化膿レンサ球菌が皮膚病変の形成に利用する代謝経路を明らかに
皮膚組織由来のアミノ酸が化膿レンサ球菌の栄養となる
研究成果のポイント
概要
大阪大学大学院歯学研究科の広瀬雄二郎 特任研究員、山口雅也 講師、川端重忠 教授らの研究グループは、化膿レンサ球菌が皮膚表面でアルギニンを代謝して病原性を発揮することを、世界で初めて明らかにしました。
化膿レンサ球菌が引き起こす身近な感染症として、咽頭炎やとびひ(伝染性膿痂疹)などの皮膚感染症があります。また、化膿レンサ球菌は致死性の高い劇症型レンサ球菌感染症(streptococcal toxic shock syndrome: STSS)を引き起こすことがあります。STSSにおいて、化膿レンサ球菌の侵入は、半数以上が皮膚軟部組織感染症より生じると言われています。
皮膚表面は糖質が少ないため、化膿レンサ球菌の生存に適した環境ではありません。その一方で、化膿レンサ球菌は糖質が少ない培養環境で、増殖を止め、病原性を上昇させ、アミノ酸代謝の中でも特にアルギニン代謝を更新させることが報告されてきました。しかし、アルギニン代謝と病原性の関連性は不明な点が多く残されていました。
今回、研究グループは、糖質が乏しい環境において、化膿レンサ球菌のアルギニン代謝能力は、菌の生存および病原性に大きく貢献していることを解明しました。これにより、化膿レンサ球菌による皮膚感染症において、化膿レンサ球菌のアルギニン代謝を考慮した、新たな治療戦略の立案につながると期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Cell Reports」に、3月30日(火)22時(日本時間)に公開されました。
図. 化膿レンサ球菌のアルギニン代謝能力と病原性
青色の菌はアルギニン代謝能力を有する化膿レンサ球菌を、赤色の菌は遺伝子操作によりアルギニン代謝能力を失っている化膿レンサ球菌を示す。
皮膚表面のような低グルコース濃度の環境では、化膿レンサ球菌はアルギニン代謝を亢進し、生存能力を高め、病原性を発揮する。
血液中のような高グルコース濃度の環境では、化膿レンサ球菌のアルギニン代謝は抑制され、生存能力と病原性には影響がない。
研究の背景・内容
これまでに、化膿レンサ球菌は試験管内で糖質濃度の低下を感知し、病原因子の発現を上昇させることが、多数報告されてきました。一方、遺伝子発現に影響を与える他の栄養要因は報告が少なく、代謝と病原性の関連は不明な点が多く残っていました。
研究グループでは、糖質不含の培地を作製して化膿レンサ球菌を培養することで、化膿レンサ球菌のアルギニン代謝が遺伝子発現および病原性に与える影響を検討しました。その結果、糖質が無い低栄養環境では、化膿レンサ球菌がアルギニンを代謝して細胞溶解毒素などの発現を上昇させ、病原性を発揮することが明らかとなりました。
この発見が、実際に動物感染モデルでも病原性の違いに影響するかを検討するために、マウスの皮膚表面感染モデルを用いました。皮膚表面はグルコースなどの糖質濃度が低いことが報告されているためです。また、皮膚組織由来のアルギニンを化膿レンサ球菌が利用するかを調べるために、皮膚の角層細胞を構成する主要なタンパク質であるフィラグリンの発現が欠失したマウスを利用しました。アルギニンはフィラグリンの分解産物として、角質層に豊富に含まれるためです。野生型マウスとフィラグリン発現が欠失したマウスの両方において、アルギニン代謝能力を持っている化膿レンサ球菌およびアルギニン代謝能力を失った化膿レンサ球菌を皮膚表面に感染させました。その結果、野生型マウスへの感染実験では化膿レンサ球菌のアルギニン代謝能力が皮膚病変の形成に重要でした。それに対し、フィラグリン発現が欠失したマウスへの感染実験では、化膿レンサ球菌のアルギニン代謝能力が病変形成に関与していませんでした。このことから、化膿レンサ球菌がフィラグリン由来のアルギニンを利用して皮膚病変を引き起こすことを明らかにしました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
皮膚の保湿成分として有用性の報告されているアルギニンは、皮膚の保湿剤にも配合されていることがあります。本研究の成果は、化膿レンサ球菌による感染症が皮膚で生じた場合、治療戦略の立案において、アルギニン代謝を考慮する必要があるかもしれないことを示しています。
特記事項
タイトル:“Streptococcus pyogenes upregulates arginine catabolism to exert its pathogenesis on the skin surface”
著者名:Yujiro Hirose, Masaya Yamaguchi, Tomoko Sumitomo, Masanobu Nakata, Tomoki Hanada, Daisuke Okuzaki, Daisuke Motooka, Yasushi Mori, Hiroshi Kawasaki, Alison Coady, Satoshi Uchiyama, Masanobu Hiraoka, Raymond H. Zurich, Masayuki Amagai, Victor Nizet, and Shigetada Kawabata
なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究、日本学術振興会 海外特別研究員制度、日本医療研究開発機構研究費、武田科学振興財団 医学系研究奨励継続助成、歯科基礎医学会 若手研究者助成、セコム科学技術振興財団 挑戦的研究助成、内藤記念科学奨励金 研究助成、小林国際奨学財団研究助成などによる研究の一環として行われ、慶應義塾大学大学院医学研究科 天谷雅行教授および米国 カリフォルニア大学サンディエゴ校Victor Nizet(ビクターニゼット)教授の協力を得て行われました。
参考URL
用語説明
- 化膿レンサ球菌
Streptococcus pyogenes、溶連菌とも呼ばれる。ヒトの口、咽頭や皮膚より分離される。とびひ(伝染性膿痂疹)や咽頭炎から壊死性筋膜炎などの致死性疾患まで様々な病態を軟組織に惹き起こす。
- アルギニン
ヒトの体内に存在する重要なアミノ酸の一つ。皮膚角質層や筋肉組織中に高濃度で存在する。皮膚角質内で、アルギニンは天然保湿因子の主要成分である尿素へ変換される。
- フィラグリン
皮膚の最外層である角層の細胞を構成する主要なタンパク質。皮膚の角層上層で分解された結果生じるアミノ酸と誘導体は、天然保湿因子の主要な成分となる。アルギニンはフィラグリンの分解産物として、角質層に豊富に含まれるアミノ酸の一つである。