新種のトポロジカル物質を発見

新種のトポロジカル物質を発見

次世代の省エネデバイス開発に向けて大きな進展

2012-10-1

リリース概要

東北大学大学院理学研究科の佐藤宇史准教授、大阪大学産業科学研究所の安藤陽一教授、および東北大学原子分子材料科学高等研究機構の高橋 隆教授の研究グループは、40年以上前から研究されているスズテルル(SnTe)半導体が、全く新しいタイプのトポロジカル物質であることを明らかにしました。この成果は、次世代省エネルギー電子機器を支えるスピントロ二クス 材料技術とその産業化に大きく貢献することが期待されます。

本成果は、平成24年9月30日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Physics」オンライン版で公開されます。

背景

近年、「トポロジカル絶縁体」 と呼ばれる、従来の物質とは全く異なる新しい状態を持つ物質が存在することが明らかになり、大きな話題になっています。この物質は、内部は電流を流さない絶縁体であるのに対して、表面に特殊な金属状態が現われます。その表面においては、電子がディラック錐(図1)と呼ばれる状態を形成して「質量ゼロのディラック粒子 」として振る舞い、磁石の性質であるスピン の向きをそろえて動き回っていると考えられています。この表面ディラック電子は、物質内部の電子よりも格段に高速で、かつ不純物に邪魔されずに動くという特性を持っており、その起源が物質中の電子状態が持つ位相幾何学的(トポロジカル)な性質にあると考えられています。現在、トポロジカル絶縁体を利用した次世代の超低消費電力デバイスや超高速の量子コンピューター への応用研究が世界中で急ピッチに進められています。

新しい機能物質として大きく注目されているトポロジカル絶縁体ですが、無数に存在する物質の中からどのようにして普通の物質にはない「トポロジー的性質」をもった物質を見つけるかということが大きな課題です。物質の種類を整理するときには、「対称性」が手掛かりになります。これまで発見されたトポロジカル絶縁体は、「時間反転対称性」 を持つ物質を中心に探索が進められてきましたが、最近、「時間反転対称性」以外に、物質が「鏡面対称性」 を持つときにトポロジカルな性質が発現することが理論的に予言されました。この対称性が結晶性に由来する事から「トポロジカルクリスタル絶縁体」と命名されたこの物質では、トポロジカル絶縁体とは異なった新しい物性や機能が現れることが期待されます。トポロジカル物質の探索に大きな広がりが生まれるという観点からも、実際にそのような物質を発見することが急務とされていました。

図1 ディラック錐の概念図

研究の内容

今回、東北大学と大阪大学の共同研究グループは、高い熱電性能を有するなどの理由で40年以上前から盛んに研究されているIV-VI族狭ギャップ半導体であるスズテルル(SnTe)(図2)の高品質単結晶の育成に成功しました。さらに、外部光電効果 を利用した角度分解光電子分光 という手法を用いて、SnTeから電子を直接引き出して、そのエネルギー状態を高精度で調べた(図3)結果、通常のトポロジカル絶縁体とは異なり、表面においてディラック錐が2つ折り重なった「二重ディラック錐」エネルギー状態(図4)を持つ事がわかりました。この特殊な状態は、表面金属電子状態が結晶の鏡面対称性によって保護されて初めて実現することから、本実験によって、SnTeが新種のトポロジカル物質「トポロジカルクリスタル絶縁体」であることが初めて明らかになりました。

今後の展望

今回の研究成果は、次世代省電力デバイスや超高速コンピューターへの応用が進められているトポロジカル物質のカテゴリーの中で、トポロジカル絶縁体の他にも新型のトポロジカル物質が存在する事を初めて実験的に示したものです。今後、トポロジカルクリスタル絶縁体の表面ディラック電子を制御することで、熱電素子、光検出器、スピントロニクスデバイスなどの広範囲な産業応用が期待されます。また本成果は、トポロジカルクリスタル絶縁体に留まらず、更に異なるタイプの新型トポロジカル物質の開拓に大きく道を拓くものです。

