活性水素を自在に操る新材料を身近なユビキタス元素で開発

活性水素を自在に操る新材料を身近なユビキタス元素で開発

次世代水素社会のキーテクノロジーとして期待

2024-8-1工学系
工学研究科准教授森 浩亮

研究成果のポイント

  • 酸化マグネシウム(MgO)にアルミニウム(Al)を添加した非還元性酸化物(Al-MgO)が、既存の金属酸化物と比較して優れた水素の貯蔵・拡散特性を示すことを見出した。
  • さらに、Al-MgOでは、これまで還元性酸化物でしか起こらないと考えられていたH+とeの共拡散現象が起こる(=水素スピルオーバーが発現する)ことを明らかにした。
  • Al-MgOは、その特異な活性水素の拡散特性により、二酸化炭素(CO2)を原料とし、化学工業で有用な一酸化炭素(CO)やメタン(CH4)の製造反応に高い活性を示す触媒担体として機能する。
  • 本研究で得られた成果は、水素の製造、貯蔵、輸送、エネルギーとしての利用に留まらず、自在に操り活用するという、水素社会のさらにその先を見据えた次世代水素社会のキーテクノロジーとして期待できる。

概要

大阪大学大学院工学研究科の大学院生の俊 和希さん(博士後期課程2年)、森 浩亮准教授、大学院生の木俵 拓海さん(博士前期課程1年)、大阪大学 超高圧電子顕微鏡センターの市川 聡特任教授、山下 弘巳教授らの研究グループは、マグネシウム(Mg)、アルミニウム(Al)という地球上に豊富に存在するユビキタス元素のみを用いて、既存の還元性酸化物に比べて3倍以上高い水素貯蔵能を示し、さらにH+とeの共拡散現象により二酸化炭素(CO2)を有用な一酸化炭素(CO)やメタン(CH4)に高効率に変換できる新材料の開発に成功しました。

本件研究成果は、水素エネルギーの有効利用を目指した触媒分野のみならず、ナノテクノロジーを基盤とした先進的なマテリアルサイエンス分野へも多大な波及効果をもたらすことが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications (ネイチャーコミュニケーションズ)」(オンライン)に、7月31日(水)18時(日本時間)に公開されました。

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図1. 非還元性酸化物(Al-MgO)のプロトン貯蔵量と水素拡散パスの概略図

研究の背景

気相の水素分子が、金属を介して酸化物表面上に原子状水素として流れ出し、高速に拡散する現象を『水素スピルオーバー』といいます。1964年に発見され、触媒分野では古くから知られる現象でありますが、応用技術が限定的であったため、次第に研究が下火になりその原理原則は未だブラックボックスのままです。

昨今、水素社会構築のための新技術が期待されています。水素スピルオーバーは、そのプロセスを通じて気相水素は動的かつ活性な固相水素へと変化するため、水素の貯蔵・輸送・利用の機能向上に資する現象です。また、触媒分野はもとより、水素燃料電池、水素貯蔵材料分野においても、水素スピルオーバーが関与していると思われる技術が散見されるようになり、その重要性が再認識され始めています。したがって、スピルオーバーを単なる現象論として片付けるのではなく、生成した活性水素種を使いこなすための制御因子を正しく理解し、またその画期的な活用法を提案することが必要です。

ただしこれまで、スピルオーバーの発現は、TiO2、CeO2、WO3といった希少元素から成る還元性酸化物上に限られると考えられていました。実用化の観点では、豊富なMgO、Al2O3などの非還元性酸化物を用いるのが理想でありますが、これらはレドックス能に乏しく水素スピルオーバーの駆動に不向きであると考えられています。言い換えれば、Mg、Alなどのユビキタス元素から成る酸化物で水素スピルオーバーが発現すれば、希少元素を使用せずに水素基盤社会実現を志向した機能性材料の開発が可能となります。

研究の内容

研究グループは、酸化マグネシウム(MgO)にアルミニウム(Al)を添加した非還元性酸化物(Al-MgO)について、各種分光学的手法を駆使した微細構造の決定、水素貯蔵量測定、H+とeの拡散パスの系統的な評価を行いました。その結果、以下のことが明らかになりました。

1. Al-MgOは、既存の還元性酸化物に比べて3倍以上高い水素貯蔵能を示すこと
2. これまで還元性酸化物でしか起こらないと考えられていたH+とeの共拡散現象が、非還元性酸化物のAl-MgOでも起こること、つまり水素スピルオーバーが発現していること
3. Ni触媒を担持したAl-MgO上で発現する水素スピルオーバーを利用すると、環境・エネルギー分野で切望されている二酸化炭素(CO2)の資源化反応が駆動され、一酸化炭素(CO)やメタン(CH4)が高効率に得られること

3.については、スピルオーバーした水素種がNi表面の被毒酸素を直ちに除去したためだと考えられます。Al-MgOがCOやCH4の触媒担体として機能することを示しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回開発したAl-MgO非還元性酸化物は、①合成が極めて簡便 ②過酷な環境下においても安定性が高く取り扱い容易な粉末状である ③地球上に豊富に存在するユビキタス元素のみで構成される など、実用化に不可欠な基盤要素を兼ね備えています。さらに、Al-MgOを拡散するH+とeの拡散パスを種々の分光法ならびに理論計算を通して系統的に評価し、Alの役割を結晶構造および電子構造の観点から明らかにしており学術的な意義も極めて高いものです。本研究で得られた成果は、水素の製造、貯蔵、輸送、利用技術はもとより、さらにその先を見据えた次世代水素社会のキーテクノロジーになりうる可能性を秘めています。

水素の利用技術は、エネルギー戦略の中心に位置づけられるとともに、今後の日本の経済成長を支える成長戦略の中でも中核を担っています。水素エネルギー社会を構築するためには、単に水素をエネルギー源として捉えるだけでなく、活性な水素種を使いこなすための制御因子を正しく理解し、またその画期的な活用法を提案する必要があります。本研究で得られたユビキタス材料においてその表面を高速に移動する高活性な水素種に関する知見は、水素を自在に操る指導原理の構築に貢献します。

特記事項

本研究成果は、2024年7月31日(水)18時(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications (ネイチャーコミュニケーションズ)」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Heteroatom Doping Enables Hydrogen Spillover via H+/e- Diffusion Pathways on a Non-reducible Metal Oxide”
著者名:Kazuki Shun, Kohsuke Mori*, Takumi Kidawara, Satoshi Ichikawa, and Hiromi Yamashita
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-024-50217-z

なお、本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 学術変革領域研究(B)「表面水素工学:水素スピルオーバー水素の活用と量子トンネル効果の検証」の支援のもと行われました。

参考URL

森浩亮 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/c097a99a81f5db35.html

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

H+とe-の共拡散現象

TiO2、CeO2、MoO3、WO3などの還元性酸化物では、金属イオンの酸化還元機構を経てH+とeの両方が酸化物表面を拡散する現象

ユビキタス元素

地球上でどこでも採掘、精錬できるクラーク数の大きな元素。これらの元素からなる材料をユビキタス材料という。