光の力でナノ粒子を自在に選別
新原理のクロマトグラフィーで半導体ナノ粒子の自在な選別に成功
研究成果のポイント
- 薄層クロマトグラフ基板(TLC)に、局在表面プラズモン共鳴(LSPR)を示す金ナノ粒子を担持することで、従来にはない原理で働く新規クロマトグラフィー法「プラズモンTLC法」を開発した。
- ラズモンTLC上で、溶媒とともに半導体ナノ粒子(量子ドット)を移動させると、光照射したときにのみに、担持したAuナノ粒子に光圧が発生し、量子ドットの移動速度が変化した。
- 射する光の波長と強度を適切に選ぶことで、光捕捉されるナノ粒子のサイズや光学的な特性を自在に選別することに成功した。
- 技術を採用すれば、太陽電池材料・発光材料としての利用が期待される低毒性量子ドットの自在な選別や、タンパク質やリポソームなどの生体分子の光捕捉・サイズ選別のための全く新しい分離手法/精製手法として期待できる。
概要
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の鳥本 司 教授、亀山 達矢 准教授、秋吉 一孝 特任助教らの研究グループは、大阪大学大学院基礎工学研究科の石原 一 教授、山根 秀勝(研究当時、大阪府立大学工学研究科 助教)、大阪公立大学大学院理学研究科の坪井 泰之 教授(研究当時、大阪市立大学大学院理学研究科)、東海林 竜也(研究当時、大阪市立大学大学院理学研究科 講師)との共同研究で、分子の分離によく利用される薄層クロマトグラフィー(TLC)と、金ナノ粒子に光照射することにより発生する力(光圧)を組合せ、光によるナノ粒子の新たな分離・選別法である「プラズモンTLC法」の開発に世界で初めて成功しました(図1)。本研究成果である「プラズモンTLC法」では、照射する光の波長と強度を適切に選ぶことで、光捕捉されるナノ粒子のサイズと光学特性を選別することができました。本手法は、困難だった低毒性量子ドットの効率的で高精度な分離に応用でき、今後の光デバイス開発への量子ドットの利用を飛躍的に促進させる技術になると期待できます。
本研究成果は、2022年7月22日午前9時(日本時間)付イギリス科学誌「NPG Asia Materials」に掲載されました。
図1. プラズモンTLC法による量子ドット(QD)の光捕捉の模式図。一般的なTLC法(光照射無し)では(図左、中)、Auナノ粒子近傍に量子ドット(QD1,QD2)は捕捉されない。しかし、TLC基板上に光照射しながら、溶媒とともに量子ドットを上昇させると、Auナノ粒子の表面プラズモン共鳴(LSPR)が励起されて光圧が生じるために、所望の量子ドット(QD1)のみが選択的に捕捉される(照射単色光の波長と光強度を変えることで、光捕捉される量子ドットを選別できる)(図右)。
研究の背景
サイズが10 nm以下にまで小さくなった半導体ナノ粒子は、量子ドットともいわれ、その物理化学特性がサイズや組成によって大きく変化し、分子やより大きな結晶とは全く異なる特性を示します。この特性を利用して、半導体ナノ粒子(量子ドット)は、ディスプレイ用の発光材料や次世代太陽電池への応用が期待される材料です。PbS、CdS、CdSeやCdTeなどの二元量子ドットが製品化されていますが、毒性が高いために一般的な製品への利用が厳しく制限されています。一方で、粒子組成がZnAgInS、CuInGaS、AgInGaSなどの低毒性元素からなる多元量子ドットは、広範囲に使える次世代の量子ドット材料になると期待され、世界的に数多くの開発研究が行われています。
多元量子ドットは、サイズと組成に依存した物理化学特性をもちます。したがって、これら量子ドットを高品質化してより高機能なものとするためには、粒子サイズや形状を一定にし、さらに粒子組成を高精度に制御して、量子ドットの光学特性を均一なものとする必要があります。しかし、従来の化学的な粒径分離法では、光学特性の違う量子ドットを高精度に分離することができませんでした。
研究の内容
研究チームは、金(Au)ナノ粒子などの局在表面プラズモン共鳴(LSPR)を示す材料に光を照射することで発生する力(光圧)を利用し、これを従来の薄層クロマトグラフ(TLC)に組み込むことで、量子ドットの光特性の違いによって選別することができる、全く新たな分離法を開発することに成功し 「プラズモンTLC法」と名付けました(図1)。
図2に示すように、Auナノ粒子を担持したプラズモンTLCプレートに光照射しながらZnAgInS(ZAIS)量子ドット(サイズ:19 nm)を移動させると、光照射したときにのみ、Au担持部分に量子ドットが捕捉されました。レーザー光などの高強度な光を用いなくとも、0.5~1.0 W/cm2程度の比較的弱い光強度で捕捉でき、非常に簡便で汎用性の高い技術といえます。
サイズが同じで吸収特性の異なる二種類の粒子(ZAIS粒子(可視光吸収)およびAgCuInTe(ACITe)粒子(可視ー近赤外光吸収))を混合したものを、820 nm単色光照射によるプラズモンTLCで分離することもできます。ACITe粒子は、TLCに担持したAuナノ粒子とともに光励起され、効率よくAuナノ粒子部分に捕捉されますが、光励起されないZAIS粒子は捕捉されずにTLC上方まで移動します。理論的な解析によって、担持されたAuナノ粒子と量子ドットとの間に働く光圧が、量子ドットの光吸収特性によって大きく変化した結果、量子ドットが効率よく分離・選別されるというメカニズムを解明しました(図3)。従来の化学的な手法であるサイズを用いる粒径分離法では、これら粒子は分離できなかったことから「プラズモンTLC法」は光学特性を利用する量子ドットの新規で効率のよい選別法といえます。
