発熱する暇がない!?高品質ZnO結晶による熱損失のない超高速な光学現象を世界初実証

発熱する暇がない!?高品質ZnO結晶による熱損失のない超高速な光学現象を世界初実証

発光ダイオードなど、次世代省エネ型の光学素子に結びつく成果

2019-5-8工学系

研究成果のポイント

・室温における励起エネルギーの熱散逸時間(数10フェムト秒:1フェムト秒=千兆分の1秒)を超える速さで光が放射される現象を、酸化亜鉛(ZnO)結晶により世界で初めて実証。
・通常、固体から光放射は速くても数10ピコ秒(1ピコ秒=1兆分の1秒)以上かかるとされるが、今回、ZnOの光学現象を説明する新理論を、高品質試料による実験データと精緻に突き合わせ、先例のない超高速光放射(10フェムト秒台)の確認に成功。
・熱散逸時間より速い光学現象では原理的に熱発生がないため、従来のエネルギー効率の限界を大きく超える、次世代の超低エネルギー消費型光デバイス実現への新しい指導原理として期待される。

概要

石原一教授(大阪府立大学工学研究科、大阪大学大学院基礎工学研究科)、芦田昌明教授(大阪大学大学院基礎工学研究科)、中山正昭教授(大阪市立大学工学研究科)、一宮正義准教授(滋賀県立大学工学部)らの研究チームは、酸化亜鉛(ZnO)の光学特性を説明する新たな理論を開発し、高品質な結晶を用いてこれを検証することにより、室温で熱散逸 が始まるより短い時間で光が放射される先例のない高速光現象を世界で初めて確認しました。

ZnOは、窒化ガリウム(GaN)などと同程度のバンドギャップ を持ち、青色の発光ダイオード、紫外光の半導体レーザー、紫外光を吸収する太陽電池材料など、多岐に渡る応用の可能性が高く注目を集めています。このような材料の光学過程(光を吸収し、再び放射する過程)を高速化することは熱損失のないエネルギー効率の高い光学素子を実現する上で重要な課題です。しかし、これまで高速化への明確な指導原理がなく、通常、吸収したエネルギーを光として放射するには速くとも数10ピコ秒以上かかると考えられていました。

今回、研究チームにより実証された放射時間は10フェムト秒台と、従来に比べて3桁も高速で、また、室温での熱散逸をも凌ぐ速さであるため、熱発生のない(サーマルフリーな)、次世代の超低エネルギー消費型の光学素子に応用できる可能性があります。

本研究成果は、米国物理学会速報誌『Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)』に4月20日、オンライン掲載されました。

図1
(a)高品質ZnO試料の原子間力顕微鏡像
(b)ZnO特有の二重の電子帯構造
(c)二重の電子帯構造による双子のアンテナとその協力的光放射の概念図
(d)実験実証された10fs台の高速光放射

研究の背景・内容

酸化亜鉛(ZnO)は紫外域にバンドギャップを持ち、また光を吸収する励起状態(励起子 )が極めて安定で、青色・紫外発光ダイオード、紫外光レーザー、紫外吸収太陽電池など、多岐に渡る光学素子の有望な材料として盛んに研究されています。一方、発光などの効率を上げるためには材料と光の相互作用を強くし、吸収や光放出を高速化する必要があります。しかし、ZnOは電子帯構造が複雑(二重の励起子帯が存在: 図1b )であり、その限界性能について十分な理解が得られていませんでした。

今回、石原教授ら研究チームの、特に大阪府立大学、大阪大学の元大学院生木下岳氏(当時:博士後期課程)、松田拓也氏(当時:博士後期課程)が中心になって、ZnOの光学特性を説明する新理論の開発、及び、その実験実証を行いました。

固体中の原子や分子は双極子アンテナ の役割をして光を吸収し、そのエネルギーを再び放射します。このアンテナの空間的広がりの大きさが光放射の速さや効率、すなわち発光素子としての性能を決めます。研究チームによる新理論では、これらのミクロなアンテナが振動を揃えて特殊な(多極子状 の)マクロアンテナを形成し、さらにZnOでは二重の励起子帯による双子のアンテナが相乗した結果、結晶全体に広がった巨大なアンテナを形成することを予言しました( 図1c )。そして、実験では、そのような条件が実現する高品質な試料( 図1a )を用いて放射寿命を測定し、精密な解析を行った結果、10fs台の、従来の知見とは桁違いの超高速な放射が起こっていることを実証しました。( 図1d )

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、発熱を伴わない次世代の超低エネルギー消費の光学デバイス開発への指導原理が得られたと言えます。通常の光学デバイスは必ず発熱を伴い、特に強い吸収を伴う能動的な光デバイスは大きなエネルギー消費が伴います。本成果は、従来、常識と考えられてきたこのようなエネルギー効率の限界を大きく超える新原理を通して、持続型社会の実現に貢献する可能性があります。

特記事項

本研究成果は、2019年4月20日(土)(日本時間)に米国物理学会速報誌『Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)』にオンライン掲載されました。

タイトル:“Synergetic Enhancement of Light-Matter Interaction by Nonlocality and Band Degeneracy in ZnO Thin Films”
著者名:T. Kinoshita, T. Matsuda, T. Takahashi, M. Ichimiya, M. Ashida, Y. Furukawa, M. Nakayama, and H. Ishihara

なお、本研究は、文部科学省科学研究費新学術研究領域研究「光圧によるナノ物質操作と秩序の創生」(代表、石原一)、及び同基盤研究(B)「極低温下でのレーザー照射による単結晶微小物質の作製」(代表、芦田昌明)の支援の下に行われました。

参考URL

大阪大学大学院基礎工学研究科 物質創成専攻未来物質領域
http://www.ishi-lab.mp.es.osaka-u.ac.jp

用語説明

熱散逸

光などを吸収して固体中の電子が高いエネルギー状態になった後に、このエネルギーが固体中の熱となって散逸、すなわち不可逆的に熱エネルギーに変化していく過程。

バンドギャップ

固体中の電子は特定のエネルギー状態のみが存在する。このようなエネルギー領域をバンドと呼び、エネルギーが存在できない領域はバンドギャップと呼ばれる。通常、電子は価電子帯と呼ばれるバンドに存在するが、光エネルギーを吸収して伝導帯と呼ばれる高いバンドに遷移する。ZnOではエネルギーの近い二種の価電子帯が存在し、複雑な光吸収過程が起こることが知られている。

励起子

価電子帯の電子が伝導帯に遷移すると、価電子帯には正に帯電した孔(正孔)が生じる。正孔と伝導体に遷移した電子が引力で互いに引き寄せ合った状態は励起子と呼ばれ、この性質が材料の基礎的な光学的特性を決める。ZnOには安定な励起子が存在するため、良質な光学素子材料となるが、複数の価電子帯に対応した励起子(A,B励起子)が存在するため、その光学過程は十分に理解されていなかった。

双極子アンテナ

空間的な拡がりの一方の端に正、他方の端に負の電荷が集中して、これが振動するアンテナ。

多極子状

空間的な拡がりの一方に正や負の電荷が交互に現れ、他方にも正や負の電荷が交互に現れつつ振動する状態。