強く吸着+簡単に脱着!新たな一酸化炭素吸着材料を開発

強く吸着+簡単に脱着!新たな一酸化炭素吸着材料を開発

水素精製技術としても応用可能なサステイナブルなガス分離

2022-5-17自然科学系
工学研究科准教授星本陽一

研究成果のポイント

  • 一酸化炭素の分離を室温かつ圧力変動のみで実現する新たな分子材料を創出した
  • 0価ニッケル錯体イオン液体へ分散する新奇アイデアにより、一酸化炭素の「強い吸着」と「容易な脱着」の相互過程を室温において実現した
  • 混合ガス (一酸化炭素+水素+窒素) から一酸化炭素を分離し、水素精製技術としても応用可能であることを示した

概要

大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻の星本 陽一准教授らの研究グループ (大学院生の山内 泰宏さん、川北 崇裕さん、木下 拓也さん、生越 專介教授、植竹 裕太助教、櫻井 英博教授) は、独自に開発した 0価ニッケル錯体が一酸化炭素 (CO) を高効率的に吸着する新材料となることを見出しました。さらに得られたCO吸着体をイオン液体に分散し、減圧条件下にさらすと、室温においてCOが脱着し原料錯体が再生することを確認しました。研究グループは、開発した0価ニッケル錯体を用いてCOと水素 (H2)、窒素 (N2) の混合ガスからCOを分離することに成功し、本研究成果が水素精製技術としても応用可能であることを実証しました。

今回の研究成果は、持続可能な社会の構築に資する『省エネルギーなCO分離手法』の実現に繋がります。

米国化学会誌Journal of the American Chemical Societyに5月3日(日本時間)に公開されました。

研究の背景および詳細

一酸化炭素 (CO) は、アルコールやカルボン酸などの化成品、およびポリカーボネートなどのプラスチックの合成に多用されるフィードストックです。COは様々な炭素資源から大量に合成されますが、フィードストックとして利用するためには精製が必須です。これまでは深冷蒸留のような電力消費の多い分離手法が主として利用されてきましたが、昨今では、持続可能な社会を実現する省エネルギーなCO分離手法の開発が世界中で進められています。

その手法の一つに、金属原子とCOとの強い相互作用に注目した、可逆的化学吸着反応が利用されています (図1)。ここでは、金属 (図1にはMと記載) とCOがM-CO結合を形成することにより、COが金属に吸着されます。つまり原理的には、金属とCOが強く相互作用するほど、COはより強くかつ素早く吸着されます。しかし、M-CO結合が強固になればなるほど、金属へ強く吸着されたCOを脱着させることは難しくなります。実際に、COと極めて強く相互作用する0価ニッケルを用いたMond法 (金属ニッケルの工業的精製プロセス) では、CO脱着過程には過激な加熱条件 (180~280 度) が適用されてきました。それ故に、CO脱着をより穏やかな条件 (~100 度) で進行させる戦略として、COとの親和性が比較的低い電子状態 (高酸化数) の金属を用いて材料開発することが定石とされてきました。

『COと強く相互作用し強く吸着する性能』と『室温でも効率的にCOを放出する性能』・・・一見矛盾した2つを兼ね備えた分子材料が創出されれば、持続可能な社会の構築に資する革新的なCO分離手法が実現されると期待できます。今回、本研究グループは、従来とは異なるメカニズムで駆動するCO吸脱着材料を、CO親和性が高い0価ニッケルを用いて創出しました (図2)。すなわち、ニッケル上に結合した配位子に「COの呼び込みと追い出しを促進する鍵パーツ (Key!)」を組み込むことで、置換反応機構 (鍵パーツのL部分が解離するとCOが吸着する;鍵パーツのL部分がニッケルへ結合するとCOは追い出される形で脱離する) を経るCO吸脱着システムを設計しました。これは、中心金属に備わっている空反応場を利用してCOの吸着 (空反応場にCOが入ってくる) と脱着 (COが金属から解離して空反応場が再生する) を進行させていた、従来の分子材料に見られるメカニズムと明白に異なります。さらに研究チームは、蒸気圧がほぼゼロであり揮発しないイオン液体を、CO脱着プロセスを促進する分散剤として活用する、という新しいイオン液体の利用法を提案しました。

