ドクター・ノオ遺伝子が炎症シグナルを介して内臓の左右非対称を制御することを解明

ドクター・ノオ遺伝子が炎症シグナルを介して内臓の左右非対称を制御することを解明

炎症性サイトカイン・シグナルの新たな機能の発見

2023-4-20生命科学・医学系
理学研究科教授松野健治

研究成果のポイント

  • ショウジョウバエのドクター・ノオ遺伝子が内臓の左右非対称性を制御し、正常な位置形成に寄与していることを発見
  • これまで機能が不明であったドクター・ノオ遺伝子が、炎症性サイトカイン・シグナルの活性化に必要であることを示した
  • ドクター・ノオ遺伝子による炎症制御への応用に期待

概要

大阪大学大学院理学研究科の大学院生のYi-Ting Laiさん(博士後期課程)、松野健治教授らの研究グループは、ドクター・ノオ遺伝子が、炎症性サイトカイン・シグナルを介して内臓の左右非対称を制御することを世界で初めて明らかにしました。同研究グループは、イアン・フレミングの長編小説「007 ドクター・ノオ(Dr. No)」に登場する、ボンドの宿敵ドクター・ノオ(ノオ博士)が、右側に心臓をもつことにちなんで、ドクター・ノオ遺伝子を命名しました(図1上)。ノオ博士は、心臓を右側にもっていたため、左胸をピストルで撃たれても死ぬことはありませんでした(図1上)。この遺伝子名からわかるように、ドクター・ノオ遺伝子に突然変異が起こったショウジョウバエでは、内臓の位置が左右反転します(図1下)。

これまでは、ショウジョウバエの内臓の左右非対称性が形成される仕組みについてはよく理解されていませんでした。

今回、松野教授らの研究グループは、多くの突然変異体の中から左右非対称性に異常を示すものを探し出し、ドクター・ノオ遺伝子の突然変異を見つけました(図1下)。ドクター・ノオ遺伝子の機能を調べた結果、ドクター・ノオ遺伝子は、炎症性サイトカイン・シグナルで機能する受容体タンパク質が、細胞内で正常に輸送されるのに必要であることを解明しました(図2)。ドクター・ノオ遺伝子が働かないと、この受容体タンパク質の輸送経路が乱れるため、受容体タンパク質は細胞内の異常な区画に運ばれて、蓄積することがわかりました(図2)。この様に輸送経路が乱れることで、この受容体タンパク質は活性化を受けるチャンスを失い、その結果、炎症性サイトカイン・シグナルが喪失すると考えられます(図2)。ドクター・ノオ遺伝子の突然変異では、内臓の左右非対称性がランダムになる(ノオ博士のように、内臓の位置が左右反転したものが1/2程度の頻度で出現する)ことから、炎症性サイトカイン・シグナルが内臓の左右非対称性形成に必須な機構をはたしていることがわかりました(図2)。

ドクター・ノオ遺伝子と同じような遺伝子が、ヒトを含む脊椎動物にも存在します(脊椎動物ではAWP1と呼ばれる)。ヒトにおいても、ドクター・ノオ/AWP1遺伝子が炎症性サイトカイン・シグナルで機能していることが予測されるため、本研究の成果から、ヒトの炎症性サイトカイン・シグナルの新たな制御の仕組みが明らかにされると期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Development」に、3月15日(水)(日本時間)に公開されました。

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図1. ノオ博士の心臓は、右側にあるため、左胸をピストルで撃たれても生き延びた(上)。ショウジョウバエのドクター・ノオ遺伝子突然変異では、内臓の左右が反転したものが半数出現する(下)。

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図2. ショウジョウバエの炎症性サイトカイン・シグナルは、ドクター・ノオの働きによって受容体が正常に輸送されることによって活性化される。ドクター・ノオ突然変異では、受容体は、異常な区画に輸送されて蓄積する。このため、炎症性サイトカイン・シグナルが活性化されず、内臓の左右がランダム化する。

