超小型波長変換デバイスによる真空紫外光発生に成功
大型レーザー光源の小型化へ
研究成果のポイント
- 従来の波長変換デバイスとは全く異なる超小型な微小共振器デバイスを作製し、波長変換により波長199 nmの真空深紫外光を発生することに成功
- IoTや5G技術の発展に伴い、電子部品やプリント回路基板の小型化・高密度化が進み、真空紫外レーザー光源の需要が急速に高まっている
- 産業・医療分野から強く求められている、大型の真空紫外レーザー光源の小型化に大きく前進
概要
大阪大学レーザー科学研究所の南部誠明助教、吉村政志教授、大阪大学大学院工学研究科の上向井正裕助教、谷川智之准教授、森勇介教授、片山竜二教授、立命館大学総合科学技術研究機構の藤原康文教授、京都大学大学院工学研究科の石井良太助教、川上養一教授らの研究グループは、従来型の波長変換デバイスとは全く異なる超小型な微小共振器デバイスを作製し、波長変換により波長199 nmの真空深紫外(VUV)光を発生することに成功しました。
IoT(Internet of Things)や 5G(第 5 世代移動通信システム)技術の急速な発展に伴い、電子部品やプリント回路基板の小型化、高密度化が進み、極めて小さなスポットに集光可能な波長200 nm以下のVUVレーザー光を用いた微細加工、フォトリソグラフィ、ウェハやフォトマスクの検査などの需要が急速に拡大しています。しかしながら、従来のVUVレーザー光源は大型で、ランニングコストも高いガスレーザーであり、小型で高効率、さらにメンテナンスフリーな次世代の全固体光源が求められています。波長変換技術は全固体VUVレーザー光源を実現する有力な候補ですが、従来型のデバイス構造と波長変換結晶の組み合わせでは、上述した次世代光源の要件を満たすことは困難です。そのため新規構造・新規結晶による波長変換デバイスを新たに開発する必要がありました。
本研究グループは、これまでの研究で、新たに微小共振器型のデバイス構造を提案することで、波長変換結晶の選択肢を飛躍的に拡大可能であることを示してきました。このデバイスは、厚さがコヒーレンス長(分極反転なしに最大の変換光強度が得られる長さ)の波長変換結晶からなる共振器の内部にレーザー光を強く閉じ込め、そこから効率よく発生する変換光の反射位相を精密に制御することで高効率な波長変換を達成するというものです。本研究では、吸収端波長が130 nmと極めて短く、高い光学非線形性と光損傷耐性を有しながらも、従来の波長変換デバイスに必須であると考えられてきた強誘電性や複屈折性を持たないSrB4O7(SBO)結晶に注目し、図1に示すような微小共振器を用いた第二高調波発生(SHG)による波長199 nmのVUV光発生に成功しました。これにより、小型・高効率・メンテナンスフリーといった特徴を有する次世代のVUVレーザー光源の実現が期待されます。
本研究成果は、国際科学誌「Applied Physics Express」に、8月20日に公開されました。
図1. SBO微小共振器型波長変換デバイス
研究の背景
近年、微細加工、半導体のウェハやフォトマスク検査、医療分野などにおいて、波長200 nm以下の真空紫外(VUV)レーザー光源の需要が急速に高まっています。しかしながら、従来のArF(波長:193 nm)やF₂(波長:157 nm)エキシマレーザーは大型であり、腐食性ガスを使用するため頻繁なメンテナンスが必要となるなど、実用面での問題を抱えています。
波長変換技術を用いた全固体VUVレーザー光源は、上記の問題を解決する有力な候補です。しかしながら、既に実用化されている角度位相整合を用いた波長変換結晶では、VUV帯域で第二高調波発生(SHG)の位相整合が達成できず、和周波数発生(SFG)による大型かつ複雑なシステム構成になってしまいます。そのため VUV帯域でSHGが可能な新規構造・新規結晶による波長変換デバイスを新たに開発する必要がありました。
研究の内容
