光で二酸化炭素を有用な化学原料に高効率変換
150℃以下の低温でCO2からCOを選択的に合成できる新触媒技術
研究成果のポイント
- 独自に開発した触媒を用いて、二酸化炭素(CO2)と水素(H2)を原料とし、化学工業において有用な一酸化炭素(CO)を150℃以下の低温で製造することに成功
- 二酸化炭素は地球温暖化の原因物質とされており、低温で有用物質へと変換するための触媒技術が切望されていた
- 排出量削減が求められている二酸化炭素を、廃熱や太陽光エネルギーを利用して有用物質へと再資源化するためのクリーンな触媒技術として期待
概要
大阪大学大学院工学研究科の桒原 泰隆講師、山下 弘巳教授らの研究グループは、独自に開発した触媒を用いて、二酸化炭素(CO2)と水素(H2)を原料とし、化学工業において有用な一酸化炭素(CO)を150℃以下の低温で製造することに成功しました。
CO2は地球温暖化の主たる原因物質とされており、世界規模でその排出量削減に向けた取り組みが行われています。一方で、CO2を還元することによって得られるCOは、有機合成におけるカルボニル原料や、アルコール、ガソリンやジェット燃料などの液体炭化水素の原料となる有用な化学原料です。CO2をH2と反応させてCOを得る反応(逆水性ガスシフト反応)には、従来500℃以上の高温が必要とされており、平衡制約により低温では低い反応率しか得られず非効率という課題がありました。
これまで当研究グループでは、モリブデン酸化物に白金(Pt)ナノ粒子を担持した触媒が、含酸素化合物から酸素原子を取り除く反応(脱酸素反応)に優れた触媒となることを世界に先駆け報告してきました。今回、この触媒をCO2の水素化反応に用いると、従来よりも低い140℃という低温でもCOが高効率かつ選択的に生成されることを発見しました(図1)。さらに興味深いことに、触媒に光を照射すると反応速度は最大で4倍程度まで向上しました。
当研究グループの開発した触媒は、調製が簡便である、分離・回収の容易な固体触媒である、廃熱を利用可能な低温(140℃付近)でも駆動する、など実用化に不可欠な基盤要素を兼ね備えています。さらに、触媒に可視光を照射することで、反応速度が向上するという特徴を有しています。本技術は、今後ますます排出量削減が迫られるCO2を工業的に有用な物質へと変換するためのクリーンな触媒技術として期待されます。また、今回発見した光照射による触媒反応の促進は、モリブデン酸化物の表面プラズモン共鳴効果に由来していることを実験的に裏付けており、学術的にも極めて意義の高いものです。
本研究成果は、英国王立化学会誌「Journal of Materials Chemistry A」に、5月26日(水)午後6時(日本時間)に公開されました。(DOI:10.1039/D1TA02277F、論文ウェブページ:https://doi.org/10.1039/D1TA02277F、Journal of Materials Chemistry A ウェブページ:https://www.rsc.org/journals-books-databases/about-journals/journal-of-materials-chemistry-a/)
研究の背景
CO2は地球温暖化の主たる原因物質とされており、世界規模でその排出量削減に向けた取り組みが行われています。わが国でも、2050年までにCO2を含む温室効果ガスの実質排出ゼロの実現が目標に掲げられており、CO2を炭素資源と捉えて回収し、有用物質へと再利用する技術(CO2回収利用)の開発が求められています。
CO2を還元することによって得られるCOは、有機合成におけるカルボニル原料や、アルコール、ガソリンやジェット燃料などの液体炭化水素の原料となる有用な化学原料です。COは工業的には、コークスや天然ガスに含まれるメタンガスと水蒸気とを800℃以上の高温で反応させることで製造されています。CO2を効率よくCOに変換することができれば、CO2排出量削減と有用化学原料の製造を同時に達成することができ、地球温暖化と化石資源の枯渇の問題に貢献できると期待されています。しかし、CO2をH2と反応させてCOを製造する反応(逆水性ガスシフト反応、式(1))には従来500℃以上の高温が必要とされており、低温では低い反応率しか得られず非効率という課題がありました。
研究の内容
