葉の形はどのように決まるのか
植物の細胞分裂方向を調節するタンパク質を発見
研究成果のポイント
- 私たちは、活性化されたRhoタイプGTP結合タンパク質(RhoタイプGタンパク質)に結合するRIPタンパク質が、植物の葉の細胞分裂方向、ひいては葉の形の調節に関わることを見出しました。
- 植物では、細胞分裂の後に細胞は移動することができないため、細胞分裂の方向は植物の形を決める大きな要因の一つです。RhoタイプGタンパク質は、動植物で様々な情報伝達のスイッチとなるタンパク質で、生命活動の様々な機能を調節しています。なかでも、RhoタイプGタンパク質は、動植物においては細胞の分裂や細胞極性などの制御に関わっています。植物において、RhoタイプGタンパク質がどのようにして細胞分裂の方向などを調節しているのかについては明確ではありませんでした。
- 本研究で、植物の細胞分裂の方向決定の仕組みの一端が明らかになりました。細胞分裂方向はこの仕組みだけでなく、複数の仕組みで厳密に制御されていると考えられ、今後の研究で細胞分裂パターンの仕組みがより良くわかると考えられます。
概要
大阪大学大学院理学研究科のHasi Qimuge(ハス チムグ)特任研究員と柿本辰男教授らの研究グループは、RhoタイプGタンパク質が働きかけるタンパク質が植物における適切な細胞分裂方向の決定に必要であることを世界で初めて明らかにしました。
動物においては、細胞分裂でできた娘細胞は移動することができますが、植物においては移動することができません。そのため、細胞分裂の方向の調節は極めて大事です。本研究グループは、活性化型RhoタイプGタンパク質に結合するRIPタンパク質をコードする遺伝子を破壊すると、葉の長軸方向に沿った分裂面の細胞分裂が減少し、細い葉ができることを見出しました(図1)。葉の形は、細胞分裂の方向の調節に加え、どの細胞が増殖するかの調節、細胞の形などの調節によって決まります(図1)。今後、これらの統合的理解で植物が特有の形の葉を作り上げる仕組みが解明されるでしょう。
本研究成果は、日本科学誌「Plant Cell Physiology」に、7月2日(土)に公開されました。
図1. 葉の形は、どの細胞が分裂するのか、どの向きに分裂するのか、細胞がどの向きに成長するのかの3つの要因で決められる。細胞の仕切りは、染色体が分離する前にPPBが存在していた場所に作られる。RIPを欠く植物では葉の長軸方向のPPBが減少していたことから、細胞極性の調節などを通してPPBの方向調節に関わっていると考えられる。
研究の背景
動物では細胞間のつながりが柔軟なため、細胞分裂の後に細胞の位置関係が変化しますが、植物では細胞間には強固な細胞壁があるために、細胞分裂後に細胞の位置関係は変化しません。そのため、細胞分裂の方向が直接、器官全体の形に影響します。細胞分裂の方向を決定する仕組みについては、断片的にしかわかっていません。
研究の内容
本研究グループは、シロイヌナズナに存在する5つのRIPタンパク質の機能解析を進めることにより、RIPは微小管に結合しているタンパク質であること、RIP遺伝子を破壊すると葉の長軸方向に沿った細胞分裂面を作る細胞分裂の頻度が減少して葉が細くなることを見出しました(図2)。
植物では、細胞分裂に先立って、将来細胞板(細胞分裂の際の細胞壁の仕切り)が形成される位置に微小管の束(前期前微小管束: PPB)が形成されます。PPBの場所の決定にはRhoタイプGタンパク質を調節する因子が関与していることは知られていましたが、細胞分裂方向決定の仕組みは未だ部分的にしかわかっていません。RhoタイプGタンパク質は、活性型になるとRIPタンパク質に結合することが知られていますが、RIPタンパク質が細胞分裂においてどのような機能を持っているのかはわかっていませんでした(図3)。
本研究において、5つのRIPタンパク質は全て、間期における細胞質表層微小管の上に存在することが明らかとなりました。微小管はチューブリンタンパク質が重合して紐状になったものですが、ダイナミックに重合・脱重合を続けています。微小管には極性があり、+端で重合することで微小管が伸び、-端では脱重合していく傾向にあります。シロイヌナズナに存在する5つのRIP遺伝子を全て破壊した植物(rip1 2 3 4 5)では微小管重合速度が速くなっていることがわかりましたので、RIPタンパク質は微小管のターンオーバーに抑制的に働いていることがわかります。RIP遺伝子を4つあるいは全て破壊すると、葉の横軸方向の細胞数が減少し、葉が細くなり、葉の縦軸に沿ったPPBが減少しました(図2)。では、葉と相同な器官の一つと解釈されている花弁ではどうでしょうか?rip1 2 3 4 5突然変異体の花弁でも、長軸方向に分裂面ができる細胞分裂が減少し、細い花弁ができました(図2)ので、花弁でも同じ仕組みが働いていると考えられます。PPBは細胞分裂に先立って作られ、将来はその位置に細胞分裂面が形成されます。RIP1,3,4はPPBに存在しますがRIP2とRIP5はPPBには存在しないことと、RIP1,3,4を破壊しただけでは細胞分裂方向にほとんど影響しないことから、RIPはPPBが形成される前の時点で細胞極性の決定に関与し、その極性に従ってPPBが作られるのではないかと考えています(図1)。RhoタイプGタンパク質はGTP結合型となって活性化されるとRIPに結合することが知られています。どのような情報がRhoタイプGタンパク質を活性化するのかは今後に残された問題です(図3)。