そこで、本研究グループは、吸収端波長が130 nmと極めて短く、高い光学非線形性と光損傷耐性を有しながらも、従来の波長変換デバイスに必須であると考えられてきた強誘電性や複屈折性を持たないSrB4O7(SBO)結晶に微小共振器構造を組み合わせることを考えました。SBO波長変換層を高反射分布ブラッグ反射器(DBR)で挟んだ微小共振器型SHGデバイスを設計し、構造最適化により厚さ数mmのデバイスで高い波長変換効率が期待できることを見出しました。実際に作製したSBO微小共振器型SHGデバイスに波長398 nmの青紫色レーザー光を入射したところ、波長199 nmのVUV光を発生することに成功しました(図2)。
本研究で得られたSH光の波長である199 nmは、広く実用化されている波長変換結晶であるBBO(β-BaB2O4)やCsLiB6O10(CLBO)の理論最短SH波長を下回るものであり、SFGによる大型で複雑な全固体VUVレーザーシステムを直線型のシンプルなシステムに置き換える可能性を有しています(図3)。また、DBRを構成する材料を工夫することで、より短波長でのデバイス動作も期待できます。
この成果は、VUV帯域における小型で高効率な次世代の全固体レーザー光源の実現に向けた重要な一歩であり、産業および医療分野での幅広い技術革新に繋がります。
図2. VUV SHGの実証:(a)波長199 nmのSH光および入射光のスペクトル(赤:SH光、青:入射光)、(b)SH光強度の入射光パワー依存性、(c)SH光強度のSH光中心波長依存性
図3. 全固体VUVレーザー光源:(a)従来型の複雑なシステム、(b)SBO微小共振器型SHGデバイスが実現するシンプルなシステム
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
このSBO微小共振器型SHGデバイスを用いれば、従来の大型なVUVレーザーシステムを小型かつ高効率な次世代光源に置き換えることが可能です。また、SHGに限らず類似の構成で他の非線形光学効果を応用したデバイスを実現することも可能です。例えば波長変換層が極小であることを利用した広帯域光子対発生デバイスを用いれば、通常の光干渉断層撮影(OCT)では難しい体内の水を多く含む器官を高分解能で観察できる可能性があり、病気の早期発見・治療につながります。
特記事項
本研究成果は、2024年8月20日に国際科学誌「Applied Physics Express」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“199 nm vacuum-ultraviolet second harmonic generation from SrB4O7 vertical microcavity pumped with picosecond laser”
著者名:T. Nambu, M. Yoshimura, Y. Mori, Y. Fujiwara, R. Ishii, Y. Kawakami, M. Uemukai, T. Tanikawa, and R. Katayama
DOI 10.35848/1882-0786/ad69fe
なお、本研究は科研費JP19H02631, JP20H02640, JP22J10864の支援を受け行われました。
参考URL
南部誠明助教 Researchmap
https://researchmap.jp/nambu.tomoaki/published_papers
SDGsの目標
用語説明
- 第二高調波発生(SHG)
非線形光学効果の一種で、非線形媒質にある周波数のレーザー光を入射したとき、その2倍の周波数(半分の波長)の光波が発生する現象を第二高調波発生という。半導体レーザーや固体レーザーで直接発生できない波長の光波を得るために、この種の波長変換が用いられる。
- 角度位相整合
非線形光学効果を利用した波長変換において、入射光と変換光(例えば第二高調波や和周波)が特定の位相関係を保ちながら伝播するためには、結晶内部での屈折率を一致させる必要がある。角度位相整合は、結晶の切り出し角度を適切に調整することで、この位相整合条件を満たし、効率的な波長変換を実現する技術である。複屈折性を持つ結晶(例:CLBOやBBO)で広く用いられている。
- 和周波数発生(SFG)
非線形光学効果の一種で、非線形媒質に異なる2つの周波数(ω1、ω2)のレーザー光を同時に入射したとき、これらの周波数の和(ω1+ω2)に相当する光波が発生する現象を和周波発生という。