使える次世代半導体の実現

使える次世代半導体の実現

GaN半導体の結晶欠陥を非破壊で識別する技術

2021-4-28工学系
工学研究科准教授谷川智之

研究成果のポイント

  • GaN半導体の貫通転位を非破壊で観察し種類を識別する技術を開発
  • 多光子励起フォトルミネッセンス法を用いて観察された貫通転位の性質を数値化し統計処理
  • GaN半導体の結晶高品質化や生産歩留まり向上、パワーデバイスのキラー欠陥の特定に期待

概要

大阪大学大学院工学研究科の大学院生の塚越真悠子(つかこし まゆこ)さん(博士前期課程)、谷川智之(たにかわ ともゆき)准教授らの研究グループは、多光子励起フォトルミネッセンス法を用いて窒化ガリウム(GaN)半導体の貫通転位を非破壊で観察し識別する技術を開発しました。

近年、省エネルギー社会の実現に向けて、次世代半導体を用いたパワーデバイスはあらゆる機器の省エネ・高性能化につながる科学技術イノベーションの鍵と位置付けられています。次世代半導体の一種であるGaN半導体は、シリコン半導体や砒化ガリウム半導体と比べ、貫通転位などの結晶欠陥が数多く含まれています。次世代半導体を用いたパワーデバイスの性能や信頼性を向上させるためには、半導体結晶の高品質化とともに、結晶欠陥の性質を明らかにするための評価技術の開発が求められています。

今回、谷川准教授らの研究グループは、多光子励起フォトルミネッセンス法を用いてGaN半導体中の貫通転位を非破壊観察し、その濃淡や三次元形状を指標として統計分類を行うことで、貫通刃状転位・貫通螺旋転位・貫通混合転位を非破壊で識別できることを解明しました。それぞれの転位について密度を算出したところ、従来手法のエッチピット法で算出された密度とよい一致を示すことが分かりました。この非破壊評価技術を用いることで、GaN半導体の結晶欠陥の密度計数だけでなく、識別された情報を基にウエハ製造工程や薄膜成長工程を改良することで結晶を高品質化できます。さらに、正確に結晶欠陥を識別した上でパワーデバイスの性能への影響を調べることで、パワーデバイスの性能を脅かす欠陥の特定が期待されます。

本研究成果は、科学誌「Applied Physics Express」に、4月23日(金)に公開されました。

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図1. 多光子励起フォトルミネッセンス法によるGaN半導体中の貫通転位の観察方法と観察像。貫通転位は非発光再結合中心として働き、三次元像において暗線として観察される。

研究の背景

再生可能エネルギーの導入加速・省エネルギー社会の実現に向けて、消費電力の大幅な効率化を可能とするGaN半導体を用いたパワーデバイスやレーザデバイスの開発が進められています。GaN半導体には貫通転位などの結晶欠陥が多く含まれており、特定の種類の結晶欠陥はデバイスの性能の低下や短寿命化の要因となります。貫通転位はバーガースベクトルbの向きや大きさによっていくつかの種類に分類されます。GaN半導体中に主に存在する貫通転位は、b = 1aの貫通刃状転位、b = 1cの貫通螺旋転位、b = 1a + 1cの貫通混合転位の三種類です。また、b = 2cなどの大きなバーガースベクトルを持つ貫通転位の存在も確認されています。これまでの研究で、貫通転位の種類や密度によってデバイスに及ぼす影響の有無や度合いが異なることが分かっています。パワーデバイスやレーザデバイスの高性能化や長寿命化のためには、結晶欠陥の個数を限りなくゼロにする高品質結晶成長技術の開発とともに、特定の結晶欠陥を非破壊で検出する評価技術の開発が求められています。

GaN半導体の貫通転位の評価技術は、主に透過電子顕微鏡観察やエッチピット観察が用いられていますが、これらは試料の加工を伴う破壊検査手法です。非破壊検査手法ではカソードルミネッセンス法やラマン分光法およびX線トポグラフィー法をはじめ様々な技術が開発されてきましたが、空間分解能が十分でない、特定の貫通転位は検出されない、などの課題がありました。谷川准教授らのグループは、非破壊検査手法の一種として、多光子励起フォトルミネッセンス法を用いたGaN半導体の貫通転位観察技術を2018年に提案し、この手法が空間分解能に優れており、非破壊で三次元マッピング測定が可能な評価技術であることを示してきました。

