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世界最薄、軽くて柔らかい有機デバイスで叶える 会話を超えたコミュニケーション

産業科学研究所 教授 関谷毅

自然界は過酷だ。人類は生き延びるため、「感知する力」を技術や他の生物などで補填してきた。例えば、炭鉱で有毒ガス発見のために連れられたカナリアが有名だろう。現代では、センサが開発され、得られる情報は、IoTのように生活をより便利にするべく活用されている。センサの制御に欠かせない半導体などの小型電子機器は、有機デバイスへと進化を遂げ、私たちはさらなる感知能力を手にしつつある。 この分野の人傑の一人が、産業科学研究所の関谷毅教授だ。微細な脳波ですら容易に測る機器を開発するなど、有機デバイス研究の最先端を走りながら、大学発ベンチャーを起こし世界が期待する実業家としても名前があがる。実験室とは比較にならない過酷な実社会の環境に、新技術をいくつも実装する関谷教授は、ある究極のデバイス誕生の夢を追う。関谷教授の挑戦と希望の話を聞いた。

世界最薄、軽くて柔らかい有機デバイスで叶える 会話を超えたコミュニケーション

体に貼り付けて身体の声を聴く

関谷教授らは、電気デバイスのうち、シリコンなど無機固形物を有機半導体に置き換えることで有機エレクトロニクス技術を実現。伸縮可能な電極や厚さ1㍈の光センサ、有機集積回路など世界最薄で最軽量のエレクトロニクス部品を次々と開発。さらにナノ材料を応用し、透明でゴムのように伸縮する膜に、極薄の電極と有機トランジスタを搭載したシート型センサを完成させた。フィルム上に原子レベルの完全結晶体が形成されており、透明性と導電性が非常に高い。薄さは食品ラップの10分の1で肌に優しい素材。ここに有機半導体などを載せた電子回路を印刷すると、生体に直接貼り付けて長時間の測定が可能なウェアラブル計測器が出来上がる。額に貼り付けるパッチ式脳波計や、妊婦の腹部に装着し胎児の心電や子宮の筋電を計測できる母子ヘルスケアシステムなど様々な計測器を生み出した。

「命を守る素材」とは

きっかけは宇宙だった。関谷教授が高校生のころ、日本人宇宙飛行士の毛利衛さんが宇宙空間へ。「なぜ真空の中で人は生きていけるのか。過酷な環境に耐える宇宙服は何でできているのか」と素材や物理に興味を持ち、大阪大学で固体物理を学んだ。2003年に起きたスペースシャトルの空中分解事故では「命を守る素材の意味を考えた」。大気圏突入時の摩擦熱で耐熱性タイルがはがれ、主翼を直撃したことが原因とされる。タイル一枚が人命を左右するのかとショックを受けた。何千度にも耐えられるセラミック、低温でも溶けるプラスチックとさまざまな素材を思い浮かべ、原子の組み合わせであらゆる物質が構成されている不思議について考えた。

社会に役立つ有機デバイスを

固形物で造形された電子デバイスには壊れやすいという欠点がある。エレクトロニクスを社会に身近にするにはと思いを巡らせ「磁力や電子を使ってこれまでと違う制御をしよう」と電子デバイスへの傾倒を強めていった。

欠点克服には、有機材料で薄く柔らかく作ることが大事だと着想し、フィルム上にトランジスタを作ることを思い立つ。産業に貢献できる科学技術を目指し、研究を続けた。2016年9月には阪大発ベンチャー「PGV」を創業。

PGVでは、ウェアラブル計測器「パッチ式脳波計」を用いた事業を展開。脳波はとても微弱な信号だ。体に負担をかけずに高精度で脳波を計測する技術と人工知能を使ったデータ解析を組み合わせ、人間の脳活動を可視化し、定量化しようという試みは、医療の形を大きく変える可能性を秘める。体に貼り付けるだけで、更年期障害や認知症の進行、その他さまざまな状態の変化を検出可能になる。「認知症は徐々に進行するので、毎日家で測ることができたらいいと思った」と振り返る。有機デバイスはプリンタで印刷して量産でき、回路のカスタマイズや半導体の性質改変にも柔軟に対応可能な特性を持つ。現在、阪大に加え国内の50近い医療機関との連携が進む。

活用は医療分野だけに留まらない。10㍍もの大きなシートを用いて、インフラ維持の管理ができる。例えば、物質の反響からコンクリートの経年劣化等を測ることが可能だ。しかし、仮想空間でうまくいくことが、実空間でうまくいくとは限らない。風雨にさらされてシートがボロボロになることもあるし、設置にあたり住民への説明も欠かせない。いくつものハードルを越えて実装に辿り着くのだ。

脳型AIエレクトロニクス開発の夢

有機デバイスのもう一つの特性は、精密に回路を集積することで消費電力を節約できる点だ。「エレクトロニクスや電子機器は大量のエネルギーを消費します。機器の普及が進めばさらに発電する必要があり、サステナブルではありません。究極的には消費電力を今より三、四桁下げないと…」と大きな目標を掲げる。

そこで注目するのが「人間の脳」だ。携帯電話を充電しても、すぐに電池残量がゼロになることもある。しかし人間は一日ご飯を食べなくても、脳で考え、動くことができる。

「脳は究極の省電力デバイス。大切なことしか覚えないようできていて、いらない情報はどんどん捨てる。この技術はエレクトロニクスに応用できるのではないか」

有機デバイスで知性を構築することは、まだまだ未知の領域だ。人の知性がどうやってできているのか。脳を計測し、ノイズだらけの波形を医療分野の専門家たちと読み解いていく。将来は信頼できる「脳型AIエレクトロニクス」を作り出したいと考えている。「私が研究しているうちに実現するのは難しいかもしれない。そうなれば次の世代に託そうかな」

 現在、学生15人を指導し研究グループ全体で70人を率いる。座右の銘は「出藍の誉れ」。「いつの時代も次の世代の方が優秀です。だからこそ人類は発展してきた。未来を担う皆さんと関われることが教員をやっていて良かったなと思う瞬間です」と微笑む。

順風満帆に見える研究人生。「結構挫折していますよ(笑)でも諦めたら失敗になる。いい経験ができた、次は成功する、と信じて進んできました」と強い信念を覗かせた。

これからも科学技術をより身近にし、社会で役立てるための研究を続ける。関谷教授の頼もしい背中が見えた。

関谷教授にとって研究とは

科学技術を人々にとってより身近なものにして、社会で役立てること。革新的で超微小な計測技術の創生を通じて、安心安全な社会を実現できるよう変革していきたい。

● 関谷 毅(せきたに つよし)
1999年大阪大学基礎工学部物性物理工学科卒。2003年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。同科物理工学専攻助手、電気系工学専攻助教、講師、准教授を歴任。2014年から現職。工学研究科物理学系専攻応用物理学コース教授(先進電子デバイス研究)を兼任。2016年、大阪大学発ベンチャーPGV株式会社を創業(取締役)。

(本記事の内容は、2022年2月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです )

(2021年12月取材)