領有権が脅かされると、日本人はどう思う?
どう思うかは政治的思想により異なるか?
研究成果のポイント
概要
大阪大学国際教育交流センターの井奥智大特任助教(常勤)、大学院人間科学研究科の綿村英一郎准教授の研究グループは、領有権が脅かされると、日本人は自分たちの領土について不安を抱き、この不安の程度は政治的思想により異なることを明らかにしました。
これまで領有権が脅かされたときの領土に対する不安について、同様の研究が行われています。ただし、日本と中国という東アジアの文脈でこの不安が他の不安より強いことを示したのは本研究が初めてです。また、政治的思想によってこの不安を感じる程度が異なることもわかりました。
このような実証的研究をもとに、中国に「将来、日本からの協力が期待しにくくなる」というメッセージを送ることで、領有権の侵害における心理的抑止となると期待されます。そして、それが日本と中国との関係を再考する一つのきっかけになる可能性があります。
本研究成果は、米国科学誌「Peace and Conflict」に1月14日に公開されました。
研究の背景
ニュースで「日本の領有権が侵害されている」と報道されることがあります(図1)。例えば、中国海警局の船が尖閣諸島周辺の領海に侵入したと最近の記事でも書かれていました。
ニュースで「日本の領有権が侵害されている」と聞くとどう思いますか?これまでの研究では、領有権が脅かされると、人は自分の領土がとられると不安を感じ、直接的または間接的に防衛反応をとることがわかっています。
ただし、みんな同じように不安になるとは限りません。
人によって思想が違い、自由主義者と呼ばれる人は自由に物事を考える一方、保守主義者と呼ばれる人は伝統を大切にします(図2)。意外かもしれませんが、保守主義者は脅威刺激に対する反応が鈍く、自由主義者の方がより強く不安になると考えられています。
西洋の研究でこのような考えを裏付ける結果が得られているものの、東アジアでも同様の結果が得られるかは不明です。また、領有権が侵されることによって、領土が奪われること自体に不安を覚えるのか、領土に伴う資源や文化の損失について不安を覚えるのかも十分な見解が得られていません。さらに、このような不安の程度が政治的思想によって異なるのかもわかっていません。
図1. 領有権の侵害イメージ。
図2. 自由主義者と保守主義者のイメージ。ロバは自由に物事を考える自由主義者、一方で象は伝統を大切にする保守主義者を表現している。
研究の内容
研究グループは実験(被験者:810人)により、領有権が脅かされると日本人がどう思うのかを調べました。実験では、中国の行為により日本の領土、経済、または文化が失われるという記事を参加者に読んでもらいました。日本の領土、経済、または文化、どれについての記事を読むかは無作為に割り当てました。そのあと、各側面についてどの程度脅威となるかを評価してもらいました。日本が中国の政策に協力することに賛成か反対か、自由主義か保守主義かについても評価してもらいました。
その結果、領土についての記事を読む場合、日本人は「私たちの領土が取られるのでは?」と不安になる傾向がありました。また、そう思うことで、「日本人は中国には協力しないほうがいい」との考えを持つことも明らかになりました。(図3)
しかし、面白いことに、みんなが同じように不安になるわけではありませんでした。もともと不安の低い自由主義者のほうが、保守主義者よりも、この問題について不安を高めていました(図4の勾配)。この傾向は、日本人であっても西洋の研究成果と同様の傾向を示しました。
なお、経済や文化に関する記事を読む場合も、各側面について不安になってはいたものの、中国への協力に抵抗感が高まるという結果は得られませんでした。
これらの結果から、領有権を侵害する行為は日本人に脅威を抱かせ、そのような脅威があると他国への協力をためらう心理があること、そしてその心理は政治的思想によって異なることが明らかになりました。
図3. 領土に対する不安と中国に協力することの抵抗感。直線の勾配はその不安が高いほどどれだけ抵抗感が高いかを示す。
図4. 実験操作による領土に対する不安の違い:+1SDは保守主義、-1SDは自由主義。直線の勾配は統制条件より実験条件でどれだけ不安が高いかを示す。実験条件では日本の領土を失うという記事を読み、統制条件はそのような記述のない記事を読んだ。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究のような実証的知見を通じて、「将来的に日本からの協力を得られにくくなる」というメッセージを中国に伝えることができれば、中国が領有権を侵害することに対する中国側の心理的な抑止力になり、日中関係を見直すひとつの契機になると考えています。また、外国との領土争いによって、一般市民の行動や、外交政策の賛否がどのように形成されるのかを理解することに役立つと期待されます。もちろん、現実の国際関係には政治や経済状況などが関わってきますが、国家を構成するものは人であることから、人々の心理を理解することも重要であると考えています。
特記事項
本研究成果は、米国科学誌「Peace and Conflict」(オンライン)に1月14日に掲載されました。
タイトル:“Cultural Invariance and Ideological Variance of Collective Ownership Threat in Intergroup Relations”
著者名:Tomohiro Ioku, and Eiichiro Watamura
DOI:https://doi.org/10.1037/pac0000707
なお、本研究は、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム、日本グループ・ダイナミックス学会の支援を受けて、実施されました。