コロナ禍の市民の行動変容は「心肺蘇生」にも。

コロナ禍の市民の行動変容は「心肺蘇生」にも。

小児の院外心停止患者の特徴と転帰

2022-10-7生命科学・医学系
医学系研究科特任助教(常勤)ZHA LING

研究成果のポイント

  • 総務省消防庁の全国院外心停止患者登録データを用いて、日本におけるコロナ禍の17歳以下の小児の院外心停止患者への影響を検討した。
  • これまで海外ではコロナ禍と成人の院外心停止転帰の悪化との関連が示された研究はいくつかあったが、小児患者の転帰に関する研究は限られている。
  • コロナ禍における胸骨圧迫のみの心肺蘇生が増えた一方、人工呼吸付きの心肺蘇生が減った。
  • 緊急事態宣言中に心停止現場に居合わせた一般市民によるAEDの電気ショックがゼロになった。

概要

大阪大学大学院医学系研究科環境医学のZHA LING特任助教(常勤)、北村哲久准教授らの研究グループは、緊急事態宣言中(2020年4月7日〜5月25日)に17歳以下の小児の心停止現場に居合わせた一般市民によるAEDの使用率がゼロになったことを示し(図1)、コロナ禍における胸骨圧迫のみの心肺蘇生が増えた一方、人工呼吸付きの心肺蘇生が減ったことを明らかにしました(図2)。

これまで海外ではコロナ禍と成人の院外心停止転帰の悪化との関連が示された研究はいくつかあったが、17歳以下の小児の院外心停止患者の転帰に関する研究は限られています。

今回、北村准教授らの研究グループは、全国院外心停止患者登録データを用いて、日本におけるコロナ禍前後の小児の院外心停止患者の特徴と生存率を比較しました。小児心停止患者に対して、心停止現場に居合わせた一般市民によるAEDの使用率が緊急事態宣言中にゼロになったこと、コロナ禍が始まってから胸骨圧迫のみの心肺蘇生が増えたが、人工呼吸付きの心肺蘇生が減ったことを明らかにしました。コロナ禍における一般市民の行動変容があったが、これによる生存率の悪化は観察されませんでした。

本研究成果は、米国医学誌「JAMA Network Open」に、2022年10月7日(金)(日本時間)にオンライン公開されました。

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図1. 緊急事態宣言中、心停止現場に居合わせた一般市民によるAEDの使用率

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図2. コロナ前後心肺蘇生の実施率

研究の背景

これまで、病院外で心停止を起こした成人患者に対して、コロナ禍において生存率を悪化させることが海外でいくつかの研究で示されていました。一方、コロナ禍が17歳以下の小児の院外心停止患者の生存率にどのような影響を与えているかについては十分に評価されていませんでした。

研究の内容

北村准教授らの研究グループでは、2005~2020年の総務省消防庁の全国院外心停止患者登録データを用いて、17歳以下の小児院外心停止患者23000人を対象にし、1ヶ月生存率の年次推移を検討しました。その結果、1ヶ月生存率が2005年の7.7%から2020年の12.3%まで年々向上していることが示唆されました。

また、コロナ禍が小児院外心停止患者の生存率への影響を検討するため、2015〜2020年の小児心停止患者7603人(そのうち男児4567人[60.1%]、平均年齢6.2歳)を対象にし、コロナ禍前(2015〜2019年、6443人)とコロナ禍後(2020年、1160人)の特徴を比較し、ロジスティクス回帰の方法によりコロナ禍前後における小児患者の生存率の変化を検討しました。胸骨圧迫のみの心肺蘇生がコロナ禍前の47.6%(3064/6443)からコロナ禍後の52.9%(614/1160)に増えたが、人工呼吸付きの心肺蘇生がコロナ禍前の14.2%(914/6443)からコロナ禍後の10.9%(126/1160)に減りました。通報から救急隊接触時までの時間の中央値がコロナ禍前の8分からコロナ禍後の9分に延長しました。1ヶ月生存率は、2015~2019年は13.2%(852/6443)、2020年は12.3%(143/1160)、調整オッズ比は0.95(95%信頼区間0.77-1.17)で、コロナ禍前後で有意な差はありませんでした。

さらに、2020年において緊急事態宣言期間中とそれ以外の期間における小児心停止患者の特徴と生存率も比較しました。心停止現場に居合わせた一般市民によるAEDの使用率は、非緊急事態宣言時に3.2%(33/1027)でしたが、緊急事態宣言中ではゼロでした。1ヶ月生存率は、非緊急事態宣言時は12.4%(127/1027)、緊急事態宣言中は12.0%(16/133)、粗オッズ比は0.97(95%信頼区間0.56-1.69)で、有意な差はありませんでした。

コロナ禍における成人の院外心停止患者の生存率が低下したのとは対照的に、我々の研究では、コロナ禍における小児の院外心停止患者の1ヶ月生存率に変化がありませんでした。通報から救急隊接触時までの時間が長くなり、人工呼吸付きの心肺蘇生の実施率が低下したにもかかわらず、生存率が悪化しなかったのは、2020年に胸骨圧迫のみの心肺蘇生が増加することによって相殺された可能性があります。また、緊急事態宣言中に高い生存率に関連する重要な予後因子である、心停止現場に居合わせた一般市民によるAEDの使用率は減少していました。小児院外心停止患者の生存率を改善するためには、コロナ禍において行動制限があっても、一般市民がAEDを積極的に使うことを啓発する取り組みが必要です。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、2020年はコロナ禍という状況が小児の院外心停止患者の生存率の変化と有意な関連性がないことが示唆されたが、一般市民によるAEDの使用等の行動変容があったため、コロナ禍においても、積極的にAEDを使用したり、心肺蘇生をしたりすることを一般市民に啓発普及することが小児院外心停止患者の生存率を改善するために必要です。

特記事項

本研究成果は、2022年10月7日(金)(日本時間)に米国医学誌「JAMA Network Open」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Association of the COVID-19 Pandemic With Prehospital Characteristics and Outcomes of Pediatric Patients With Out-of-Hospital Cardiac Arrest in Japan, 2005-2020”
著者名:Ling Zha1, Sanae Hosomi2, Kosuke Kiyohara3, Tomotaka Sobue1 and Tetsuhisa Kitamura1
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 環境医学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 救急医学
3. 大妻女子大学 家政学部 食物学科
DOI:10.1001/jamanetworkopen.2022.35401

本研究は、大阪大学 大学院医学系研究科 新研究分野創生事業「臨床疫学データの構築・解析からリバーストランスレーショナルリサーチへの展開とその担い手育成プロジェクト」、メディカルデータサイエンス研究拠点形成事業「医学研究の高度化を支える疫学・統計学・生物情報科学・医療情報学の融合研究」ならびに日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。

参考URL

用語説明

総務省消防庁の全国院外心停止患者登録データ

消防庁では、平成17年1月より、市民や救急隊による救命効果の客観的・医学的な把握や評価、並びに地域間・国際間の比較・検証をより正確に行うため、国際的な登録様式に従って消防庁救急調査オンライン処理システム上で院外心停止患者の情報を収集している。

AED

AED:自動体外式除細動器(Automated External Defibrillator)は小型の医療機器で、傷病者の胸に貼ったパッドから自動的に心臓の状態を判断し、もし心室細動や無脈性心室頻拍の不整脈があったと判断した場合は、電気ショックを心臓に与えることができる。日本では2004年7月から一般市民によるAEDの使用が許可されている。