2015年3月12日

リリース概要

東北大学大学院理学研究科の佐藤宇史准教授、同原子分子材料科学高等研究機構の高橋隆教授、大阪大学産業科学研究所の小口多美夫教授、および同研究所の安藤陽一教授らの研究グループは、従来の物質とは全く異なる新しい状態をもつトポロジカル絶縁体※1 )と普通の金属を接合させることによって、普通の金属にトポロジカルな性質を付与する「トポロジカル近接効果」という新しい現象を発見し、質量のない高速のディラック電子をトポロジカル絶縁体の外に取り出すことに初めて成功しました。この成果は、次世代省エネルギー電子機器を支えるスピントロ二クス※2 )材料技術とその産業化に大きく貢献することが期待されます。

本成果は、平成27年3月12日(英国時間)に、英国科学雑誌「Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)」オンライン版で公開されました。

研究の背景

近年、「トポロジカル絶縁体」と呼ばれる、従来の物質とは全く異なる新しい状態をもつ物質が存在することが明らかになり、大きな話題になっています。この物質は、内部は電流を流さない絶縁体であるのに対して、その表面にディラック錐(図1)と呼ばれる特殊な金属状態が現われ、そこでは電子が磁石の性質であるスピン※3 )の向きをそろえて動き回っていると考えられています。この表面ディラック電子※4 )は、物質内部の電子よりも格段に高速で、かつ不純物に邪魔されにくいという特性を持っており、その起源が物質中の電子状態が持つ位相幾何学※5 )的(トポロジカル)な性質にあると考えられています。現在、このディラック電子を利用した次世代の超低消費電力デバイスや超高速の量子コンピュータ※6 )への応用に向けた研究が進められています。

トポロジカル絶縁体を実用的なデバイスとして機能させるためには、従来の半導体エレクトロニクスの場合と同様に、異種材料を接合させて電子回路や素子構造を作ることが不可欠です。トポロジカル絶縁体に「絶縁体」(普通の絶縁体あるいはトポロジカル絶縁体)を接合させた場合については、理論と実験の両面からこれまで多くの研究がされており、ディラック電子の振る舞いの全貌が明らかになってきています(図2)。その一方で、トポロジカル絶縁体に「金属」を接合させた場合に何がおこるかについては、これまで未解明でした(図2)。金属とトポロジカル絶縁体の接合は、トポロジカル絶縁体デバイスを開発する際に必須の要素技術であるため、接合による金属電子とディラック電子への影響を明らかにすることは大変重要と考えられています。

研究の内容

今回、東北大学と大阪大学の共同研究グループは、2010年に同グループが発見したTlBiSe2(Tl:タリウム、Bi:ビスマス、Se:セレン)というトポロジカル絶縁体の上に、わずか2原子層のBi超薄膜を接合し、スピン分解光電子分光※7 )(図3)という手法を用いて、ディラック錐とBi超薄膜のエネルギー状態を高精度で調べました。その結果、Bi超薄膜によってディラック錐のエネルギー状態が劇的な影響を受け(図4)、もともとトポロジカル絶縁体の表面に局在していたディラック電子がBi側に移動する「トポロジカル近接効果」(図4)が起こっていることを初めて突き止めました。この発見は、「トポロジカル絶縁体のディラック電子は表面に束縛されて結晶外に取り出せない」というこれまでの常識を覆すとともに、「トポロジカル表面状態を実空間で操作する」という、全く新しい概念を提案するものです。

今後の展望

今回の研究成果は、トポロジカル絶縁体と金属を接合して初めて実現する「トポロジカル近接効果」という新しい量子現象を初めて明らかにしたものです。今後、この効果を積極的に活用する事で、例えば、ありふれた金属にトポロジカルな性質を意図的に付加して、スピントロニクス素子の性能を格段に向上するといった応用が期待されます。また、今回の成果を今後の研究開発のための指針とすることで、様々なトポロジカル物質の開発が進み、トポロジカル絶縁体を利用した次世代省エネデバイスの実現に向けての研究が大きく進展すると期待されます。

特記事項

本成果は、基盤研究(S)「超高分解能スピン分解光電子分光による新機能物質の基盤電子状態解析」(研究代表者:高橋隆)、基盤研究(S)「トポロジカル絶縁体・超伝導体における新奇な量子現象の探求」(研究代表者:安藤陽一)、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「対称性の破れた凝縮系におけるトポロジカル量子現象」(領域代表者:前野悦輝京都大学教授)、などの補助によって得られました。

