世界初、青色波長可変半導体レーザを実現
小型・実用的な遠紫外殺菌・消毒光源への新技術
研究成果のポイント
- 青色波長帯で初めて波長可変半導体レーザを実現
- スロットと呼ばれる溝を周期的に形成した作製容易な新規構造を窒化物半導体レーザに適用することで実現に成功
- 単一波長かつ波長可変特性を持つ青色半導体レーザはこれまで例がなかった
- 新規構造第二高調波発生デバイスと組み合わせることにより、人体に無害な殺菌・消毒が可能で、小型で実用的な遠紫外光源の実現に期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の大学院生の楠井大晴さん(研究当時、2024 年3月修了)、上向井正裕助教、谷川智之准教授、片山竜二教授らの研究グループは、作製が容易な周期スロット構造を窒化物半導体レーザに適用することで、青色波長帯において世界で初めて小型で実用的な波長可変レーザを実現しました。
片山教授らの研究グループは、これまで窒化物アルミニウムを採用した横型擬似位相整合波長変換デバイスや、SrB4O7非線形光学結晶を垂直微小共振器内に組み込んだ波長変換デバイスにより、波長230 nm以下の第二高調波発生を実証してきました。これらの新規構造デバイスの励起光源として、大型・高価な超短パルスレーザを用いてきましたが、小型で実用的な遠紫外光源を実現するためには波長460 nm帯青色半導体レーザが必要です。
Blu-rayディスク用として開発された青色窒化物半導体レーザは、近年、銅や金などの金属加工に用いられ、また将来のレーザディスプレイへの応用が期待されています。これらのレーザは発振波長を制限する構造を持たず、複数の波長でレーザ発振します。高効率な波長変換デバイスは波長許容幅が非常に狭いため、励起光源として単一波長レーザが望ましいものです。またレーザ発振波長を正確に制御できる波長可変特性も必須です。
これまでに比較的荒い周期構造を採用した青色単一波長レーザがいくつか報告されていますが、波長可変特性を有するものはありませんでした。今回、研究グループは、スロットと呼ばれる溝を数mm間隔で形成した周期スロット構造を青色半導体レーザに採用することで、世界で初めて青色波長可変半導体レーザの実現に成功しました。このレーザを上記の新規構造第二高調波発生デバイスと組み合わせることで、小型で実用的な遠紫外光源の実現が期待されます。
本研究成果は、国際科学誌「Applied Physics Express」に、2024年8月12日に公開されました。
図1. 青色波長可変周期スロット半導体レーザ
研究の背景
医療機関や公共機関での殺菌・消毒には、エキシマランプ(波長 222 nm)や深紫外光LED(波長265 nm)が用いられていますが、前者は効率が低く寿命が短い、後者は人体に有害なため応用範囲が限られるなどの問題がありました。また非線形光学結晶を用いた波長変換による高出力深紫外光レーザが産業用に実用化されていますが、大型・高価で上記の用途には適していません。そこで小型で実用的な波長230 nmの遠紫外光源を実現すべく、片山教授らの研究グループは窒化アルミニウム導波路波長変換デバイスやSrB4O7を用いた微小共振器型波長変換デバイスを提案・作製し、遠紫外光発生を実証してきました。
しかし励起光源には大型・高価な超短パルスレーザを用いており、励起光源の小型化が必要不可欠でした。しかし市販の青色半導体レーザは多波長発振であり、単一波長発振および波長チューニングのための外部共振器構造を導入するとサイズが数十cm、価格が数百万円となってしまいます。
研究の内容
片山教授らの研究グループは、長さ約1 mmの青色半導体レーザの内部に単一波長発振のための周期スロット構造と波長チューニングのための電極を導入することで、小型で実用的な青色波長可変半導体レーザの実現を試みました。周期スロット構造における反射スペクトルを伝達行列法により計算し、各種パラメータを決定しました。InGaNレーザ用エピタキシャルウエハ上に、リッジ構造と周期スロット構造を電子ビーム描画と反応性イオンエッチングにより形成しました(図2)。電極を形成後、劈開・端面コーティングにより周期スロット半導体レーザを完成させました。
まずリッジ構造にのみ電流を注入し、単一波長レーザ発振を確認しました。その後周期スロット構造に注入する電流を徐々に増加させ、図3に示す波長可変特性を得ました。これにより青色波長帯で初めての波長可変半導体レーザの実現に成功しました。
図2. 作製した周期スロット構造
図3. 波長可変特性
