ナノポアセンサ×ペプチド工学でインフルエンザウイルスを1個レベルで認識する新規ナノバイオデバイスの開発に成功!
研究成果のポイント
・1個の粒子を検出できるナノポア センサとペプチド 工学を組み合わせることで、1粒子レベルでウイルスを認識する新規ナノバイオデバイスを創出。
・AI技術に基づいた電流信号解析を応用し、ナノポア内における1個のウイルスとペプチド分子との分子間相互作用の差異によるインフルエンザウイルスの高精度型識別に成功。
・1粒子・分子イムノクロマトグラフィー 技術への応用展開が期待される。
概要
大阪大学産業科学研究所の川合知二特任教授・鷲尾隆教授・筒井真楠准教授・有馬彰秀特任助教(常勤)と、東京工業大学物質理工学院応用化学系の大河内美奈教授らの研究グループは、ナノポアセンサとペプチド工学を融合させることで、インフルエンザウイルスを1個レベルで認識することが可能な新規ナノバイオデバイスの開発に成功しました。
従来、ウイルス検査キットに用いられる認識分子 は、1対1の抗原抗体反応 に基づくものであり、その優れた分子選択性 を通して簡便な感染症診断を可能にする一方で、原理的に1種類の認識分子について、1種類の検出対象物にしか用いることができませんでした。
今回、川合特任教授らの研究グループは、ペプチド工学を駆使し、ナノポアセンサに適合したペプチドプローブ を合成しました。このペプチド分子は、従来のイムノクロマトグラフィー技術のコンセプトとは大きく異なり、あえてインフルエンザウイルスと弱い相互作用を示すものに設計しました。さらに、金薄膜で作製されたナノ細孔(ナノポア)を新たに開発し、その壁面にペプチドプローブを修飾しました。その結果、ナノポアを通るイオン電流 を計測するナノポア法を用いた単一ウイルス粒子検出において、ウイルス-ペプチドの分子間相互作用の度合いに応じたナノポア通過時間の延長に成功しました。加えて、機械学習によるパターン認識 技術をイオン電流 信号解析に応用することで、本デバイスがインフルエンザの型判定に有用であることを実証しました。この分子認識ナノポアセンサは、ポアの大きさを変えるだけでDNAから細菌まであらゆる対象物質に応用可能な原理を有することから、今後、1粒子・分子イムノクロマトグラフィー技術への広い展開が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」に、平成30年11月26日(月)に公開されました。
図1 ウイルス認識ナノポアによる単一インフルエンザウイルス粒子検出
研究の背景
研究グループはこれまでに、認識分子を用いない従来の固体ナノポアによる計測と、機械学習によるシグナル解析を組み合わせることで、1個のインフルエンザウイルスの高精度識別に成功しています(DOI:10.1038/s41598-018-34665-4)。一方、この手法に、さらにイムノクロマトグラフィーのような検体認識技術を利用することで、特定の検体のポア通過時間(シグナル波幅)を延長することができ、これによりシグナル判別が容易なものになることから、さらなる高精度化が可能になると考えられていました。
しかし従来の簡易ウイルス検査キット等に応用されているイムノクロマトグラフィーでは、抗原抗体反応に基づく強力な分子選択性が利用され、その効果で簡便な分析が可能になる一方で、この技術をナノポアセンサにそのまま応用しようとすると、認識分子と検出対象物質間での強い吸着力によって、対象物はナノポア内を通過することなくポア内でトラップされてしまう、という弊害がありました。
そこで今回の研究では、この弊害を乗り越え、イムノクロマトグラフィー技術をナノポアセンサに応用するために、あえて検出対象ウイルスと弱く相互作用するペプチドプローブを設計・合成するとともに、ポア内壁へ当該プローブを固定しました。そして、ウイルス―ペプチド間でのわずかな分子間相互作用の差異を、ナノポア計測と機械学習で識別するという戦略を取ることで、ナノポアというナノ空間を活用した1粒子-少数分子間の認識に基づく新しいウイルス識別法の開発に成功しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本認識機構は1粒子-少数ペプチド分子間の相互作用に基づくことから、従来の多数の検体と多数の認識分子から脱却した、1粒子レベルの分析が可能なイムノクロマトグラフィー技術への展開が期待されます。
特記事項
本研究成果は、2018年11月26日(月)に米国科学誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Identifying Single Viruses Using Biorecognition Solid-State Nanopores”
著者名:Akihide Arima, Ilva Hanun Harlisa, Takeshi Yoshida, Makusu Tsutsui, Masayoshi Tanaka, Kazumichi Yokota, Wataru Tonomura, Jiro Yasuda, Masateru Taniguchi, Takashi Washio, Mina Okochi, and Tomoji Kawai
なお、本研究は、本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の一環として実施したものです。
参考URL
大阪大学 産業科学研究所 バイオナノテクノロジー研究分野
http://www.bionano.sanken.osaka-u.ac.jp/
ImPACT宮田プログラム公式HP
http://www.jst.go.jp/impact/hp_miyata/index.html
用語説明
- ナノポア
ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔。
- ペプチド
アミノ酸がペプチド結合した分子。多彩な生理機能を有している。
- イムノクロマトグラフィー
抗体を固定化した膜上に、抗原を含む試料溶液を毛細管現象により膜に浸透させることで、抗原抗体反応によって対象の抗原を捕捉し、その複合体を目視で観測する手法。臨床現場で使用されているインフルエンザキットはこのタイプのものが多く使用されている。
- 認識分子
検体に対し、特異的に強く相互作用する分子。
- 抗原抗体反応
生体内において、非自己の物質(抗原)が侵入した際、それに対応して作られる対抗物質(抗体)間の結合反応のこと。生体における免疫機能として働く。
- 分子選択性
特定の分子とのみ相互作用する性質
- プローブ
検体との特異的な相互作用を利用して、当該検体の検出を可能にするために用いる物質。
- イオン電流
電荷を持った原子・原子団(イオン)の運動によって生じる電流。本研究では、ナノポアを挟んで電圧を印加することで、イオンをナノポアに強制的に通過させる。ウイルスがポアを通過する際、ポア内のイオンはウイルスの体積によって排除されるので、瞬間的にイオンの流れが阻害され、電気的なシグナルとして検出できる。
- パターン認識
入力情報をパターンとして蓄積し、新規の入力情報と照らし合わせ、予め定められた複数のクラスのうちの一つに対応させること。本研究では計測されたインフルエンザウイルスのイオン電流シグナルが入力情報に、型がクラスに相当する。