救急隊員が行う高度な救命処置の重要性を明らかに

救急隊員が行う高度な救命処置の重要性を明らかに

院外心停止患者に対する高度気道確保の有効性

2019-3-1生命科学・医学系

研究成果のポイント

・総務省消防庁の全国院外心停止患者登録データを用いて、成人の院外心停止患者に対する救急隊による高度気道確保の効果を検証。救急隊到着時の1次救命処置により自己心拍が再開しなかった心停止患者のうち、電気ショックを適応できなかった場合は、高度気道確保をした群のほうが、高度気道確保をしなかった群と比較して、1か月後の生存率が良好であることを示した。
・本研究において、新しい統計解析手法である時間依存傾向スコア連続マッチング解析法を導入した。
・院外心停止患者に対する救急隊による救命処置の重要性を明らかにする本研究は、院外心停止患者の蘇生率向上のためのエビデンスとして、国際心肺蘇生ガイドラインの改定にも大きな影響を与えると期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の小向翔助教(医学統計学)、北村哲久助教(環境医学)とピッツバーグ大学の井澤純一リサーチフェロー(集中治療学講座)らの研究グループは、院外心停止患者に対する救急隊による高度気道確保の効果の評価について、新しい解析手法である「時間依存傾向スコア連続マッチング解析法」を用いて行い、救急隊到着時の1次救命処置により自己心拍が再開しなかった心停止患者のうち、電気ショックを適応できなかった場合は、高度気道確保を行うことが心停止1か月後の生存の改善に関連することを示しました。

これまでにも心停止患者に対する酸素供給のための声門上気道確保器具や気管挿管チューブを用いた高度気道確保の効果を評価する多くの研究がありましたが、心停止患者に対する高度気道確保の有効性を示す研究はほとんどありませんでした。新しい解析手法を導入することで、救急隊による高度気道確保の実施が心停止後の転帰改善と関連することを明らかにし、病院前救護における救急隊の処置の重要性を示しました。今後、本研究結果が国際心肺蘇生ガイドラインの改訂に影響を与えるものと期待されます。本研究成果は、2019年2月28日に英国医師会雑誌「BMJ (British Medical Journal)」(オンライン)に掲載されました。

図1 院外心停止から1ヶ月後の生存率
電気ショックを適応できないケースでは、高度気道確保処置を行った方が有意に生存の可能性が高まる。

研究の背景

病院外で心停止を起こした患者さんに対して、救急隊は胸骨圧迫などの心肺蘇生行為やAED(体外式自動除細動器)を用いた電気ショックといった1次救命処置だけでなく、自己心拍再開が達成できない心停止患者に対しては声門上気道確保器具や気管挿管チューブを用いた高度気道確保や静脈路からのアドレナリン投与といった2次救命処置を行うことになります。しかしながら、院外心停止患者に対する高度気道確保は救急隊によって行われる重要な蘇生行為にもかかわらず、その有効性については十分明らかにはなっていませんでした。

これまで、傾向スコアマッチング解析 等を用いた幾つかの調査研究で、院外心停止における救急隊による高度気道確保は有効でないと示唆されていましたが、北村助教らの研究グループは高度気道確保が行われた時刻に着目し、改めて解析方法を見直しました。日本の救急隊による高度気道確保は、1次救命処置によって自己心拍が再開した心停止患者に対しては行われません。言い換えると、自己心拍が再開せず、蘇生行為が長くなればなるほど高度気道確保を受けやすくなるために、自己心拍が再開しない予後不良群のほうが高度気道確保を受けやすくなるという「蘇生時間バイアス」 という問題が生じ、これが先行の高度気道確保と院外心停止との関係を評価する調査研究において、高度気道確保は有効でないという結果をもたらしていた原因の一つと考えられます。

そこで、研究グループは、この蘇生時間バイアスを克服するために、高度気道確保された時間ごと(1分毎)に傾向スコアを算出し、同じタイミングで高度気道確保された群とまだされていない群をマッチさせることで、蘇生時間バイアスを減らそうという手法(時間依存傾向スコア連続マッチング解析)を新たに導入しました。また、心停止患者さんの心電図波形により心室細動がある場合、電気ショックの適応が判断されますが、電気ショックの有無により、その後の救急隊の蘇生処置が異なるために、分けて解析を行いました。

本研究の成果

本研究には、総務省消防庁の全国院外心停止患者登録データを用いました。2014~2016年の3年間で、解析対象となる日本の成人院外心停止患者は310,620名であり、電気ショック適応である心停止群の41.2%(8459/20516名)また電気ショック適応でない心停止群の42.0%(121890/290104名)が高度気道確保を受けていました。電気ショックの適応がある群において( 図2 :上側)、通常のオリジナルコホート解析 ならびに従来の傾向スコアマッチング解析では、高度気道確保を受けた群のほうが受けなかった群に比べて1か月後生存率が有意に低い結果でしたが、時間依存傾向スコア連続マッチング解析では院外心停止1か月後の生存率に差はありませんでした。