また、照射単色光波長と強度を一定として、サイズの異なるZAIS量子ドットの分離を行うと、サイズが8 nm以上の量子ドットが効率よくAu粒子担持部分に光捕捉されましたが、6 nm以下の粒子は光捕捉されなかったことから、効率よく粒径分離が達成されることもわかります(図4)。
図2. (a) プラズモンTLCの実験装置の模式図。(b) プラズモンTLCプレート上を移動するZAIS量子ドット(サイズ:19 nm)の時間変化。写真の下の数字は、溶媒がTLCプレートを上昇している時間(秒)。光照射無しで量子ドットを移動させても、Auナノ粒子担持部分に捕捉されないが、820nm単色光を照射しながら移動させると、Au担持部分に選択的に光捕捉された。
図3. 担持したAuナノ粒子集合体の周りにつくられる光圧により形成される量子ドットのポテンシャル変化(理論計算値)。ACITe量子ドットで、より安定なポテンシャルが形成される。
図4. プラズモンTLCを用いたサイズの異なるZAIS量子ドットの光捕捉。照射単色光波長:610 nmおよび820 nm。縦軸は、Rf値を示す【薄層クロマトグラフィー(TLC)説明参照】。
成果の意義
本技術は、量子ドットなどのナノサイズの構造体を精度良く光の力で分離することができる技術です。ナノ構造体粒子のサイズが異なれば、サイズの違いを利用する従来の化学的な分離法も利用できますが、サイズが同じで光学特性の異なるナノ粒子を分離する方法は、これまでには無く、本研究で開発した「プラズモンTLC法」が唯一の方法です。
本技術を採用すれば、太陽電池材料・発光材料としての利用が期待される低毒性量子ドットの自在な分離・選別が可能となります。また、タンパク質やリポソームなどの生体分子の光捕捉・サイズ選別のための全く新しい分離手法/精製手法として利用可能になると期待できます。これによって、機能デバイスに利用できる量子ドットの高品質化が格段に向上し、さらにナノサイズの生体分子の分離・濃縮を高速化することも可能になります。将来のナノ材料合成・ナノ機能デバイス作製のための新しい基盤技術になると期待されます。
本研究は、文部科学省科学研究費新学術研究領域研究「光圧によるナノ物質操作と秩序の創生」(領域代表 大阪府立大学 石原 一)の支援のもとで行われたものです。
特記事項
【論文情報】
雑誌名:NPG Asia Materials
論文タイトル:Development of Plasmonic Thin-layer Chromatography for Size-selective and Optical-property-dependent Separation of Quantum Dots
著者:T. Torimoto, N. Yamaguchi, Y. Maeda, K. Akiyoshi, T. Kameyama, T. Nagai, T. Shoji, H. Yamane, H. Ishihara, and Y. Tsuboi
DOI:10.1038/s41427-022-00414-3
用語説明
- 局在表面プラズモン共鳴(LSPR)
ある波長の光が金属ナノ粒子にあたると、光の電場によって金属中の自由電子が集団振動する。これを局在表面プラズモン共鳴(LSPR)という。このとき、振動している電子の電荷によって、金属ナノ粒子近傍に強い局所電場が生じる。
- 半導体ナノ粒子(量子ドット)
量子サイズ効果を示す半導体ナノ粒子のこと。10 nm以下の半導体粒子では、粒子中の電子および正孔がナノ空間に強く閉じ込められるためにエネルギーが増加するという量子サイズ効果が発現し、エネルギーギャップなどの物理化学特性が粒子サイズに依存して変化する。これらの半導体ナノ粒子は強く発光するために、LEDやディスプレイなどの発光デバイスへの応用が試みられている。また粒子サイズによって電子エネルギー構造が変化するために、次世代太陽電池の光吸収層としての開発が進められている。現在は、CdS、CdSe、PbSなどの二元量子ドットを用いる研究が盛んであるが、高毒性元素を含むために、広範囲な応用が望めない。これに対して、高毒性元素を含まない三元素以上からなる多元量子ドットの開発が進められており、サイズの単分散化と組成の均質化によって特性の高性能化が達成できれば、非常に広範囲なデバイス応用が期待されている。
- 光圧
物質に光があたると光は運動量を持つために物質に力が働く。また光電場の勾配があるときにも、光電場とそれにより物質に誘起される分極間の相互作用のため物質に力が働く。これらを光圧と呼ぶ。金ナノ粒子などのLSPRを光励起することで形成される局所電場においても物質に力が働くが、その力も光圧の一種である。
- 薄層クロマトグラフィー(TLC)
化学物質を分離するクロマトグラフィーの一種である。シリカゲルなどの担体粒子をガラス基板などに担持したTLCプレートを用いる。対象とする化学物質をTLCプレートに担持し、溶媒を浸透させることで分子を担体粒子膜中で移動させると、担体粒子との親和性の差によって対象分子の移動距離が変化する。この現象を利用する分離法である。TLC上の対象分子の移動距離の指標として、保持係数(Rf値)を用いる。Rf値は、TLCプレート上の溶媒の移動距離に対する対象物質の移動距離の比として定義される。