
大気圧水素下でバイオマス由来フラン類の水素化反応を促進!
安価な非貴金属を基盤とする高機能性触媒を開発
研究成果のポイント
- フルフラールをはじめとするバイオマス由来フラン類の液相水素化反応を効率よく促進する非貴金属ナノ粒子触媒を開発。
- 従来の非貴金属系固体触媒によるフルフラールの液相水素化反応では、高温・高水素圧の厳しい反応条件を必要とする問題があった。開発した新たな触媒では、本反応を大気圧水素下という温和な条件下で効率的に進行させることに成功。
- バイオマスを原料として有用な化合物を低コストかつ省エネルギーで合成する持続可能な製造プロセスの構築に大きく貢献することに期待。
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科 水垣共雄教授、#山口渉助教(研究当時)、川上大輝さん(研究当時:博士前期課程)らの研究グループは、フルフラールをはじめとするバイオマス由来フラン類の液相水素化反応を効率的に促進する非貴金属ナノ粒子触媒を開発しました。開発した触媒は、従来の非貴金属触媒を凌駕する高い水素化触媒性能を有し、大気圧水素下という極めて温和な条件下でもフルフラールの水素化反応を促進しました。
テトラヒドロフルフリルアルコール(THFA)は、グリーン溶媒や医薬中間体、ポリマー原料として利用される重要な化合物であり、バイオマス由来のフルフラールの水素化反応により合成されています。従来、本反応にはニッケル等の安価な非貴金属を基盤とする触媒が用いられてきましたが、これらの触媒は数十気圧以上の水素圧をはじめとする厳しい反応条件を必要としました。したがって、より温和な反応条件下でフルフラールの水素化反応を促進する、高活性な非貴金属触媒の開発が求められてきました。今回、本研究グループは、ニッケルと炭素で構成される炭化ニッケルナノ粒子(Ni₃C NPs)を合成し、このNi₃C NPsを酸化アルミニウム(Al₂O₃)上に固定化した触媒(Ni₃C NPs/Al₂O₃)がフルフラールの水素化反応において優れた固体触媒として機能することを見出しました(図1(a), (b))。Ni₃C NPs/Al₂O₃はフルフラールの液相水素化反応に高い触媒活性を示し、大気圧水素下という極めて温和な条件下でも目的生成物であるTHFAを90%以上の高収率で与えました(図1(c))。また、開発した触媒は固体触媒であるため、遠心分離によって容易に反応液から回収できました。さらに、本触媒はフルフラール以外のバイオマス由来フラン類にも応用可能であり、対応するテトラヒドロフラン類を高選択的に与えました。
安価で高活性な触媒の開発によって、低コストかつ省エネルギーでバイオマスから有用化合物を合成する持続可能な製造プロセスの構築に大きく貢献することが期待されます。本研究成果は、米国科学誌「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」に、5月21日(水)14時(日本時間)に公開されました。
図1. (a)開発した酸化アルミニウム担持炭化ニッケルナノ粒子触媒(Ni₃C NPs/Al₂O₃)の写真, (b)電子顕微鏡像(黒い粒子が炭化ニッケルナノ粒子), (c)Ni₃C NPs/Al₂O₃を用いた常圧水素下におけるフルフラール液相水素化反応.