電気ショックの適応がない群において( 図2 :下側)は、通常のオリジナルコホート解析ならびに従来の傾向スコアマッチング解析では、高度気道確保を受けた群のほうが受けなかった群に比べて1か月後の生存率は有意に低く、時間依存傾向スコア連続マッチング解析では高度気道確保を受けた群のほうが院外心停止1か月後の生存率は有意に良好でした。

図2 解析析手法別、救急隊による高度気道確保あり・なしの院外心停止後の1か月生存率

図3 未処置の方が、心拍再開の可能性の幅が広い。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

救急隊による病院前救護活動の一つである、高度気道確保の有効性を示す本研究結果は、院外心停止患者に対する救急隊による2次救命処置の重要性を明らかにするとともに、院外心停止患者の蘇生率向上のためのエビデンスとして国際心肺蘇生ガイドラインの改定にも大きな影響を与えると考えられます。

特記事項

本研究成果は、2019年2月28日に英国医師会雑誌「BMJ (British Medical Journal)」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】 “Prehospital advanced airway management for adult patients with out-of-hospital cardiac arrest:a nationwide cohort study”
【著者名】 Junichi Izawa, 1,2 Sho Komukai, 3 Koichiro Gibo, 4 Masashi Okubo, 5 Kosuke Kiyohara, 6 Chika Nishiyama, 7 Takeyuki Kiguchi, 8 Tasuku Matsuyama, 9 Takashi Kawamura, 8 Taku Iwami, 8 Clifton W Callaway, 5 Tetsuhisa Kitamura 10
【所属】
1 東京慈恵会医科大学 麻酔科学講座
2 ピッツバーグ大学 集中治療学講座
3 大阪大学大学院医学系研究科 情報統合医学講座 医学統計学
4 沖縄県立中部病院 救命救急センター
5 ピッツバーグ大学 救急医学講座
6 大妻女子大学 家政学部食物学科
7 京都大学大学院医学研究科 クリティカルケア看護学講座
8 京都大学 環境安全保健機構 健康管理部門/附属健康科学センター
9 京都府立医科大学 救急医学講座
10 大阪大学大学院医学系研究科 社会医学講座 環境医学

本研究は、大阪大学大学院医学系研究科新研究分野創生事業「臨床疫学データの構築・解析からリバーストランスレーショナルリサーチへの展開とその担い手育成プロジェクト」ならびに日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われました。

【研究者のコメント】<北村 哲久 助教>

日本の大規模データを用いて、成人の院外心停止患者に対する高度気道確保の有効性を示す本研究は、国際心肺蘇生ガイドラインに影響を及ぼすものとして重要であるとともに、観察研究における治療や薬剤の有効性を評価する場合において、それらの時間を考慮することの重要性も示す結果として意義のある研究と考えます。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 環境医学
http://www2.med.osaka-u.ac.jp/envi/

用語説明

傾向スコアマッチング解析

(propensity score matching analysis)/患者を登録する研究において、何らかの治療や薬剤の有効性を評価しようという場合に、行為をされた群とそうでなかった群の間で登録患者の特徴(年齢や既往歴など)が大きく異なっている場合があり、これらの違いは解析結果にも影響を与える。この患者背景の違いを小さくする統計的手段として、様々な背景因子を傾向スコアという患者背景を要約した一つの指標に変換し、同じようなスコアを持つ患者を各群でマッチさせ、患者背景を揃えた上で目的とする治療や薬剤の効果を評価しようとするもの。

蘇生時間バイアス

(resuscitation time bias)/患者を登録する研究において、生きている患者に対して何らかの治療や薬剤を評価しようとする場合、登録開始から治療実施や薬剤投与をされるまでは必ず生きているために、解析としてはこれらの行為があったほうが予後が良いという方向の結果(=なかった患者は登録後のどの時点でも死ぬ可能性がある)をもたらす可能性がある「不死亡バイアス(immortal time bias)」がある。本研究のような蘇生領域の観察研究ではその逆のものとして、心肺蘇生が長くなってしまう予後の悪い群のほうが高度気道確保を受けやすいという蘇生時間バイアスが生じる。

オリジナルコホート解析

ヒトを対象とした観察研究において、一定の期間追跡される集団のことをコホート(ラテン語での戦闘集団を意味するcohorsに由来)という。コホート解析は、何らかの要因や特性を持った群とそうでない群にわけて、一定の期間を追跡した後にある疾患の罹患や転帰と要因や特性との関係を明らかにしようとするもの。