今回、谷川准教授らの研究グループは、多光子励起フォトルミネッセンス法で観察されたGaN半導体中の貫通転位について、濃淡や形状などの情報を数値化し統計処理を行うことで、貫通刃状転位・貫通螺旋転位・貫通混合転位を非破壊で識別できることを解明しました。それぞれの貫通転位について密度を算出したところ、従来手法のエッチピット法による密度算出結果とよく一致しました。

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図2. 多光子励起フォトルミネッセンス法により観察された貫通転位の分類と識別。暗線のコントラスト差(濃淡)と結晶c軸からの傾斜角の分布図(a)から、貫通転位は3種類の性質を持つことが分かる。エッチピット法による識別結果との対応から、図中に示す貫通転位に対応することが判明した。さらに、傾斜角と傾斜面内方向による分布(b)から、b = 1a + 1c貫通混合転位のa成分の対称性に応じて6回対称の分布を持つことが判明した。(a)の図中にはGaN半導体結晶の模式図と貫通転位が結晶c軸から傾斜して伝搬している様子を示している。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、GaN半導体の貫通転位の非破壊検査の精度の著しい向上が期待できます。この技術は、単なるウエハや薄膜中の欠陥密度の計数に適用できるだけでなく、貫通転位の分布や結晶中の伝播挙動などの様々な情報を抽出してウエハ製造工程や薄膜成長工程にフィードバックすることで、結晶高品質化に貢献できます。さらに、正確に結晶欠陥を識別した上でパワーデバイスの性能への影響を調べることで、パワーデバイスの性能を脅かす欠陥の特定が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年4月23日(金)に米国科学誌「Applied Physics Express」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Identification of Burgers vectors of threading dislocations in free-standing GaN substrates via multiphoton-excitation photoluminescence mapping”
著者名:Mayuko Tsukakoshi, Tomoyuki Tanikawa, Takumi Yamada, Masayuki Imanishi, Yusuke Mori, Masahiro Uemukai, and Ryuji Katayama
【DOI】:10.35848/1882-0786/abf31b

なお、本研究は、JSPS科学研究費JP19H04532, JP19K22043, JP20H02640の支援を受け、株式会社ニコン ヘルスケア事業部 喜多和明氏、今井政詞氏、渡邊隆志氏の協力を得て行われました。

参考URL

谷川智之准教授 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/6084d938990e16ca.html

SDGs目標

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用語説明

貫通転位

結晶中を貫通する線状の欠陥である。結晶のずれ方により分類され、結晶a軸にずれるものを貫通刃状転位、結晶c軸にずれるものを貫通螺旋転位、どちらにもずれるものを貫通混合転位という。

多光子励起フォトルミネッセンス法

超短パルスレーザを物質に照射すると、複数の光子が関与して物質中の電子を励起状態に遷移させることができる。励起された電子が再結合する際に物質から放出される光(PL光)を検出する手法を多光子励起フォトルミネッセンス法と呼ぶ。物質中の欠陥により放出される光の波長や強度が変化すれば、それらを非破壊で検出することができる。

窒化ガリウム(GaN)

窒素とガリウムからなる化合物半導体で、青色の発光ダイオードや半導体レーザなどの光デバイス応用だけでなく、高電子移動度トランジスタなど電子デバイス応用にも用いられる半導体材料である。電圧による破壊に強いという特徴がある。

エッチピット法

結晶表面をアルカリなどの化学薬品で処理して表面にエッチピットと呼ばれる孔を形成する手法。適切な条件で処理を行うことで、貫通転位の位置にのみエッチピットが形成される。このサイズは貫通転位の性質により異なることを利用すると、広い範囲で貫通転位の密度計数や種類を特定することができる。

バーガースベクトル

転位に起因した結晶のずれの方向や大きさを表すベクトルで、bと書かれる。