図2. 左:シロイヌナズナが持つ5つのRIP遺伝子を破壊すると、葉の長軸に沿った方向のPPBが減少した。右:RIP遺伝子破壊株では、葉と葉の相同器官である花弁が細くなった。
図3. Rhoは動植物に存在し、上流からの情報によって活性型と不活性型の相互変換が起きて生理機能のスイッチとして働く。植物では、活性型Rhoに結合するタンパク質としてRICタンパク質群とRIPタンパク質群が知られている。本研究において、RIPは微小管に結合し、細胞分裂の方向制御に必要であることがわかった。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
植物の葉や花の形は植物種によって多様性に富んでおり、また、同じ植物種でも発芽直後と花が咲く頃では違った形になるものもあります。また、環境に応じて葉の形を変える植物もあります。本研究成果により、RIPは細胞分裂をする細胞の極性を制御することにより細胞分裂の方向調節に関与していることが示され、植物の細胞分裂の方向と葉の形の制御の仕組みの一端が明らかとなりました。細胞分裂の方向はこれ以外にも複数の仕組みで制御されていると思います。今後、植物がどのようにして様々な葉の形を作っているのかの全貌が明らかになることを期待しています。
特記事項
本研究成果は、2022年7月2日(土)に日本科学誌「Plant Cell Physiology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“ROP Interactive Partners are involved in control of cell division pattern in Arabidopsis leaves”
著者名:Qimuge Hasi and Tatsuo Kakimoto
DOI:https://doi.org/10.1093/pcp/pcac089
なお、本研究は、文部科学省日本学術振興会科学研究費助成事業(JP19H03246, JP19K22430 and 21K19264, JP18H04837, JP20H04886)などの支援により行われました。
参考URL
柿本辰男教授 Researchmap
https://researchmap.jp/read0079052
SDGsの目標
用語説明
- RhoタイプGTP結合タンパク質(RhoタイプGタンパク質)
RhoタイプGTP結合タンパク質(RhoタイプGタンパク質)は、Gタンパク質の類型であり、動植物において細胞極性や細胞分裂など様々な生理機能を調節している。植物のRhoタイプGタンパク質をROP(RHO OFPLANTS)と呼ぶ。Gタンパク質は、入力情報によってGTPが結合した活性型とGDPが結合した不活性型の形の間の変換が起きる。活性化酵素はGEFであり、不活性化酵素はGAPである。
- RIP
植物において、活性型Rhoタンパク質が働きかけるエフェクタータンパク質として、RICタンパク質群とRIPタンパク質が知られている。
- シロイヌナズナ
アブラナ科シロイヌナズナ属の一年草で、最も多用されているモデル植物。
- 微小管
チューブリンタンパク質が重合してできた紐状の細胞骨格。チューブリンの重合、脱重合は常に起きており、これによってダイナミックに存在場所、長さ、方向を変えている。微小管は極性を持っており、+端では重合速度が速く、-端では脱重合速度が速い。
- 細胞板
細胞分裂では染色体が分離した後に、細胞を2つに分ける過程(細胞質分裂)がある。動物では、細胞質分裂は分裂面が収縮して細胞はくびり切られるのに対し、植物では細胞膜と細胞壁からなる仕切り版を作り、親細胞の細胞膜・細胞壁を融合する。この仕切り版のことを細胞板と呼ぶ。
- 前期前微小管束: PPB
細胞分裂の前の染色体凝縮が始まる前に細胞質表層微小管と置き換わるように細胞膜直下にできる密な微小管の束をPPB(Preprophase band)と呼ぶ。PPBの微小管は紡錘体ができる前に消失するが、PPBがあった位置に細胞板が融合する。PPBに局在するタンパク質が分裂面の情報を持っていて、PPBの微小管が消失した後もその情報を維持していると考えられている。
- 細胞質表層微小管
植物において、細胞周期の間期には細胞膜直下に多くの微小管が存在し、これを細胞質表層微小管と呼ぶ。
- 葉と相同な器官
花の各器官である「がく」、「花弁」、「おしべ」、「めしべ」は、基本形である葉が調節遺伝子の作用で変化してできたものと考えられており、葉に相同な器官と呼ぶ。