金属薄膜のエッジにおける異常な電子スピンの偏りを発見

金属薄膜のエッジにおける異常な電子スピンの偏りを発見

省エネ・小型スピントロニクス素子開発へ新たな道

2015-1-29

リリース概要

東北大学原子分子材料科学高等研究機構の高山あかり研究員(現 東京大学大学院理学系研究科助教)と高橋隆教授、同大学院理学研究科佐藤宇史准教授、大阪大学産業科学研究所小口多美夫教授らの研究グループは、ビスマス(Bi)金属薄膜の端(エッジ)で、電子の運動方向と連動してスピン の向きが揃う「ラシュバ効果 」が起きていることを世界で初めて突き止めました。

ラシュバ効果は、磁石の性質を持っていない物質でも、電子のスピンの向きを揃えることができるため、次世代スピントロニクスデバイス の動作メカニズムとして注目されています。これまで様々な物質で薄膜表面のラシュバ効果は観測されており、それを利用した素子の作成も研究されていますが、ラシュバ効果が表面や界面などの1次元面でおきる現象であることから、小型化には限界があると考えられていました。今回の研究で観測されたエッジでのラシュバ効果は、表面でのラシュバ効果よりも少ない電力で特定方向にスピンを揃えることができ、1次元のエッジでスピンの方向が制御できるため素子の小型化が期待できるなど、小型で省エネルギーなスピントロニクス素子の開発に道を拓くものです。

本成果は、平成27年2月9日(米国時間)に、米国物理学誌「Physical Review Letters」オンライン版で公開されました。

背景

近年、電子機器の小型化や省エネルギー化を目指して、電子が持つ磁石としての性質(スピン)を利用したスピントロニクス素子の開発が精力的に行われています。現在主流のスピントロニクス素子では、強磁性金属の磁石としての性質を利用して、電子のスピンの上向きと下向きの状態を、それぞれデジタル信号の「0」と「1」に対応させることで、ハードディスクやフラッシュメモリなどに応用されています。一方、最近の研究で、磁性を示さない物質の表面や界面でも、ラシュバ効果と呼ばれるスピンの向きを揃える効果があることが分かってきました。ラシュバ効果はスピン軌道相互作用 という相対論的効果によって、電子の運動方向とスピンの向きが連動する現象です。このラシュバ効果を利用すると、磁石を用いなくてもスピンの向きを制御できるため、従来とは異なる新しいタイプのスピントロニクス素子の開発が期待されています (図1) 。現在、ラシュバ効果は、主に表面や界面などの2次元面での研究が精力的に行われています。しかし、素子への実用化が期待できるほどの強いラシュバ効果をもつ2次元面は多くなく、また、2次元面を用いるため、素子サイズの小型化にも限界があります。このため、より小型で省エネルギーなスピントロニクス素子開発を目指すには、これらの障害を乗り越えることが必要でした。

研究の内容

今回、東北大学と大阪大学の共同研究グループは、スピン分解光電子分光法 という手法 (図2) を用いて、ビスマス(Bi)金属薄膜の電子スピン状態の観測を試みました。重い金属であるBiは、その表面において強いラシュバ効果を示すことが知られていましたが、今回、研究グループは、Bi原子層薄膜の最表面のエッジ構造 (図3) に着目して測定を行いました。エッジ構造は、試料全体から見るとほんの少ししか存在しないため、これまで観測することが非常に難しいとされていましたが、高感度のスピン分解光電子分光装置を用い、試料作成方法を工夫することで、世界で初めてエッジ構造の電子スピン状態の観測に成功しました。その結果、エッジに存在する電子がラシュバ効果を示し、さらにその大きさがこれまで観測されていた表面でのラシュバ効果よりも非常に大きいことを発見しました。