研究の背景

多くの動物では、内臓器官に左右非対称性がみられます。ヒトの心臓が左側にあるのがその良い例です。このような左右非対称性が形成される仕組みは複数存在することがわかっており、昆虫では良く理解されていませんでした。動物の発生が正常に完了するためには、内臓器官の左右非対称性が正しく形成されることが必要です。このため、左右非対称性が形成される仕組みは、発生学の今後解明すべき重要な課題の一つです。

研究の内容

松野教授らの研究グループは、ショウジョウバエの多数の突然変異から、内臓の左右非対称性に影響を与えるものを探し出しました。その結果、ドクター・ノオ遺伝子に突然変異が起こると、内臓の左右非対称性がランダムになることを明らかにしました(図1)。本研究において、イアン・フレミングの長編小説「007 ドクター・ノオ(Dr. No)」に登場する、ボンドの宿敵ドクター・ノオ(ノオ博士)が、右側に心臓をもつことにちなんで、ドクター・ノオ遺伝子が命名されました(図1上)。つまり、ドクター・ノオ遺伝子に突然変異が起こったショウジョウバエは、ノオ博士のように、左右が逆転した内臓器官をもっています(図1)。ドクター・ノオ遺伝子の機能を調べた結果、ドクター・ノオ遺伝子は、炎症性サイトカイン・シグナルで働いている受容体タンパク質が、細胞内で正常に輸送されるのに必要であることを解明しました(図2)。ドクター・ノオ遺伝子が働かないと、この受容体タンパク質の細胞内輸送の経路が異常をきたし、受容体タンパク質は通常とは異なる細部内区画に運ばれて、蓄積しました(図2)。この様に輸送経路が乱れると、この受容体タンパク質は炎症性サイトカイン・シグナルを活性化できるチャンスを失うと考えられます(図2)。これらの結果は、炎症性サイトカイン・シグナルが内臓の左右非対称性形成に必須な機能をはたしていることを示します。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ドクター・ノオ遺伝子と同じものは、ヒトを含む脊椎動物にも存在します(脊椎動物ではAWP1と呼ばれる)。ヒトにおいても、ドクター・ノオ/AWP1遺伝子が炎症性サイトカイン・シグナルで機能していることが予測されます。このため、本研究成果により、ヒトの炎症性サイトカイン・シグナルの新たな制御の仕組みが明らかにされることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年3月15日(水)(日本時間)に英国科学誌「Development」に掲載されました。

タイトル:“The Drosophila AWP1 ortholog Doctor No regulates JAK/STAT signaling for left-right asymmetry in the gut by promoting receptor endocytosis”
著者名:Yi-Ting Lai, Takeshi Sasamura, Junpei Kuroda, Reo Maeda, , and Kenji Matsuno
DOI:https://doi.org/10.1242/dev.201224

なお、本研究は、JSPS 科学研究費補助金 基盤 (B) (21H02488)の一環として行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

ドクター・ノオ遺伝子

突然変異体が左右非対称性の異常(内臓の左右反転)を示すことを指標として、本研究で同定された遺伝子。イアン・フレミングの長編小説「007 ドクター・ノオ(Dr. No)」に登場する、ボンドの宿敵ドクター・ノオ(ノオ博士)が、右側に心臓をもつことにちなんで命名された(図1上)。ヒトを含む脊椎動物にも存在し、AWP1と呼ばれている。

炎症性サイトカイン・シグナル

炎症反応を促進する働きを持つサイトカインによって活性化される細胞シグナルのこと。免疫に関与し、細菌やウイルスが体に侵入した際に、それらを撃退して体を守る重要な働きをする。炎症性サイトカイン・シグナルの細胞内におけるシグナル伝達は、JAK-STAT経路を介して起こることが多い。ドクター・ノオ遺伝子も、JAK-STAT経路の活性化に必要である。

受容体タンパク質

細胞膜表面や細胞質、核内に分布し、細胞外からの生理活性物質(リガンドと呼ばれる)を特異的に認識して結合し、その情報を細胞内やDNAに伝達するタンパク質。