世界初!肺炎球菌の進化情報を用いた病原因子の発見

世界初!肺炎球菌の進化情報を用いた病原因子の発見

病原細菌のゲノム情報から重要な病原因子を選出する新技術

2019-3-11生命科学・医学系

研究成果のポイント

肺炎球菌 のゲノム情報から、進化の選択圧 を解析することで、重要な病原因子を選出することに世界で初めて成功した。
・本手法では、ヒトに感染した結果生じた遺伝子変異から、細菌が発現するタンパク質の進化的な保存性を評価し、動物モデルで実際に病原因子として働くことを確認した。
・ゲノム情報から、種において重要な変異しにくい病原因子を選出できる本手法は、新たな創薬戦略につながると期待される。

概要

大阪大学大学院歯学研究科の山口雅也助教、川端重忠教授らの研究グループは、肺炎球菌のゲノム情報を利用し、進化の選択圧を解析することで、重要な病原因子を選出できることを世界で初めて明らかにしました。

現在、薬剤耐性菌による感染症が世界的な問題となっています。感染症に対する治療薬を開発するには、ワクチンや抗菌薬などの薬剤の標的候補として、病気を引き起こす原因となる病原因子を決定する必要があります。しかし、病原因子を探索する従来の手法では、解析に必要な時間とコストが高いと言う問題点がありました。また、試験管内で得られた結果が動物感染モデルや臨床試験で得られないこともしばしばありました。

今回、研究グループは細菌の進化と病原性に着目しました。ヒトに感染することで、免疫機構などによって菌に淘汰の選択圧がかかり、菌のゲノム配列の多様性が生じます。この多様性は、実際にヒトに感染することで生じた結果であり、ヒトでの病態を反映するデータの一つです。ヒトから検出された肺炎球菌のゲノム情報を用いて、進化の選択圧を統計的に評価することにより、病原因子として働く分子を選出しました。さらに、選出された進化的な保存性が高い分子のうち、肺炎球菌の病原性に及ぼす影響がこれまでにわかっていなかったタンパク質CbpJが、肺感染時の病原因子として働くことを明らかにしました (図1) 。本手法は他の細菌にも適用可能であり、薬剤標的となりうる重要な病原因子を迅速に選出する新たな創薬戦略となることが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Communications Biology」(オンライン)に、3月8日(金)19時(日本時間)に公開されました。

図1 分子進化解析の概念
ランダムに遺伝子変異が起こると、アミノ酸が変わる変異(非同義置換)と変わらない変異(同義置換)はほぼ等確率に発生する(A)。しかし、アミノ酸が変異してそのタンパク質の機能が変わることで、菌の生存が妨げられることがある。そのような変異は、実際は淘汰されて検出されない(B)。その結果、菌の生存に重要な役割を果たす分子をコードする遺伝子には、進化の過程で同義置換が蓄積されていくと考えられる。
本研究では、菌体表層タンパク質群の各アミノ酸をコードする遺伝子について統計解析を行い、有意に同義置換が蓄積されている部位を同定した。

研究の背景

近年、耐性菌による感染症が国際社会の脅威となっています。耐性菌の増加により治療の選択肢が狭まっており、2050年には世界で1,000万人が感染症で死亡すると予測されています(O'Neill J. AMR Review, 2016)。また一般的に、新薬の候補の探索には約2億6千万ドルと2年半の時間が、臨床試験を行うための評価に約5億6千万ドルと3年の時間が必要と言われています(Paul S.M. et al. Nat. Rev. Drug Discov. 9: 203-214. 2010)。しかし、これまで新たな抗菌薬が登場しても、数年以内に耐性菌が出現しており、収益性の問題から多くの製薬会社が抗菌薬開発から撤退しています(CDC, Antibiotic Resistance Threats in the United States, 2013)。このようなことから、新たな抗菌薬の開発とともに、ワクチンの優れた開発法の確立や革新的な治療法の研究が世界的に求められています。

本研究成果の内容

研究グループでは、このような問題を解決する手段として、病原細菌のゲノム情報を活用した、薬剤標的の新たな探索手法を確立することとしました。すなわち、実際のヒトに感染した結果生じた遺伝子変異から、細菌が発現するタンパク質の進化的な保存性を評価しました。進化の選択圧により変異が許容されていない分子は、菌の生存に重要な役割を果たしていると考えられます。

