人工知能による野生ニホンザルの個体追跡プログラムを開発
サルを「見る」新たな可能性
研究成果のポイント
・人工知能(機械学習)を用いて、動画に写る野生ニホンザルを認識し、追跡をするプログラムを開発した。
・従来の研究で課題となっていた、角度や照明条件、遮蔽物の有無などの変化が大きい野生場面でも、高い精度で個体追跡ができるようになった。
・本研究成果と個体識別プログラムを組み合わせることで、一般の人がサル研究者と同じようにサルの個性を「見る」ことができる装置の開発を進めている。
概要
大阪大学大学院人間科学研究科の上野将敬助教、山田一憲講師、岐阜大学工学部の寺田和憲准教授、林英誉氏、加畑亮輔氏らによる研究グループは、人工知能(機械学習)を用いて、動画に写る野生ニホンザルを認識し、その個体を追跡するプログラムを開発しました。
動物の個体追跡プログラムに関する研究はこれまでにも行われていますが、野生下では、光の当たり具合や角度などが変わりやすく、遮蔽物も多いため、個体の認識・追跡の精度には課題がありました。
今回、上野助教らの研究グループでは、近年注目されているディープラーニング(深層学習) とパーティクルフィルタ という技術を用いることによって、野生ニホンザルを高い精度で認識し、追跡することができました (図1) 。また、このプログラムは、イノシシ、クマ、シカといった動物の認識と追跡においても高い成績を示したため、ニホンザル以外の動物にも適用できると考えられます。
本研究グループでは現在、本研究成果と個体識別プログラムを組み合わせることで、専門的な知識や経験のない人であっても、サル研究者と同じようにサルを見ることができる装置「サルメガネ」の開発を進めています (図2) 。野猿公苑や動物園でサルメガネを運用することにより、一般の人にサルの個性を知ってもらい、サルの魅力を感じてもらう手助けとなることが期待されます。
本研究成果は、国際学術誌「Ethology」に、3月18日(月)17時(日本時間)に公開されました。
図1 岡山県真庭市神庭の滝自然公園付近に生息する勝山ニホンザル集団 を対象として個体追跡プログラムを実行した様子。認識したニホンザルは赤い四角で囲まれ、個体追跡される。
図2 サルメガネに提示する情報のイメージ。
研究の背景
ヒトを含め霊長類は、様々な個性を持つ個体同士が集団を作って暮らしています。従来サル研究者は、1頭1頭異なるサルの顔を見分け、その個体を追跡することでデータを収集してきました。近年、人間に代わる観察手段として、機械学習などの人工知能による研究が進められています。これまでの手法では、野生下のように、照明の具合が変わりやすく障害物の多い複雑な環境では、個体を発見し、追跡する精度が低くなってしまうため、様々な環境で個体を追跡できる頑健なプログラムが求められていました。
本研究では、野生のニホンザルを発見し、発見した個体を追跡する人工知能を開発するために、ディープラーニングとパーティクルフィルタという技術を用いました。ディープラーニングは機械学習の一種で、高い精度でデータの識別を行えることから多分野で近年注目されており、画像の識別でも優れた成績が示されています。また、パーティクルフィルタでは、過去の情報をもとに個体の位置を推定するため、遮蔽物などによって一時的に個体が見えなくなったとしても継続して個体追跡を行えると考えられます。この2つの技術を組み合わせ、30個の動画を用いて精度を検討した結果、従来の先行研究の手法よりも高い精度で野生ニホンザルの個体追跡を行うことができました。また、このプログラムを用いて、イノシシやクマ、シカ、といった動物の認識と個体追跡を行えるか検討したところ、ニホンザルと同様に高い精度で認識・追跡できることが分かりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果を個体識別プログラムと組み合わせることによって、ニホンザルを発見・追跡し、さらにその個体が誰なのかを人工知能によって特定することができます。現在、本研究グループでは、サルメガネの開発を進めています (図2) 。サルメガネには、透過型のヘッドマウントディスプレイを利用することが想定されており、野猿公苑などでサルメガネを通してサルを見ると、ディスプレイ上に、その個体の名前、性別、順位、その個体に関するエピソードを提示されます。つまり、だれもがサル研究者になれる装置です。このような装置を野猿公苑や動物園などで運用することによって、サルの個性を一般の人に知ってもらい、それら観光地の魅力を高めることに貢献すると期待されます。
本研究が開発したプログラムは、イノシシ、ツキノワグマ、ニホンジカといったサル以外の動物の認識と追跡においても高い成績を示しました。過疎化が進む日本の中山間地域では、野生動物と人間の生活圏の重複が進行し、農作物被害や人身事故といった獣害被害 が頻繁に生じるようになっています。本研究が開発したプログラム利用して、屋外監視カメラが環境中から野生動物を見つけ出し、その情報を地域住民に通知する装置の開発も進めています (図3) 。
図3 左:野生動物検出装置のイメージ。対象となる野生動物(ニホンザル、イノシシ、ニホンジカ、ツキノワグマ)をプログラム検出すると、地域住民の携帯電話に発見した動物種と場所の情報が流れ、警戒や山への追い払いを要請する。
右:フィールドテスト中の検出装置。
特記事項
本研究成果は、2019年3月18日(月)17時(日本時間)に国際学術誌「Ethology」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Automatically detecting and tracking free-ranging Japanese macaques in video recordings with deeplearning and particle filter.”
著者名:Masataka Ueno, Hidetaka Hayashi, Ryosuke Kabata, Kazunori Terada, and Kazunori Yamada
なお、本研究は、大阪大学大学院人間科学研究科(ヒューマンサイエンスプロジェクト)および日本学術振興会(科研費)の助成を受けて行われました。
研究者のコメント(山田一憲講師)
山の中でサルを発見して追跡観察するという霊長類研究者の営みを、機械が代替できるのかどうかにチャレンジしています。霊長類研究者がサルに向ける「まなざし」や野生動物の接近を監視する「目」を、機械が補うことで、ヒトと動物の新しい共生のかたちを提案していきたいと考えています。
参考URL
大阪大学 人間科学研究科
https://www.hus.osaka-u.ac.jp/ja
用語説明
- ディープラーニング(深層学習)
ディープラーニングでは、コンピュータによって、データから繰り返し特徴が抽出される。これにより、画像認識などのパターン認識において他の機械学習の手法よりも高い成績を示すことが報告されている。
- パーティクルフィルタ
パーティクルフィルタは、すでに持っている知識(サルがある状態にあるときにどのように見えるか)と、現時点で得られている観測から、位置や大きさなどの対象の状態についての事後確率をベイズの定理に基づいて逐次に計算する手法の一つ。正規分布を仮定しないので様々なノイズに対応できる。本研究では、サルの状態と「見え方」に関する知識の表現に深層学習を用いることで、角度や個体差によって様々な「見え方」を内包した抽象的な表現を獲得することができたため、パーティクルフィルタと組み合わせて頑健な追跡が可能となった。
- 勝山ニホンザル集団
岡山県真庭市神庭の滝自然公園周辺に生息しているニホンザル集団。大阪大学人間科学部によって1958年より継続した行動観察研究が続けられている(研究開始時は文学部)。現在148頭で構成されており、すべての個体の出生年と母系血縁関係が記録されている。
- 獣害被害
農林水産省による報告では、獣類による全国の農作物被害上位3種が、シカ(56億円)、イノシシ(50億円)、サル(10億円)となっている。クマ被害は3.9億円であるが、人身事故が生じた場合、重篤化しやすい。