レーザーで創るミニチュア宇宙

レーザーで創るミニチュア宇宙

レーザープラズマ中の磁気リコネクションにおける電子アウトフローを世界初計測

2022-7-1自然科学系
工学研究科教授蔵満康浩

研究成果のポイント

  • レーザー実験で太陽や地球の磁気圏のプラズマ中で起こる磁気リコネクションを再現
  • 磁気リコネクションは、磁場のエネルギーをプラズマのフロー(流れ)のエネルギーに変換する過程で、宇宙において太陽フレアや磁気圏サブストーム、地上でも核融合プラズマのディスラプションといった爆発的な現象を引き起こすと考えられているが、マクロなイメージングからは、プラズマ中の電子・イオンの運動を切り分けることができず、実際の電子運動の直接的な計測は行われていなかった。
  • レーザー駆動磁気リコネクションで、イオンの運動を伴わない電子のみのアウトフローを初めて局所計測で捉えた。
  • ミクロな電子ダイナミクスが、マクロなプラズマの構造を決めるというプラズマに普遍的な性質の解明に期待

概要

大阪大学大学院工学研究科の境健太郎さん(博士後期課程/日本学術振興会特別研究員DC1)と蔵満康浩教授(レーザー科学研究所兼任)、自然科学研究機構核融合科学研究所の森高外征雄助教らの研究グループは、大阪大学レーザー科学研究所の大型レーザー激光XII号を用いて、レーザー生成プラズマ中で電子が駆動する磁気リコネクションを実験的に再現し、局所計測よりイオン運動を伴わない電子のみのアウトフローを初めて計測しました。

磁気リコネクションは、磁場のエネルギーをプラズマのフロー(流れ)のエネルギーに変換する過程で、宇宙において太陽フレアや磁気圏サブストーム、また、地上でも核融合プラズマのディスラプションといった爆発的な現象を引き起こすと考えられています。その引き金となるのが、ミクロな電子の運動だと考えられており、これまで同研究グループは、マクロなイメージングにより電子運動が駆動する磁気リコネクションを実験室で明らかにしてきました。しかし、マクロなイメージングからは、プラズマ中の電子・イオンの運動を切り分けることができず、実際の電子運動の直接的な計測は行われていませんでした。

本研究では、局所的に電子・イオンの速度を計測し、イオンの運動を伴わない電子だけの磁気リコネクションアウトフローを実験的に明らかにしました。これにより、ミクロな電子ダイナミクスが、マクロなプラズマの構造を決めるというプラズマに普遍的な性質の解明が進展し、将来的には磁場を使ったロケット推進や核融合研究などへの貢献が期待されます。

本研究成果は、Springer Nature社のオープンアクセス国際誌「Scientific Reports」に、6月30日(木)に公開されました。

研究の背景

これまで、宇宙の研究では、遠方の現象であれば望遠鏡などを用いたマクロな全体の撮像(イメージング)や、地球の近くであれば人工衛星による「その場」でのミクロなプラズマの局所計測が行われてきました。しかし、それぞれミクロとマクロの情報が同時に得られないというジレンマを抱えていました。大阪大学で生まれ、大阪大学主導で世界的な広がりを見せるようになった実験室宇宙物理学では、宇宙の現象を実験室で模擬し、ミクロとマクロの同時計測を可能とします。

これまで、蔵満教授らの研究グループでは、レーザープラズマ中の電子のみが磁場と結合する状態を作り出し、電子運動が駆動する磁気リコネクションを実現し、特徴的な構造のイメージングに成功しました。しかし、イメージングからは、電子とイオンの運動を分離することができず、電子スケールのリコネクションにより生成される電子アウトフローの直接計測は行われていませんでした。

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図1. (a)実験概念図。磁石による外部磁場下で激光XII号レーザーを固体ターゲットに照射し、磁気リコネクションを再現した。トムソン散乱(CTS)、及び磁気誘導プローブを用いた計測を行った。(b)トムソン散乱による局所速度計測の結果。電子の速度(青いマーカー)だけが大きく変化していることが分かる。