研究の背景
テトラヒドロフルフリルアルコール(THFA)は、地球環境に優しいグリーン溶媒や医薬品、ポリマーの原料として年間8.5万トン以上製造される有用化合物であり、バイオマス由来化合物であるフルフラールの水素化反応により合成されます。これまで、フルフラールの水素化反応は、ニッケルのような安価な非貴金属で構成された触媒を用いて行われてきました。しかし、これらの非貴金属触媒によるフルフラールの水素化反応は、数十気圧の水素圧など厳しい反応条件下で行われており、エネルギー消費量が多い点に問題を抱えていました。したがって、温和な条件下でフルフラールからTHFAへの水素化反応を促進する、高活性な非貴金属触媒の開発が望まれてきました。
研究の内容
今回、研究グループは、非金属元素の炭素と非貴金属元素のニッケルとで構成される炭化ニッケルのナノ粒子(Ni₃C NPs)がフルフラールをはじめとするバイオマス由来フラン類の液相水素化反応を促進する固体触媒として機能することを見出しました。開発した酸化アルミニウム(Al₂O₃)担持Ni₃C NPs触媒(Ni₃C NPs/Al₂O₃)は、炭化されていないニッケルナノ粒子(Ni NPs)をAl₂O₃に担持した触媒(Ni NPs/Al₂O₃)や一般に水素化反応触媒として広く利用されているスポンジニッケル触媒(多孔質の金属触媒。表面積が大きくなるように作られており、活性が高い)を大きく凌駕する触媒活性を示しました。また、Ni₃C NPs/Al₂O₃は、大気圧水素下という極めて温和な反応条件下においてもフルフラールの液相水素化反応を促進し、高選択的にTHFAを与えました。さらに、本触媒は高い触媒活性を示すだけではなく、遠心分離等で容易に分離することができることから、実用的な観点からも非常に有用な触媒であるといえます。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究の成果により、従来厳しい反応条件下で行われてきたバイオマス由来フラン類の水素化反応が温和な条件下でも進行可能となりました。これにより、経済的で実用的なバイオマス変換プロセスの社会実装が期待されます。また、これまで液相での有機合成触媒としてあまり用いられていなかったナノサイズの金属炭化物が、触媒材料として大きな潜在能力を秘めていることが示唆されました。今後、炭化ニッケルをはじめとする金属炭化物ナノ粒子を基盤とした新たな触媒設計指針が構築されると考えられます。
特記事項
本研究成果は、2025年5月21日(水)14時(日本時間)に米国科学誌「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Mild and Selective Hydrogenation of Furfural and Its Derivatives to Tetrahydrofurfuryl Compounds Catalyzed by Aluminum Oxide-supported Nickel Carbide Nanoparticles”
著者名:Taiki Kawakami, Sho Yamaguchi, Satoshi Suganuma, Kiyotaka Nakajima, Takato Mitsudome, and Tomoo Mizugaki.
DOI:https://doi.org/10.1021/acssuschemeng.5c01806
なお、本研究は、科学研究費補助金 (23H01761、24K01255)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「材料の創製および循環に関する基礎学理の構築と基盤技術の開発」(JPMJPR24MB)、同 CREST「分解・劣化・安定化の精密材料科学」 (JPMJCR21L5)の支援の元に行われました。
参考URL
水垣共雄 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/fc8d16fa0eaf55a1.html
#山口渉 (現 神戸大学) 准教授
http://www.cx.kobe-u.ac.jp/CV/yamaguchi/index_j.html
SDGsの目標
用語説明
- バイオマス
植物をはじめとする生物から得られる有機性資源のことであり、地球上で唯一入手可能な再生可能炭素資源です。バイオマスは、植物が光合成を通じて二酸化炭素より合成した炭素資源であり、消費により実質的に二酸化炭素が排出されないカーボンニュートラルな資源として注目を集めています。
- 非貴金属ナノ粒子触媒
ナノメートル(nm)の単位で表される、髪の毛の太さの10万分の1程度の大きさを持つ非貴金属の粒子で構成される触媒です。今回の研究では非貴金属のニッケルと炭素で構成される粒子径約70nmのナノ粒子が、フルフラールの水素化反応において優れた触媒として機能することを見出しました。
- 固体触媒
化学反応を促進する触媒は、溶液に溶け込み均一となる均一系触媒と、溶け込まない不均一系触媒(=固体触媒)に大きく分類することができます。固体触媒は、反応溶液からろ過により簡単に分離することができるため、生成物の取り出しと触媒の回収・再使用が容易になるなど、多くの工業的利点があります。