サルの観察から人間の理解を深める
個体識別装置でサルの多様な文化を探求
人間科学研究科・講師・山田一憲
外国人観光客の間で、今や大人気になっている日本の「サル」。ニホンザルの研究を通じて人間社会への探究を続ける山田一憲講師は、勝山(岡山県真庭市)と淡路島のサル集団の比較研究を進めるとともに、研究者以外の人でもサルの社会をもっと知って楽しめるようにと、「モンキースカウター」という装置の開発も手がける。
モンキースカウターで「誰でもサルの個性に触れられる」
開発中のモンキースカウターは、目の前にいるサルを撮影すると、その場でモニター上にサルの名前や個体情報、性格などが表示される装置。人工知能の専門家の協力を得て開発を進めている。「最初は、眼鏡越しに個体の名前がわかったら面白いなという発想で研究を始めました」。研究を始めたばかりの学生や、野猿公園を訪れる一般の人にとって、サルの個体識別はなかなか難しいが、「どんなサルなのかが分かれば、一頭の個体がより身近な存在になり、知れば知るだけ面白くなっていきます。スカウターを使って、誰もがサルの豊かな個性に触れてもらえればと思っています」
いま、京都の嵐山を筆頭に、観光客のサルへの関心は高い。人間科学研究科附属比較行動実験施設がある勝山が、ユニークな装置の普及により誰でも実りあるサル観察経験ができる場所として知られれば、地元の観光振興にもつながるかもしれない。
サルの社会にも多様性がある
山田講師の研究の基礎は、サルの研究を通じて、生物としてのヒトの行動、社会、その進化を探究することにある。もともとは心理学や文化人類学に興味をもっていたが、「人間の文化や社会は非常に多様。それらの多様性を知るだけでなく、人間社会に共通する普遍的な特徴やヒトの起源を明らかにすることも、人間を知ることにつながるのではないか」と考え、ヒトと比較的近い共通祖先をもつ霊長類であるニホンザルの研究を始めた。「協力行動、寛容性などといった性質が、なぜヒト以外の動物には少なく、ヒトには多いのか」に関心をもっている。
もともと、勝山の野猿公園に生息するニホンザルを研究していたが、12年前、淡路島モンキーセンターから指導教員に届いた年賀状の写真に驚いた。「約150頭の猿が体を寄せ合い、干支にちなんだ戌(いぬ)の形に並んでいました。エサを文字の形に撒いておくと、サルが集まってきて『サル文字』を作るのです」。勝山のサルは順位関係が厳しく、個体同士の距離が近づくとすぐ喧嘩になってしまうので猿文字を作ることはできない。むしろ勝山のような厳格な順位関係が、ニホンザルの世界では典型なのだそうだ。
なぜ淡路島のサルは食べ物をシェアできるのか。「1970年代に淡路島で研究していた阪大の先輩たちが、ニホンザルの7つの集団を比較し、淡路島のサルが特異的に寛容な社会を形成していることを発見しました。その後、淡路島のサルが特殊な遺伝子のパターンをもっていることも明らかになってきます。しかし、淡路島のサルのなかにも攻撃性の高いタイプの遺伝子を持つ個体がいるのですが、必ずしもその個体の攻撃性が高いわけではありません。ということは、要因は必ずしも遺伝子だけではなく、淡路島のサルたちが食べ物を分け合う文化・環境のなかで成長発達することが、彼ら/彼女らの行動と社会を形作る要因にもなっているのだと考えています」。それらの要因を探るべく、山田講師は勝山と淡路島のサルの協力行動を比較する実験観察などを続けている。「サルにも多様な文化があると知ることは、人間を理解するうえでも意味がある」と山田講師。
山田講師にとって研究とは
自分のなかで、『研究』と『研究でないもの』の境目が非常に曖昧な気がします。例えば子供と遊んでいるときも、『子どもが考え、行動する理由』に、つい目が向いている気がします。ヒトと動物が行動し、生きることについて、いつも考えているのかもしれません。フィールドワークは仕事だが、野山を歩くことは趣味でもある。大学構内もフィールドだ。自分でない存在に興味をもって、動きや関係性を観察する。結局はこういう営みが研究かもしれません。
●山田一憲 (やまだ かずのり)
2007年大阪大学大学院人間科学研究科修了、博士(人間科学)。09年日本学術振興会特別研究員、10年より人間科学研究科附属比較行動実験施設講師。12年より同研究科行動生態学講座講師、16年より同研究科グローバル共生学講座講師を兼任。
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(2018年1月取材)