいます。昆虫の交尾体位と生殖器の向きの進化がこの例に当てはまります。

今回、松野教授らの研究グループは、双翅目(そうしもく)昆虫 であるキイロショウジョウバエ遺伝子突然変異体 を用いて行動を観察し、雄生殖器の正常な形態(背腹方向の向き)が、雄上位型交尾体位 での交尾成功の前提条件であることを明らかにしました (図1) 。また、生殖器の向きがずれた雄は、それを交尾行動 で調整できないことから、形態(雄生殖器の向き)と行動(交尾行動)が協調的に進化(共進化)しないと生殖能力を失ってしまうことを明らかにしました。この研究成果からは、将来的には生殖器形成撹乱による害虫駆除や、昆虫による感染症媒介の抑制技術への応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Scientific reports」に、1月18日(金)19時(日本時間)に公開されました。

図1 双翅目昆虫の系統樹。原始的な双翅目では反向型体位(上)、高等双翅目では雄上位型体位(下)が一般的である。

研究の背景

一対の翅(はね)をもつ昆虫グループである双翅目昆虫は、様々な交尾体位をとります (図1) 。蚊などの原始的双翅目では反向型交尾体位( 図1 上)をとるものが多く、ハエなどの高等双翅目では雄上位型体位( 図1 下)が一般的です。双翅目の交尾体位は反向型から雄上位型に進化したと考えられます。興味深いことに、双翅目昆虫の雄の生殖器は、分類群ごとに決まった角度で回転し、この角度は交尾体位と相関します (図2) 。例えば、蚊の雄生殖器は成虫になってからの形態の変化で180度回転し、交尾体位は反向型です。一方、ハエの雄生殖器は360度回転するため、最終的な雄生殖器の上下の向きは蚊とは逆になり、反向型体位の交尾では、雌に対する雄生殖器の向きも上下逆になってしまいます (図2) 。この状態でハエ本来の雄上位体位をとれば、雌雄の生殖器の向きは一致します。つまり、雄生殖器の回転角度と交尾体位は協調的に進化(共進化)したのではという仮説が立てられました。

図2 双翅目昆虫の交尾体位と雄生殖器回転の間の進化的協調仮説の概略図。赤いハートは雄生殖器を、ピンクのハートは雌生殖器を示す。雄生殖器回転角度の変化によって起こった雄雌結合の不和問題は、交尾体位を変化させることによって解消できると考えられる。

研究の成果

この仮説を検証するために、松野教授らの研究グループでは、キイロショウジョウバエ(以下、ハエ)を用いた実験を行いました。このハエは、雄上位型交尾体位を取り、雄生殖器は360度回転します。「雄生殖器の回転角度に異常を示す」遺伝子突然変異ハエを用いて交尾実験を行ったところ、雄生殖器の正しい向きが交尾を行う上での前提条件であることを解明しました。また、生殖器の向きが異常な雄は、交尾がうまく行かないにもかかわらず正常な交尾行動を繰り返し、生殖器の向きの異常を交尾行動の調整で是正する能力を有しませんでした。この結果は、雄生殖器と交尾体位は協調的に進化する必要性があったことを示唆します。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果の応用により、昆虫による感染症媒介の被害減少のための技術開発が期待されます。キイロショウジョウバエが含まれる双翅目昆虫には害虫や、感染症を媒介する種が多く含まれています(例:マラリアを媒介するハマダラカ、ジカ熱やデング熱を媒介するネッタイシマカ等)。これらの生殖器形成を妨げる技術に応用することが出来れば、媒介昆虫の個体数制限による感染症の減少(公衆衛生の向上)につなげることが出来ます。

特記事項

本研究成果は、2019年1月18日(金)19時(日本時間)に米国科学誌「Scientific reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Proper direction of male genitalia is prerequisite for copulation in Drosophila, implying cooperative evolution between genitalia rotation and mating behavior”
著者名:Momoko Inatomi, Dongsun Shin, Yi-Ting Lai, and Kenji Matsuno
DOI:10.1038/s41598-018-36301-7

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の一環として行われました。

【研究者のコメント】(松野教授)

双翅目昆虫は、ハエや蚊を含む非常に大きな昆虫グループであり、またモデル動物として輝く昆虫が複数含まれています。特に世代交代が早く、実験手法も非常に多く確立されているショウジョウバエは、今回のように「進化学のモデル生物」として活躍します。

生物の形態と行動は、ともに密接に関わりを持っていることは直感的に理解できますが、本研究ではその進化的関係の検証を、ハエを用いて行うことができました。進化の研究は、「その生き物や、近親関係にある種全体」に共通する事項を究明することでもあります。今回のハエを用いた研究結果を、ハエと近い関係にある別の昆虫(例えば、伝染病を媒介する蚊など)に応用することで、私たちの研究分野である理学の基礎研究だけではなく、工学や農学、そして医学等の「身近な生活に影響を与える研究」を含む広い範囲に貢献することができます。

参考URL

大阪大学大学院 理学研究科 生物科学専攻 細胞生物学・松野研究室
http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/bio_web/lab_page/matsuno/index.html

用語説明

共進化

異なる生物学的要因が相互作用しあって進化が起こること。有名な例は、二種の生物間で起こる進化(例:非常に長い距(きょ)(植物の花びらや萼(がく)の付け根にある突起部分で内部に蜜腺をもつ)を持つ蘭と非常に長い口吻を持つ蛾))だが、種間だけではなく種内(例:ショウジョウバエのオスとメス)でも共進化は起こる。

双翅目(そうしもく)昆虫

別名ハエ目昆虫。昆虫類の分類群のひとつであり、これに属する昆虫は、通常4枚ある翅が2枚となり、残り2枚が平均棍(へいきんこん)に進化していることが特徴である。ハエや蚊、アブを含む巨大なグループであり、また吸血性の昆虫も多いため、感染症媒介節足動物も多く含まれている。

キイロショウジョウバエ

遺伝学に優れたモデル生物。成虫になるまで10日前後しかかからず、遺伝子の解析等に適している。また、交尾前に複雑な求愛行動をとることが知られているため、行動実験のモデルとしても広く研究されている。

遺伝子突然変異体

遺伝子になんらかの理由で傷がつき、遺伝子の発現や機能に異常がある個体。自然にも現れるが、発ガン物質や放射線等の変異原にさらされるとその発生頻度が高くなる。

雄上位型交尾体位

昆虫のとる交尾体位の一種。雄が雌の上に乗り、同じ方向を向いて尾部同士(生殖器)を結合させる。

交尾行動

本研究の場合、交尾(生殖器の結合)と、交尾前の求愛行動を含む。特にハエの雄は高度に儀式化した求愛行動をとることが知られており、この求愛行動が雌に気に入られない場合は雌に受け入れられず、交尾できない。

反向型交尾体位

昆虫のとる交尾体位の一種。雄と雌が互いに逆方向を向き、尾部同士(生殖器)を結合させる。