「わかってくれる」と、関わりたくなる
社会から偏見・差別を減らすには
研究成果のポイント
概要
大阪大学国際教育交流センターの井奥智大特任助教(常勤)、大学院人間科学研究科の綿村英一郎准教授の研究グループは、人が「相手が自分のことをわかってくれる」と思った場合に、その相手への見方やイメージがどのように変化するのか、またその変化の心理的要因を心理学実験により解明しました。
実験の結果、「相手がわかってくれる」と思うことにより、相手に対する偏見が減ることで、積極的に相手と関わろうとする傾向がみられることが明らかになりました。これまでの研究でも、「相手がわかってくれる」と思う心理が人の行動や集団同士の関係において重要なファクターとなることが明らかにされていましたが、その心理変化のプロセス、メカニズムを示したのは本研究が初めてです。
本研究の成果を踏まえれば、外国人が日本語を学習し、日本のことを理解していることを発信することで、外国人に対する差別問題を減らせる可能性があります。この意味で、大阪大学の留学生日本語プログラムのような取り組みが広く知られることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Scientific Reports」に6月7日に公開されました。
研究の背景
友人、上司、パートナーなど、相手が「自分のことをわかってくれない」、もしくは逆に「わかってくれる」と感じたことはありませんか(図1)?前者は辛い経験ですが、後者は人間にとって最も大きな喜びの一つ言われています(カール・ロジャーズ著書「On becoming a person」)。
最近の研究により、「わかってくれる」という心理は、その人の行動にも影響を与え、国家や世代間等の特定のグループ、集団同士の関係においても重要なファクターとなることが明らかにされています。例えば、「高齢者は若者のことを理解してくれる、わかってくれる」と思う若者は、高齢者と積極的に関わろうとする傾向があります。これは、「わかってくれる」という心理が、集団間関係に良い影響をもたらしたと考えられます。
逆のケースもあります。「イングランド人はスコットランドの文化を理解していない」と考えていたスコットランド人は、スコットランドのイギリスからの独立を支持していたという先行研究があります。これは、「わかってくれる(わかってくれない)」という心理が排他的に働いた例です。
このような先行研究はありつつも、「わかってくれる」と思うことが良い集団間関係につながるプロセス、メカニズムについて、詳細に解明した研究はありませんでした。
そこで、本研究は日本人と中国人の集団関係を題材に、このプロセスの解明に取り組みました。これまで、国勢調査により日本人が中国人に対してあまり良いイメージをもっていない傾向があることが示されています。この研究は、そういったイメージを払拭する糸口ともなりうると考えました。
図1. 友人がわかってくれない場面のイメージ。
研究の内容
「相手が自分のことをわかってくれる」という心理がなぜ集団間の関係に良い影響をもたらすのかについて、これまでの知見を踏まえると以下の3つの仮説が考えられました。
1.相手グループが自分のグループを肯定的に捉えてくれると思うから
2.相手グループに親しみを感じるから
3.相手グループに対してあまり偏見をもたなくなるから
この仮説の検証のため、研究グループは日本人476名を対象とした実験を行いました。「中国人は日本人のことをわかってくれる」と思った場合に、日本人が中国人に対して抱くイメージがどう変化するのかを調べました。具体的には、新聞記事等を参考に「中国人が日本のことを理解している/誤解している」という2パターンの内容の記事を作成し、そのどちらかの記事を参加者に読んでもらいました。その後、「中国人とより関わりたいと思うか?」など、中国人について抱くイメージについて詳細に質問しました。
実験の結果、「中国人が日本のことを理解している」という記事を読んだ場合には、「誤解している」という記事を読んだ場合と比べ、被験者は中国人とより積極的に関わろうとする傾向がみられました(図2)。
さらに、その心の働きの要因は、「中国人が日本のことを肯定してくれる」と感じることで、「中国人に対する偏見が減るため」であり、仮説1「肯定的に捉えてくれると思うから」、仮説2「親しみを感じるから」よりも、仮説3の可能性が相対的に高いことを解明しました(図3)。
この結果は「わかってくれた相手に対して、自分もわかろうとする」という返報性が強く働いたのではないかと考えられます。ただ一方で、「相手が自分のことをわかってくれる」と思うことで、相手が「肯定的に捉えてくれる」と感じ、その結果、偏見が減り、相手と関わりたくなったという可能性もあります。そのため、「わかってくれる」と思うと、相手への見方がどう変わるかを理解するには、さらに研究が必要です。
図2. 日本に関する中国人の誤解・理解を記述した記事を読んだ場合に、日本人が中国人と関わりたいと思う程度。上に行くほど関わろうとする意図が強い
図3. 偏見が減ること、親しみを感じること、肯定してくれると思うことに関する間接効果の推定結果。 右に行くほど効果が大きい
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
外国人に対する差別問題はメディアで頻繁に取り上げられています。本研究の結果をこの文脈で捉えなおすと「外国人が日本のことをわかってくれている」という心理があれば、日本人の外国人に対する偏見は減少し、外国人に対しより関わりたいなど心理的によいインパクトを与えることができる」ということになります。具体的には、日本語を学び、日本の文化や社会を理解しようとする外国人がいることを伝えていくことで、そうした差別を減少できる可能性があります。そのような取り組みについて、例えば、大阪大学国際教育交流センターではJ-ShIPなど日本語学習を目的とした留学生日本語プログラムを実施しています (https://ciee.osaka-u.ac.jp/short-term_programs/short_stay_programs/)。こういった取り組みがメディアなどを通じて社会に拡散していくことで、長期的には差別問題を減らすことにつながると期待されます。
特記事項
本研究成果は、米国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に6月7日に掲載されました。
タイトル:“An experimental study of the process of felt understanding in intergroup relations: Japanese and Chinese relations in Japan”
著者名:Tomohiro Ioku, and Eiichiro Watamura
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-63227-0
なお、本研究は日本グループ・ダイナミックス学会の支援を受けて、実施されました。