研究の内容

本研究では、小さな空間スケールで、協同トムソン散乱(collective Thomson scattering: CTS)を用いて、局所的な電子・イオンの速度を計測しました。その結果、磁気リコネクションによってイオンの運動が変化しない、電子だけのアウトフローが形成されることを明らかにしました。また、磁気誘導プローブを用いた局所磁場計測の結果、磁気リコネクションによってできるプラズマのマクロな構造であるプラズモイドに伴う磁場の反転を検出しました。さらに、磁気誘導プローブのデータを周波数解析することで、電子アウトフローに伴い、磁化された電子運動に特徴的なプラズマ波動であるホイッスラー波を初めて計測しました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、これまで宇宙空間での観測が難しかった、磁気リコネクションの「その場」でのミクロスケール計測と、イメージング等のマクロスケールの同時計測が可能となりました。電子はイオンに比べ非常に軽く、またその時間的空間的な挙動はイオンのそれに比べ圧倒的に小さいため、プラズマの全体像を見ようとすると、電子スケールの現象を分解することは極めて困難でした。これは、宇宙空間のプラズマも同様で、全体像を捉えると細かい構造は見えず、細かい構造を見ると全体像が見えないというのが宇宙の現象を研究する上での問題でした。本研究では、磁場の大きさを制御し、全体像を見つつ、電子だけが磁場と結合する系を作り出し、さらにトムソン散乱と磁気プローブを用いた局所的なプラズマと磁場の情報を「その場」で計測しています。また、磁気リコネクションだけでなく無衝突衝撃波など、宇宙の様々な現象で、電子スケールの物理が重要な役割を果たすと考えられています。大型レーザーを使った実験的な研究が、宇宙の様々な未解決の問題に貢献できると期待されます。電子の役割はプラズマの普遍的な性質であり、将来的には磁場を使ったロケット推進や核融合研究等の進展と理解にも寄与すると考えられます。

特記事項

本研究成果は、2022年6月30日(木)にSpringer Nature社のオープンアクセス国際誌「Scientific Reports」に掲載されました。

タイトル:“Direct observations of pure electron outflow in magnetic reconnection”
著者名:K. Sakai, T. Moritaka, T. Morita, K. Tomita, T. Minami, T. Nishimoto, S. Egashira, M. Ota, Y. Sakawa, N. Ozaki, R. Kodama, T. Kojima, T. Takezaki, R. Yamazaki, S. J. Tanaka, K. Aihara, M. Koenig, B. Albertazzi, P. Mabey, N. Woolsey, S. Matsukiyo, H. Takabe, M. Hoshino, and Y. Kuramitsu
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-022-14582-3

なお、本研究は、日本、フランス、イギリス、台湾との国際共同研究のもと行われました。国内参加機関は、大阪大学大学院工学研究科に加えて、大阪大学レーザー科学研究所、自然科学研究機構核融合科学研究所、九州大学大学院総合理工学府、北海道大学大学院工学研究科、青山学院大学大学院理工学研究科、富山大学大学院理工学教育部、東京大学大学院理学系研究科です。

また、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業JP19K21865、JPJSBP120203206、JP20KK0064、JP21J20499、JP22H01195、JP18H01232、JP22H01251、JPJSCCA201902、JPJSCCB20190003による支援を受けて実施され、文部科学省先端研究基盤共用促進事業(先端研究機器基盤整備事業)JPMXS0450300121の共用研究機器を利用しています。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

プラズマ

物質が非常に高温になり、原子が電子とイオンに電離した状態。自由に運動できる電子とイオンで構成されており、電磁場を介して集団的なふるまいをする。

磁気リコネクション

プラズマ中で磁場の反平行成分がつなぎ変わることで、磁場のエネルギーをプラズマのエネルギーへと変換する物理過程。

アウトフロー

磁気リコネクションで磁場のエネルギーがプラズマに変換され、プラズマの流れ(フロー)として現れる。このアウトフローはアルフヴェン速度程度になることが理論的に知られている。

実験室宇宙物理学

核融合等の研究に使われてきた大型レーザーを用いて、宇宙の現象を実験室で模擬する比較的新しい学問。大阪大学で生まれて大阪大学で育った。

協同トムソン散乱(collective Thomson scattering: CTS)

プラズマの局所パラメーターを計測する手法。プラズマ中に光を入射し、散乱した光の波長スペクトルを取得する。散乱光の波長スペクトルは入射した光とプラズマ中の波の共鳴で決まるため、波の分散特性から電子とイオンそれぞれの速度・温度・密度が分かる。

磁気誘導プローブ

局所的な磁場を測定する計測器。小型のコイルで構成されており、コイルを貫く磁場が変化したときにファラデーの電磁誘導の法則により生じる誘導起電力を計測する。本研究では3つのコイルを組み合わせることで、3方向の磁場を計測した。

プラズモイド

磁気リコネクションの結果生じるプラズマの大域的な構造。磁気リコネクションによって磁場の構造が変化することで形成される磁力線の巻き付いたプラズマのかたまりである。

ホイッスラー波

プラズマ中で磁場の振動が伝わっていく波動。磁場による電子の旋回運動に関連している。地球の磁気圏(電離層)の電波計測で発見され、口笛のように周波数が時間的に変化することからこの名前が付いた。