具体的には、鍵パーツを組み込んだ0価ニッケル錯体1をイオン液体へ分散させ、ここへCOを含む混合ガス (H2、N2、CH4) を流し込みます。この結果、COのみがニッケル錯体1に吸着され、錯体2が高収率で得られることを確認しました (図3)。注目すべきは、CO/H2/N2混合ガスからのCO分離が高収率で達成されていることであり、本成果が高純度H2製造プロセスとしても適用できる可能性を示しています。またCO/N2混合ガスからのCO分離は工業的に最も困難なガス分離プロセスの一つですが、本研究ではCO/N2混合ガスからのCO分離も高効率的に達成しました。

本研究で開発した0価ニッケル錯体分散液を用いて、錯体2からのCO脱着→吸着の連続5サイクルを実施した結果、1サイクル目から2サイクル目にかけて、CO脱着効率が向上することを見出しました (図4)。この理由を明らかとするために、詳細な研究を行った結果、次の特徴が明らかとなりました。

① CO脱着過程は、イオン液体へ分散した固体のニッケル錯体上で進行している。脱着後に再生する錯体1はイオン液体へ十分に溶解するため、CO脱着後には均一溶液が得られる。
② CO吸着過程は、ニッケル錯体が溶解した状態で進行している。CO吸着後に、イオン液体に溶解しにくい錯体1が自動的に再結晶して析出する。
③ ①→②の脱吸着1サイクル目を経て、錯体1の結晶サイズが小さくなり、減圧にさらされる表面積が増加するために、1サイクル目→2サイクル目でCO脱着速度が上昇した。この結果は、従来、必須である場合が多かったサンプルの結晶化が、本研究においては必須ではない (イオン液体中で自動的に再結晶するから) ことを示している。

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図1

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図2

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図3

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図4

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究の社会的な意義は、温度変動を必要とする、エネルギー多消費型な手法の問題点を解決し、室温にて圧力変動のみで駆動する、省エネルギーなCO分離手法を開発した点にあります。本研究で開発した技術は混合ガスからのCO分離技術としても応用可能であることを実証しました。

さらに、新たなメカニズムで駆動する、イオン液体を駆使したCO吸脱着システムを提案することで「COと強く相互作用し強く吸着する性能」と「室温でも効率的にCOを放出」する性能は両立できることを実証した点は、学術的に意義深いと言えます。

特記事項

本研究は、日本学術振興会 科研費基盤 (C) (研究代表者:星本陽一, 21K05070)、JSPS若手研究(研究代表者:植竹裕太, 20K15279)、環境再生保全機構 環境研究総合推進費 (研究代表者:星本陽一, JPMEERF20211R01)、有機合成化学協会三菱ガス化学研究企画賞 (研究代表者:植竹裕太)、理研ー阪大科学技術ハブ共同研究プログラム (研究代表者:植竹裕太)、高輝度光科学研究センター(JASRI)(課題番号:2021A1630, 2021B1717 (SPring-8 BL14B2))、JST SPRING (研究責任者:山内泰宏, JPMJSP2138)、分子科学研究所 (課題番号:21-IMS-C105) による支援を受けて行われました。

用語説明

錯体

孤立電子対を持つ有機基や陰イオンが、中性金属または金属イオンに結合した化合物の総称。

イオン液体

イオンのみから成る、常温・常圧で液体の塩の総称。

フィードストック

化成品の生産に用いられる工業原料。

深冷蒸留

混合ガスを低温で液化させ、沸点の違いを利用し、各ガス成分を分離・精製する技術。

配位子

錯体中の金属と結合している有機基や陰イオンを指す。