特記事項

本成果は、最先端・次世代研究開発支援プログラム「トポロジカル絶縁体による革新的デバイスの創出」(研究者:安藤陽一)、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「対称性の破れた凝縮系におけるトポロジカル量子現象」(領域代表者: 前野悦輝 京都大学 教授)、基盤研究(S)「超高分解能スピン分解光電子分光による新機能物質の基盤電子状態解析」(研究代表者: 高橋 隆)などの補助によって得られました。

参考図

図2 SnTeの結晶構造(NaCl型)。緑枠は鏡映面の一つ。

図3 光電子分光の概念図。
物質に高輝度紫外線を照射して出てきた光電子のエネルギー状態を精密に測定します。

図4 SnTeの「二重ディラック錐」エネルギー状態

参考URL

用語説明

スピントロ二クス

電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を研究開発する分野のこと。電子スピンの上向き/下向き状態を、電気信号の「0」と「1」に置き換えて信号処理を行います。電子スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないので、これを利用したスピントロニクス素子は、超高速、超低消費電力の次世代電子素子の最有力候補とされています。

トポロジカル絶縁体

固体は物質内の電子状態によって、金属、絶縁体(半導体)、超伝導体と分ける事ができますが、位相幾何(トポロジー)の概念を物質の電子状態の解析に取り入れる事で、これまでの絶縁体とは一線を画す新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました。3次元物質では表面に、2次元物質ではエッジ(端)に、不純物の散乱に対して非常に強い電子の伝導路が形成されます。この伝導路は電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、これまでの物質にはないスピンの応答や制御ができることで、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発のアプローチができる分野として、国内外で精力的な研究が行われています。

ディラック粒子

固体中の電気伝導を担う電子は、通常、有限の有効質量をもって運動していますが、特殊な状況下では、光子のようにその静止質量が消失し、固体中を運動すると理論的に予言されていました。このような状態にある粒子は非常に動きやすく、その運動は、今から約80年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した相対論的量子力学に従います。

スピン

電子が持つ、自転に由来した磁石の性質のことです。自転軸の方向に対して、上向きと下向きの2種類の状態があります。この自転軸は物質中の電磁気相互作用によって、様々な方向を向きます。通常の金属や半導体では、同じ数の上向きスピンと下向きスピンの電子が存在し互いにキャンセルしていますが、強磁性体(磁石)では片方の向きのスピンの電子の数が多くなるため、強い磁化が発生します。

位相幾何学

(トポロジー):

コーヒーカップを連続的に変化させるとドーナツ型の形状にすることができますが、ボール型にすることはできません。位相幾何学とは、このような連続的に変化させても変わらない性質を探ることで、図形の本質を探る数学の分野のことです。円や直線などの論理的位置関係から構成される従来の幾何学に対して、「やわらかい幾何学」とも呼ばれます。この考え方を、物質中の電子状態に応用することで、不純物や格子欠陥などの「変化」にも左右されないで運動しつづける電子状態を持つ物質が存在すると理論的に発見されたのが「トポロジカル絶縁体」です。

量子コンピューター

異なる2つ以上の状態を量子力学的に重ね合わせて一度に信号処理することで、計算能力を飛躍的に高める事を目的として開発されているコンピューターです。計算の途中で、量子力学的な重ね合わせ状態が壊れないように保つ事が大変難しいのですが、トポロジカル絶縁体の表面が持つ独特のスピン構造が、擾乱に強い量子コンピューターの実現に役立つと考えられています。

時間反転対称性

ある事象が、時間の反転(時間tを、時間-tに変換)に対して対称(不変)かどうかを表す指標です。時間に対して不可逆な過程は、時間反転対称性を破ります。

鏡面対称性

ある事象が、ある面(鏡映面)に対して左右対称かどうかを表す指標です。左右非対称な場合は鏡面対称性を破ります。

外部光電効果

物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています。

角度分解光電子分光

結晶の表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果 により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定する実験手法です。この方法により、固体中の電子のエネルギーと運動量の関係(これをバンド分散といいます)を決定でき、決定されたバンド分散から物質の示す様々な性質(例えば超伝導や光学的性質など)を説明することができます。