老化関連分子により心不全患者の治療反応性を予測

老化関連分子により心不全患者の治療反応性を予測

αクロトーは心不全治療のバイオマーカーとなり得るか?

2021-1-21生命科学・医学系
医学系研究科助教種池学

研究の成果のポイント

  • 重症心不全患者における新たな治療反応性予測因子を発見
  • これまで重症心不全患者において治療に対する反応性を予測することは困難だったが、血中のαクロトーの濃度を測定することで可能に
  • 患者一人一人に合った治療法の早期選択への応用に期待

概要

大阪大学キャンパスライフ健康支援センターの種池学助教、瀧原圭子教授らの研究グループは、大学院医学系研究科循環器内科学坂田泰史教授らとの共同研究で、老化関連分子として知られているαクロトーの血中濃度が重症心不全患者における新たな治療反応性予測因子であることを世界で初めて明らかにしました。

心不全の患者背景は多岐にわたっており、重症心不全患者には個々に適切な治療を施すことが必要ですが、これまで治療反応性を予測できるバイオマーカーはありませんでした。

今回の研究では、重症心不全患者の入院時に血中αクロトー値を測定することにより、その後の治療反応性を予測できることを明らかにしました。また、血中αクロトー値の心不全治療に対する反応性には性差がある可能性も見出しました。

血中αクロトーは重症心不全患者の治療反応性の客観的な指標となるバイオマーカーとして利用できる可能性が示唆されました。この成果により、患者一人一人に合った治療法を入院後早期に選択することが可能になることが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、1月21日(木)19時(日本時間)に公開されました。

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図 概要

研究の背景

心不全は日本を含む先進国において重要な死因の一つですが、確立された最先端の治療法を用いても、未だに5年生存率は50%程度と高いままです。また、欧米化、高齢化が進むわが国では、心不全患者数は増加の一途をたどっており、「心不全パンデミック」の脅威にさらされているため、新しい治療法の開発が急務です。しかしながら、心不全になる原因は非常に多岐にわたっていることに加え、心不全は心臓という単一臓器の疾患ではなく全身疾患であることが、新規治療法の開発や適切な治療法の選択を難しくしています。一方、これまで心不全患者において、多くの生命予後予測因子が明らかにされてきました。しかしながら、治療反応性についての予測因子は確立されたものがなく、治療後の経過を慎重に見ながらその都度評価し、治療の継続や変更を検討していかなければならない、という課題がありました。

瀧原教授らの研究グループはこれまでに慢性的ストレスの一つである喫煙習慣が老化関連分子αクロトーの血中濃度を上昇させることを報告しています(Scientific Reports, 2015)。そこで、今回の研究では心不全という非常に強いストレスとαクロトーとの関係性に着目し、心不全の病態がαクロトーにどのような影響を及ぼすか検討を行いました。

大阪大学医学部附属病院に入院して最適治療を受けた重症心不全患者を対象とし、NYHAスコア、血液検査、心臓超音波検査のデータを取得し、血清αクロトー値との関連について解析を行いました。

その結果、心不全治療への反応が良好であった群では、反応が乏しかった群に比べて、入院時の血清αクロトー値が有意に高いことが明らかになりました(図)。治療に良好に反応する患者群ではαクロトーを産生、分泌する能力が残されていることにより、血中αクロトーが高値になる可能性が考えられました。

さらに、男性の心不全患者において入院時の血清αクロトー値は健常者と比べて有意に高値でしたが、女性の心不全患者においては健常者と比べて有意な差はありませんでした。

これらの研究結果から、重症心不全患者における入院時の血清αクロトー値はその後の治療反応性を予見している可能性があること、治療反応性には性差が存在する可能性があることが示唆されました。

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図1 入院時および治療後における重症心不全患者の血中αクロトー値

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

現代社会において死因の一つとして大きな問題となっている心不全では、治療反応性を予測できる指標はこれまで明らかではありませんでした。本研究成果により、重症心不全患者の治療反応性を予測するバイオマーカーとして血中αクロトーが利用できる可能性が示唆されました。この成果により、患者一人一人に合った治療法を入院後早期に選択することが可能になることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年1月21日(木)19時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Alpha-Klotho is a novel predictor of treatment responsiveness in patients with heart failure”
著者名:Manabu Taneike, Makoto Nishida, Kaori Nakanishi, Fusako Sera, Hidetaka Kioka, Ryohei Yamamoto Tomohito Ohtani, Shungo Hikoso, Toshiki Moriyama, Yasushi Sakata, Keiko Yamauchi-Takihara

参考URL

SDGs目標

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用語説明

心不全

あらゆる心臓疾患が最後に行き着く病態です。全身の臓器が必要とする血液量を心臓が十分に供給できない状態であり、その結果、疲労、動悸、呼吸困難、胸痛などの症状を生じます。病状は徐々に進行していきます。軽度であれば内服薬で治療しますが、悪化すると入院して点滴治療が必要となり、それでも改善しない場合は手術や心臓移植などが検討されます。

αクロトー

1997年に発見された老化遺伝子で遺伝子変異マウスは動脈硬化や肺気腫、骨粗鬆症、皮膚の萎縮など早期老化症状を示します。クロトーには老化の表現型を示すαクロトーと、そのホモログであるβクロトーがあります。αクロトーは血清中にも分泌されており、動脈硬化や糖尿病などの疾患群、年齢に伴って低下することが報告されている一方、腎不全では上昇することも報告されています。

NYHAスコア

ニューヨーク心臓協会(New York Heart Association)が作成した分類で、自覚症状の程度を基準にして心不全の重症度を4つに分類したものです。I度:心疾患はあるが、普段の身体活動では症状がない。II度:普段の身体活動で症状がある。III度:普段以下の身体活動で症状がある。IV度:安静にしていても症状がある。