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究で実現した窒化物半導体波長可変レーザは405 nm帯で発振しますが、この構造を波長460 nm帯レーザに適用することは容易です。このレーザと片山教授らの研究グループが開発した新規構造波長変換デバイスを組み合わせることで、小型で実用的な遠紫外光源の実現が可能となります。これは人体に無害なため、これまでできなかった室内の常時殺菌・消毒が可能となります。また小型で長寿命のため冷蔵庫やエアコンなどの家電製品にも内蔵でき、社会に与える影響は非常に大きなものとなります。
また、本レーザ技術は、基礎物理研究の発展にも大きな効果があります。宇宙初期には、物質と反物質が同量存在していたはずにも関わらず、我々の宇宙は反物質がなく物質で成り立っています。これは、「物質優勢宇宙の謎」と言われる我々がまだ解明できていない基礎物理研究の大きな謎です。この謎を解明するかもしれない鍵が、「ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊」という原子核崩壊事象にあります。この崩壊事象の研究には、大量の48Caを用いることが効果的です。しかし、この48Caは天然同位体比が0.2%ととても小さく、この同位体比を上げるために、波長422.792nmの連続発振高出力レーザを用いたレーザ同位体分離法の実用化が期待されています。
特記事項
本研究成果は、2024年8月12日に国際科学誌「Applied Physics Express」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Continuous-wave operation of InGaN tunable single-mode laser with periodically slotted structure”
著者名:Taisei Kusui, Takumi Wada, Naritoshi Matsushita, Masahiro Uemukai, Tomoyuki Tanikawa and Ryuji Katayama
DOI:https://doi.org/10.35848/1882-0786/ad66ab
なお、本研究は、JSPS科学研究費 JP19H02631, JP22H04573, JP23H01879, JP23K26572, JP24H02238の助成を受けたものです。 またウシオ電機株式会社 難波江 宏一氏, 三好 晃平氏, 深町 俊彦氏より InGaN レーザ用エピタキシャルウエハの提供を受けました。デバイス作製に関して, 大阪大学 藤原 康文 名誉教授および大阪大学フォトニクスセンターの協力を得ました。
参考URL
・窒化アルミニウムを用いた新構造デバイスで 深紫外光発生に成功
~ ポストコロナ時代の実用的な殺菌・消毒への新技術 ~
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2023/20230912_1
・SrB4O7非線形光学結晶を用いた垂直微小共振器型波長変換デバイス
DOI:https://doi.org/10.35848/1882-0786/ad69fe
・上向井 正裕 助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/3a5093a9084159aa.html
SDGsの目標
用語説明
- 波長可変半導体レーザ
従来の半導体レーザでも温度や注入電流により波長を変化させることはできるが、それには出力光パワーの変化がともなってしまう。これに対し、波長可変レーザは発振波長と出力光パワーを独立して制御可能(出力光パワーを一定に保ったまま発振波長を調整可能)なレーザのことである。
- 窒化物半導体
窒化ガリウム(GaN)や窒化アルミニウム(AlN)に代表されるワイドギャップ化合物半導体で、特に窒化インジウムガリウム(InGaN)は紫~緑色半導体レーザや発光ダイオードなどの光デバイスの発光層に用いられる。
- 第二高調波発生
非線形光学効果の一種で、非線形媒質にある周波数のレーザ光を入射したとき、その2倍の周波数(半分の波長)の光波が発生することを第二高調波発生という。半導体レーザや固体レーザで直接発生できない波長の光波を得るために、この種の波長変換が広く用いられている。
- ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊
原子核内の二つの中性子が、二つの陽子、二つの電子に崩壊する事象。ニュートリノがマヨラナ性(粒子と反粒子の転換可能性)をもつときにのみ起こりえる。これまでに一度も観測されたことはない。
- レーザ同位体分離法
自然界にわずかに存在する特定の同位体原子を高出力レーザにより分離・濃縮する技術で、特定の同位体原子に共鳴する波長のレーザ光を蒸発させた原子ビームに照射し、励起された同位体原子の飛行方向をわずかに変えて(空間的に分離して)収集板に付着させる。