粗水素から水素を抜き出す世界初の分子技術

粗水素から水素を抜き出す世界初の分子技術

粗水素活用社会への扉は開かれた!

2022-10-27自然科学系
工学研究科准教授星本陽一

研究成果のポイント

  • 高濃度の一酸化炭素や二酸化炭素を含む粗水素が、有機化合物の触媒的水素化反応へ利用できることを世界で初めて実証
  • 本研究は、水素貯蔵・運搬に活用される従来スキーム [粗水素からの高純度水素の分離→高純度水素を用いた水素化反応(貯蔵)→脱水素化反応(回収)] と異なる、革新的プロセス [粗水素を用いた水素化反応(分離と同時に貯蔵)→脱水素化反応(回収)] の基礎を構築
  • 今回開発した新技術は、未来の水素源として期待されるバイオマス由来の粗水素やオフガスにも応用可能であると期待

概要

大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻の星本陽一准教授らの研究グループ (大学院生の橋本 大輝さん(博士後期課程)、浅田 貴大さん(工学博士)、生越 專介教授) は、独自に開発したホウ素を含む分子触媒を利用し、一酸化炭素 (CO) や二酸化炭素 (CO2) などの不純物を含む粗水素を用いた有機化合物の水素化反応を達成しました。開発された反応系は、水素 (H2) に対して大過剰量のCOやCO2が含まれる粗水素も適用可能です。また、今回開発された分子触媒は、水素化反応の生成物からの脱水素化反応も進行させることが確認されました。これらの結果に基づき、研究グループは、高濃度CO・CO2が含まれる粗水素からのH2分離・貯蔵・回収を単一な分子触媒を用いて達成し、当該の技術が革新的なH2精製プロセスとして応用可能である可能性を示しました。

今回の研究成果は、粗水素を新たなフィードストックとして活用する「粗水素活用社会」の実現に繋がるものであり、米国科学振興協会誌Science Advancesに10月27日(木)午前3時(日本時間)に公開されました。

研究の背景および詳細

水素 (H2) は現代社会を支える重要な分子です。ガソリンの3.1倍にもなる高い重量当たりのエネルギー密度や、また燃焼時における環境負荷の低さ (副生成物はH2Oのみ) から、H2は未来の社会活動を支えるクリーンかつグリーンなエネルギー源としても期待されています。H2を効果的に活用する水素社会を迎えるにあたり、H2の国内需要は数千万トン/年以上におよぶと見込まれており、その大部分が炭化水素資源から製造されると考えられています。このような資源としては、褐炭や天然ガスに加え、バイオマスや都市ガス、家畜の糞尿なども活用できることが実証されつつあります。また昨今では、工場から排出されるオフガスも未来のH2源として注目されています。

炭化水素資源から高純度H2を製造するプロセスにおいては、粗水素 (H2、CO、CO2、CH4などの混合ガス) が先立って製造され、続いてCOやCO2などの不純物が徹底的に除去されます。これらのH2精製プロセスは高純度H2を製造する上で重要な役割を担ってきたものの、解決すべき課題 (エネルギー消費量の多さ、副次的に発生する温室効果ガス、H2損失など) が多いことも指摘されています。ゆえに、H2精製プロセスをより環境低負荷かつ経済的なプロセスへと改善するための取り組みが世界規模で進められています。

一方で、既存のH2精製プロセスが抱える課題に対する抜本的な解決策が待ち望まれています。粗水素からH2のみを選択的に利用することができれば、既存のH2精製プロセスに依存しない、新たなH2の利用法が開発できると期待できます。今回、研究グループは独自に開発したホウ素を含む分子触媒を活用して、粗水素を直接利用した有機化合物の水素化と続く脱水素化を鍵とする革新的なH2精製プロセスを提案し、このプロトタイプを実証しました (図1)。特筆すべき成果として、今回開発された技術においては、過剰量のCOおよびCO2を含む粗水素ですらも直接利用できることが確認されました。

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具体的には、有機化合物である2-メチルキノリン (Qin) と触媒B1を耐圧反応容器中で混合し、H2/CO/CO2混合ガス (モル比1/1/1) を加えた後に100度にて加熱します。その結果、Qinの水素化反応が進行し、高効率にて水素化生成物 (H4-Qin) が得られることを確認しました。水素化反応の後、反応容器中に残ったCOやCO2を含む気体を脱気操作により除去します。最後に、反応溶液を200度にて加熱することで、H4-Qinの脱水素化反応が進行し、QinとH2ガスを高収率にて回収しました (図2)。

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研究グループはH2に対して5倍モル量のCOやCO2が含まれる粗水素も直接利用可能であることを確認しました。また、バイオガスの主成分であるメタンが含まれる粗水素も本反応系に適用できることが明らかとなりました (図3)。

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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究は、粗水素を直接利用した水素化反応によりH2分離と貯蔵を一挙に達成するという、既存のH2精製技術に依存しない新たなH2利用技術のプロトタイプを開発しました。本研究で開発した技術は、大過剰量のCOやCO2が含まれる粗水素も適用可能であり、未来のH2源として注目されているバイオマス由来の粗水素やオフガスにも応用可能であると期待できます。さらに、粗水素条件下での有機化合物の水素化反応を達成したことで、高濃度の不純物が含まれる反応系においてもH2のみを選択的に活性化可能であることを実証した点は学術的にも意義深いと言えます。

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上図:イメージアート
「太古の獅子が光りのチカラを授かり、石ころから輝く宝玉を見つけ出す」様子を描いて、古くから知られてきた水素貯蔵分子が新たなホウ素触媒のチカラを借りて、粗水素から高純度水素を抜き出す様を表現しています。

特記事項

本研究成果は、2022年10月27日(木)午前3時(日本時間)に米国科学振興協会誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Main-group catalysis for H2 purification based on liquid organic hydrogen carriers”
著者名:Taiki Hashimoto, Takahiro Asada, Sensuke Ogoshi and Yoichi Hoshimoto
DOI:https://doi.org/10.1126/sciadv.ade0189

本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構 環境研究総合推進費(研究代表者:星本陽一, JPMEERF20211R01)、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP機能検証フェーズ試験研究タイプ、研究代表者:星本陽一)、 (公財) 矢崎科学技術振興記念財団 (研究代表者:星本陽一)、(公財) 泉化学技術振興財団 (研究代表者:星本陽一)、新井科学技術振興財団 (研究代表者:星本陽一) および (公財) ENEOS東燃ゼネラル研究奨励・奨学会 (研究代表者:星本陽一) による支援を受けて行われました。

参考URL

星本陽一准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/87c4b65a7307335a.html

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

粗水素

H2を含む混合ガスの総称であり、主な不純物としてCO、CO2、CH4などを含む。

オフガス

大量の石油・天然ガスを処理するプラントで発生し、未利用で焼却・放出されるガス。主成分は液化しにくいH2、CH4、C2H6など。

フィードストック

化成品の生産に用いられる工業原料。

炭化水素資源

元素として炭素と水素だけから成る化合物によって構成される資源の総称。