今回の研究では、菌体の表面に局在するタンパク質群について分子進化解析を行いました。菌の表面にあるタンパク質は、外部の環境の影響を受けやすい部位に存在します。分子進化解析の結果、肺炎球菌の主要な病原因子の一つとして知られている自己融解酵素LytAと、詳しい機能がわかっていないタンパク質であるCbpJの2つが、特に進化上変異が制約されている割合が高いことがわかりました。そこでCbpJについて、細胞や動物を用いた感染モデルでの実験を行いました。その結果、これまで病原性に及ぼす影響が明らかとなっていなかったタンパク質CbpJが、肺炎球菌の肺感染時の病原因子として働くことを明らかにしました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回の手法では、ゲノム情報から進化の過程で変異が許容されなかった分子を選出することから、薬剤標的とした場合に変異による病原菌の耐性化が生じにくいことが期待されます。すなわち、本研究成果は、創薬の時間とコストを短縮し、耐性化の問題に対応する治療法につながる研究成果であるといえます。

研究者のコメント

これまでの細菌学研究においては、ある病原体の種について、時間やコストの問題から、1~3種類程度の代表的な株を対象として、細胞や動物を用いた実験により、重要な病原因子を同定するという手法が行われてきました。この手法は有効ですが、その種の他の株に同じ結果が適用されるかは不明です。網羅的な比較ゲノム情報に基づいた分子進化解析を行うことで、対象の病原体の種における重要性が担保されます。また、ヒトから分離された菌のゲノム配列の多様性は、もっとも実際の病態に近いデータの一つです。すなわち、今回の研究は、これまでの手法を補強する手段となると考えています。

特記事項

本研究成果は、2019年3月8日(金)19時(日本時間)に英国科学誌「Communications Biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Identification of evolutionarily conserved virulence factor by selective pressure analysis of Streptococcus pneumoniae”
著者名:Masaya Yamaguchi a* , Kana Goto a,b , Yujiro Hirose a , Yuka Yamaguchi a , Tomoko Sumitomo a , Masanobu Nakata a , Kazuhiko Nakano b , Shigetada Kawabata a (* 責任著者)
所属
a.大阪大学 大学院歯学研究科 口腔細菌学教室
b.大阪大学 大学院歯学研究科 小児歯科学教室

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金若手研究(A)、セコム科学技術振興財団挑戦的研究助成、武田科学振興財団医学系研究奨励継続助成、小林国際奨学財団研究助成などによる研究の一環として行われました。

参考URL

大阪大学 大学院歯学研究科 口腔細菌学研究室
https://web.dent.osaka-u.ac.jp/mcrbio/index.html

用語説明

肺炎球菌

肺炎球菌は、WHOが薬剤耐性化を懸念している病原細菌の一つである(WHO, WHO priority pathogenslist for R&D of new antibiotics, 2017)。肺炎球菌は肺炎の主な原因菌で、高齢の重症肺炎患者の約半数から検出される。社会の高齢化が進むにつれて、感染者数は今後さらに増加することが懸念されている。肺炎球菌に対しては莢膜多糖(※)を抗原とするワクチンが認可され、患者数は減少している。一方で、ワクチン導入後も細菌性髄膜炎の主な原因菌であることや、近年ワクチンに含まれない血清型が検出される頻度が急激に上昇しているといった問題点が明らかとなっている。

(※)莢膜多糖: 肺炎球菌は、多糖を合成する能力を持ち、菌体をその合成した多糖で覆うことで、ヒトの免疫機構による認識から逃れる。この菌体を覆う多糖を、莢膜または莢膜多糖と言う。肺炎球菌が合成する莢膜多糖は、少なくとも97種類以上存在する。現在認可されている肺炎球菌のワクチンは、メジャーな23種類(成人用)または13種類(小児用)の莢膜多糖をカバーしている。

進化の選択圧

ある遺伝子に対する変異が細菌の繁殖に不都合な影響を及ぼす場合、世代が進むにつれてそのような変異は細菌の集団の中で消えていく。この場合を負の選択または負の淘汰という。逆に、菌の繁殖に有利な影響を及ぼす場合、世代が進むにつれてそのような変異は細菌の集団の中で広まっていく。この場合、正の選択または正の淘汰という。このように、自然環境中における生存率の差から一定の方向に進化させる力を選択圧という。

自己融解酵素LytA

肺炎球菌は、グラム陽性細菌と呼ばれる、分厚い細胞壁をもつ細菌に分類される。一方で、他の多くのグラム陽性細菌と異なり、肺炎球菌はその細胞壁を自分自身で分解する。この自身による細胞壁の分解を自己融解と言い、自己融解において主要な役割を果たすのがLytAである。肺炎球菌は、自己融解を行うことで細胞壁成分などを環境中へ放出し、炎症を引き起こすと考えられている。