今後の展望

今回の研究は、薄膜エッジの電子スピン状態を実験的に初めて明らかにしたものです。今回観測されたBiのエッジのラシュバ効果は、Bi表面で起こるラシュバ効果よりも強いため、より小さな電力でスピンを精度良く制御することが可能であり、省エネルギーで高精度のスピントロ二クスデバイス作成には非常に有効であると考えられます。また、エッジ構造は1次元構造であるため、従来の2次元のラシュバ効果を用いた素子よりも小型化が可能となります。今回の研究によって、これまで未解明だったエッジ構造の基礎物性の解明だけではなく、エッジで発現する大きなラシュバ効果を利用した新しいスピントロニクス素子の開発が大きく前進することが期待されます。

特記事項

本成果は、日本学術振興会 科学研究補助金 基盤研究(S)「超高分解能3次元スピン分解光電子分光による新機能物質の基盤電子状態解析」(研究代表者:高橋隆)、JST-CREST「異常原子価および特異配位構造を有する新物質の探索と新機能の探求」(研究分担者:小口多美夫)、三菱財団自然科学研究助成「角度分解光電子分光による新型トポロジカル絶縁体の基盤電子構造の解明」(研究代表者:佐藤宇史)などによって得られました。

参考図

図1 半導体界面でのラシュバ効果

図2 スピン分解光電子分光法

図3 Bi薄膜の構造の模式図
通常の結晶は3次元、最表面は2次元の構造をもち、表面が不連続な場合は境界がエッジになる。エッジでは電子スピンの方向に偏りがあり、その方向はエッジによって異なる。

参考URL

東北大学理学研究科 高橋研究室
http://arpes.phys.tohoku.ac.jp/

用語説明

スピン

電子が持つ、自転に由来した磁石の性質のことです。自転軸の方向に対して、上向きと下向きの2種類の状態があります。この自転軸は物質中の電磁気相互作用によって、様々な方向を向きます。通常の金属や半導体では、同じ数の上向きスピンと下向きスピンの電子が存在し互いにキャンセルしていますが、強磁性体(磁石)では片方の向きのスピンの電子の数が多くなるため、強い磁化が発生します。

ラシュバ効果

表面や半導体接合面などの2次元系に現れる現象で、この効果の影響を受けた電子は、運動方向に対して2次元面で垂直なスピンの向きを持つようになります (図1) 。通常のラシュバ効果では、上向きと下向きのスピンが同じ数だけ存在するため、物質全体のスピンの総和はゼロですが、電場をかけることによってある特定の方向を向いたスピンの電子数が大きくなるため、スピン流が流れます。このようなスピンの振る舞いを解明しスピンを制御することができれば、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発への可能性が広がるとして、国内外で精力的な研究が行われています。

スピントロニクス

電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する電子素子(トランジスタなど)を研究開発する分野のことです。電子スピンの上向き/下向き状態を、電気信号の「0」と「1」に置き換えて信号処理を行います。スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないので、スピンを利用したスピントロニクス素子は、超高速、超低消費電力を達成できる素子として注目されています。

スピン軌道相互作用

電子の軌道角運動量(公転)とスピン(自転)間に働く力のことで、相対論効果を考慮することで導出されます。電子は電荷を持っているので、原子核の周りを軌道(公転)運動すると電流が流れるため、磁場が発生します。一方で、電子はスピンも持っているので、スピンの上向き、下向きという磁石の性質と軌道運動による磁場との間で相互作用が働きます。スピン軌道相互作用はどんな物質にも存在しますが、重い原子ほどその効果が顕著に現れます。次世代スピントロニクスでは、このスピン軌道相互作用を利用した技術の開発が期待されています。

スピン分解光電子分光法

物質表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出された電子のエネルギー、運動量、スピンを同時に測定する実験手法です (図2) 。この方法により、物質中の電子のスピンの向きや大きさが、電子のエネルギーや運動量とどのような関係にあるかを決定することができます。本研究では、東北大学において建設・改良を進めてきた、「超高分解能スピン分解光電子分光装置」を用いて実験を行いました。