参考図

図1 ディラック錐の概念図
質量ゼロのディラック電子が、時計/反時計回りのスピン構造をもって運動する。

図2 トポロジカル絶縁体と絶縁体・金属の接合
絶縁体との接合に比べて、金属との接合はこれまで研究例が殆ど無い。

図3 スピン分解光電子分光法
紫外線の照射によって物質外に放出された電子のエネルギー・運動量・スピンを観測する。

図4 (a)変調されたディラック錐の光電子強度のプロット(b)トポロジカル近接効果の概念図
接合によってトポロジカル絶縁体の表面で高速に動き回っている質量ゼロのディラック電子状態が金属(ビスマス)側に移動する。

用語解説

※1 トポロジカル絶縁体
固体は物質内の電子状態によって、金属、絶縁体(半導体)、超伝導体と分ける事ができますが、位相幾何(トポロジー)の概念を物質の電子状態の解析に取り入れる事で、これまでの絶縁体とは一線を画す新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました。3次元物質では表面に、2次元物質ではエッジ(端)に、不純物の散乱に対して非常に強い電子の伝導路が形成されます。この伝導路は電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、これまでの物質にはないスピンの応答や制御ができることで、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発のアプローチができる分野として、国内外で精力的な研究が行われています。

※2 スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を研究開発する分野のことです。電子スピンの上向き/下向き状態を、電気信号の「0」と「1」に置き換えて信号処理を行います。電子スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないので、これを利用したスピントロニクス素子は、超高速、超低消費電力の次世代電子素子の最有力候補とされています。

※3 スピン
電子がもつ、自転に由来した磁石の性質のことです。自転軸の方向に対して、上向きと下向きの2種類の状態があります。この自転軸は物質中の電磁気相互作用によって、様々な方向を向きます。通常の金属や半導体では、同じ数の上向きスピンと下向きスピンの電子が存在し互いにキャンセルしていますが、強磁性体(磁石)では片方の向きのスピンの電子の数が多くなるため、強い磁力が発生します。

※4 ディラック電子
固体中の電気伝導を担う電子は、通常、有限の有効質量をもって運動していますが、特殊な状況下では、光子のようにその静止質量が消失し、固体中を質量ゼロで運動すると理論的に予言されていました。このような状態にある電子は非常に動きやすく、その運動は、今から約80年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した相対論的量子力学で記述されます。

※5 位相幾何学(トポロジー)
コーヒーカップを連続的に変形させるとドーナツの形にすることができますが、ボール型にすることはできません。位相幾何学とは、このような連続的に変化させても変わらない性質を探ることで、図形の本質を探る数学の分野のことです。円や直線などの論理的位置関係から構成される従来の幾何学に対して、「やわらかい幾何学」とも呼ばれます。この考え方を、物質中の電子状態に応用することで、不純物や格子欠陥などの「変化」にも左右されないで運動し続ける電子をもつ物質が存在すると理論的に予言されたのが「トポロジカル絶縁体」です。

※6 量子コンピュータ
異なる2つ以上の状態を量子力学的に重ね合わせて一度に信号処理することで、計算能力を飛躍的に高める事を目的として開発されているコンピュータです。計算の途中で、量子力学的な重ね合わせ状態が壊れないように保つ事が大変難しいのですが、トポロジカル絶縁体の表面が持つ独特のスピン構造が、擾乱に強い量子コンピュータの実現に役立つと考えられています。

※7 スピン分解光電子分光法
物質表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出された電子のエネルギー、運動量、スピンを同時に測定する実験手法です(図3)。この方法により、物質中の電子のスピンの向きや大きさが、電子のエネルギーや運動量とどのような関係にあるかを決定することができます。本研究では、東北大学において建設・改良を進めてきた、「超高分解能スピン分解光電子分光装置」を用いて実験を行いました。

参考URL

東北大学理学研究科 高橋研究室
http://arpes.phys.tohoku.ac.jp

小口研究室
http://www.cmp.sanken.osaka-u.ac.jp/index_jp.html

安藤研究室
http://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/fmc/home_j.html

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