窒化アルミニウムを用いた新構造デバイスで 深紫外光発生に成功
ポストコロナ時代の実用的な殺菌・消毒への新技術
研究成果のポイント
- 従来のデバイスと全く異なる材料・構造の窒化物半導体光導波路デバイスで深紫外光発生を実証
- これまで深紫外光発生用デバイスの作製は困難だったが、新規構造を採用することで可能に
- 人体に無害な殺菌・消毒が可能で、小型・高効率、実用的な深紫外光波長変換デバイスの実現に期待
- 新型コロナウイルスだけでなく、今後蔓延するあらゆる種類の感染症に対しても有効
概要
大阪大学大学院工学研究科の大学院生の本田啓人さん(博士後期課程)、上向井正裕助教、谷川智之准教授、片山竜二教授と三重大学大学院工学研究科 正直花奈子助教(現京都大学)、三宅秀人教授らの研究グループは、従来デバイスと全く異なる材料・構造の波長変換デバイスを提案・作製し、実際に波長229 nmの深紫外光を発生することに成功しました。
近年のコロナ禍を経て、深紫外光による殺菌・消毒が注目を集めています。とくに殺菌・消毒効果が高く人体に無害な220~230 nmの波長帯が望まれていますが、高効率で長寿命の深紫外光源は実用化されていません。波長変換による深紫外光発生が有力な候補ですが、従来の強誘電体結晶デバイスでは実現できません。そのため新規材料・新規構造の波長変換デバイスを新たに開発する必要があります。
これに対して研究グループは、窒化物半導体、特に窒化アルミニウム(AlN)が深紫外光波長変換用結晶に適していると考えました。この物質は、吸収端波長が210 nmと短く、高い光学非線形性と光損傷耐性を有しています。しかし強誘電体結晶デバイスで広く用いられる光軸方向に分極を周期的に反転させた構造を窒化物半導体で実現するのは難しく、深紫外光発生に必要な周期1 μm程度の分極反転構造の結晶成長はほぼ不可能でした。
今回、大阪大学大学院工学研究科の研究グループは、窒化アルミニウムの分極を垂直方向に反転させて積層した新規構造(図1)を提案し、効率よく波長変換できる光導波路断面形状・分極反転位置を設計しました。さらに三重大学の研究グループにより開発された高品質の窒化アルミニウム極性反転積層構造を用いて波長変換デバイスを作製し、実際に第二高調波発生による波長229 nmの深紫外光発生に成功しました。これにより新規構造波長変換デバイスの有効性が示され、殺菌・消毒効果が高く人体に無害な実用的な深紫外光源の実現が期待されます。
本研究成果は、国際科学誌「Applied Physics Express」に、6月19日に公開されました。
図1. AlN極性反転構造を用いた波長変換デバイス
研究の背景
これまで医療機関や公共機関・家庭での殺菌・消毒などの用途には、エキシマランプ(波長222 nm)や深紫外光LED(波長265 nm)が市販されていますが、前者は効率が低く寿命が短い、後者は人体に有害なため応用範囲が限られるといった問題があります。また非線形光学結晶を用いた波長変換による高出力深紫外光レーザが産業用に用いられていますが、これらは上記の用途には向きません。これに対して波長210 nmまで透明で高い光学非線形性と光損傷耐性を有する窒化アルミニウムを用いれば、人体に無害で強い殺菌・消毒効果がある波長220~230 nmの深紫外光を発生する小型で高効率な波長変換デバイスが実現できます。
小型・高効率な波長変換デバイスには主に強誘電体結晶が用いられていますが、これらは深紫外光に対して不透明なため深紫外光発生に適用できません。また従来型の波長変換デバイスでは分極の向きを光波の伝搬方向に短い周期で反転させる必要があり、深紫外光発生に必要な周期1 um程度の分極反転構造を窒化物半導体の結晶成長で実現することはほぼ不可能でした。これに対して大阪大学大学院工学研究科の研究グループは窒化アルミニウムの分極の向きを垂直方向に反転させて積層した新規構造を提案し、三重大学の研究グループで開発された窒化アルミニウム極性反転積層構造を用いて実際に波長変換デバイスを作製し、第二高調波発生による深紫外光発生を試みました。
研究の内容
研究グループでは、結晶の極性が積層方向に反転されたAlN薄膜をコアとした光導波路によって深紫外光への波長変換が可能であることを見いだしました。AlN極性反転構造は結晶成長技術により成膜され、これを用いて半導体の微細加工技術によって光導波路構造を形成し、図2に示すAlN極性反転光導波路を作製しました。このデバイスに波長458 nmのレーザ光を照射したところ、波長229 nmの深紫外光(図3)を発生させることに成功しました。
図2. 作製したAlN極性反転光導波路のSEM像
図3. 検出された深紫外光の信号
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
この窒化物半導体極性反転積層構造は、第二高調波発生に限らず類似の構造で異なる波長や他の非線形光学効果を応用したデバイスを実現できます。また極性反転回数を増やすことで高効率化も可能なことから、光量子情報処理に必須のスクイーズド光発生デバイスの実現も期待されます。
特記事項
本研究成果は、2023年6月19日に国際科学誌「Applied Physics Express」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“229 nm far-ultraviolet second harmonic generation in a vertical polarity inverted AlN bilayer channel waveguide”
著者名:H. Honda, S. Umeda, K. Shojiki, H. Miyake, S. Ichikawa, J. Tatebayashi, Y. Fujiwara, K. Serita, H. Murakami, M. Tonouchi, M. Uemukai, T. Tanikawa and R. Katayama
DOI:https://doi.org/10.35848/1882-0786/acda79
なお、本研究は、JSPS科学研究費 JP19H02631, JP22H01970の助成を受けたものです。またデバイス作製に関して、大阪大学エマージングサイエンスデザインR3センターの協力を得て行われました。
参考URL
上向井 正裕 助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/3a5093a9084159aa.html
SDGsの目標
用語説明
- 窒化物半導体
窒化ガリウム(GaN)や窒化アルミニウム(AlN)に代表されるワイドギャップ化合物半導体で、紫外~青色発光ダイオードや半導体レーザなどの光デバイスおよび、高電子移動度トランジスタなどの電子デバイスに用いられる。
- 光導波路
屈折率の高いコアとそれを囲む屈折率の低いクラッドにより構成され、全反射により光はコアに閉じ込められながら導波する。基本原理は光ファイバと同じ。光通信に広く用いられ、光デバイスの小型や集積化に役立っている。
- 強誘電体結晶
ニオブ酸リチウムナイオベ-ト(LN)に代表される自発分極を有する非線形光学結晶で、結晶に電界を印加して分極の向き・分布を制御できる。分極の向きを適切な周期で反転させることで、類似の構造で多種多様な波長変換デバイスが実現されている。
- 第二高調波発生
非線形光学効果の一種で、非線形媒質にある周波数のレーザ光を入射したとき、その2倍の周波数(半分の波長)の光波が発生することを第二高調波発生という。半導体レーザや固体レーザで直接発生できない波長の光波を得るために、この種の波長変換が用いられる。