これまで当研究グループでは、モリブデン酸化物にPtナノ粒子を担持した触媒が、含酸素化合物から酸素原子を取り除く反応(脱酸素反応)に優れた触媒となることを世界に先駆け報告してきました。今回、この触媒をCO2の水素化反応に用いると、有用なCOが高効率かつ選択的に生成されることを発見しました。さらに興味深いことに、触媒に光を照射すると反応速度が最大で4倍程度まで向上しました。特に、厚さ40 nm程度のナノシート状のモリブデン酸化物にPtナノ粒子を固定化した触媒では、粒子状のモリブデン酸化物を用いた場合に比べて約1.5倍程度のCO生成速度が得られ、可視光を含む光照射下では1.2 mmol/g/hの反応速度でCOを生成することができました(図2、図3)。本研究成功の鍵は、モリブデン酸化物をPtナノ粒子と組み合わせることで、(i)活性サイトとなる酸素欠陥の形成をうまく制御できた点、(ii)モリブデン酸化物の色が変化し可視光吸収特性を示した点、にあります。
図2. 開発した触媒の走査型電子顕微鏡像(左)と透過型電子顕微鏡像(右)
図3. 開発した触媒を可視光照射下で反応に用いた時のCO生成速度の比較。UV:紫外光、Vis:可視光、IR:赤外光を照射したことを示す。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今回開発した触媒は、調製が簡便である、分離・回収の容易な固体触媒である、廃熱を利用可能な低温(140℃付近)でも駆動する、など実用化に不可欠な基盤要素を兼ね備えています。さらに、触媒に可視光を照射することで、反応速度が向上するという特徴を有しています。再エネ水素や太陽光などと組み合わせることで、今後ますます排出量削減が迫られるCO2を効率的に有用物質へと変換するためのクリーンな触媒技術として期待されます。また、今回発見した触媒反応は、モリブデン酸化物の表面プラズモン共鳴効果に由来していることを実験的に裏付けており、学術的にも極めて意義の高いものです。
特記事項
本研究成果は、2021年5月26日(水)午後6時(日本時間)に英国王立化学会誌「Journal of Materials Chemistry A」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Plasmon-induced Catalytic CO2 Hydrogenation by a Nano-sheet Pt/HxMoO3-y Hybrid with Abundant Surface Oxygen Vacancies”
著者名:Hao Ge, Yasutaka Kuwahara, Kazuki Kusu and Hiromi Yamashita
なお、本研究は、JST戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「電子やイオン等の能動的制御と反応」(研究総括:関根 泰 早稲田大学理工学術院教授)の研究課題「酸素欠損型モリブデン酸化物のプラズモン光反応場を利用した革新的CO2変換反応の開発」(研究者:桒原 泰隆 大阪大学大学院工学研究科講師)の支援を得て行われました。
参考URL
SDGs目標
用語説明
- 二酸化炭素(CO2)
最も代表的な炭素の酸化物であり、炭素単体や有機化合物の燃焼によって生じる。赤外線の波長帯域に強い吸収帯を持つため、地上からの熱が宇宙へと拡散することを防ぎ、いわゆる温室効果ガスとして働く。水素(H2)と反応させることで、一酸化炭素(CO)やメタン(CH4)、ギ酸(HCOOH)、メタノール(CH3OH)などへと変換することができる。
- 平衡
可逆的な反応で、順方向の反応と逆方向との反応の速度が等しくなり、反応物も生成物も見かけ上、濃度が変化しない状態を言う。この平衡は、反応、濃度、温度、圧力などに依存しており、条件が変わると平衡が移動する。反応物への転化率は平衡により制約を受け、平衡状態での転化率以上に反応は進まない。
- 触媒
特定の化学反応を促進させる物質。この場合、直径約2ナノメートルのPtナノ粒子がモリブデン酸化物上に高分散に固定化されており、Ptナノ粒子はH2を、モリブデン酸化物はCO2をそれぞれ活性化する役割を担っている。
- 表面プラズモン共鳴効果
金属ナノ粒子に存在する自由電子は特定の波長を持つ光と共鳴することで集団振動を引き起こす。この高いエネルギーを持った自由電子を利用することで反応物の還元反応を促進したり、金属ナノ粒子の表面に増強された電場や加熱場を形成するなどの影響を及ぼす。モリブデン酸化物やタングステン酸化物などの卑金属酸化物でも同様の現象が観察されることが知られている。