日本初、脊髄髄膜瘤の母体を介した胎児手術に成功
革新的な方法での脊髄髄膜瘤治療
研究成果のポイント
- 日本で初めて、母体を介した胎児脊髄髄膜瘤手術に成功
- 胎児脊髄髄膜瘤手術は米国で開発され、治療の選択肢として普及しつつあるが、日本では技術面や管理面で実施が難しかった
- 現在、日本での標準治療として行われている新生児期の髄膜瘤閉鎖術に比べて、胎児手術では胎児の下肢機能や水頭症の改善が期待できる
概要
大阪大学医学系研究科 遠藤誠之 教授らを中心とする大阪大学医学部附属病院胎児診断治療センター・国立成育医療研究センター胎児診療科の共同研究グループは、妊娠中に脊髄髄膜瘤と診断された胎児に対して先進的な胎児手術(母体開腹・子宮開放胎児脊髄髄膜瘤閉鎖術)を行い成功しました。2021年4月に日本で初の手術を行い、2024年4月までに計6件の手術を行いました。
脊髄髄膜瘤は妊娠中に神経障害が進行することが知られており、生まれた後に行う治療では神経機能を改善させることはできません。海外では脊髄髄膜瘤の胎児手術は標準治療のひとつとなっていますが、本邦では技術的に難しく、かつ高度な周術期管理を要するため実施が困難でした。
今回、遠藤教授らの臨床グループは、妊娠25週にキアリII型奇形を伴う脊髄髄膜瘤と診断された胎児に対して母体に開腹手術をおこない胎児脊髄髄膜瘤閉鎖術を行いました(図)。
今後、生涯に渡る神経障害を軽減できる治療として、胎児手術が普及することが期待されます。
図. 胎児手術の概略図 子宮内の胎児に対して、母体の全身麻酔下に開腹し、妊娠子宮を露出した後、子宮の一部を切開して胎児の脊髄髄膜瘤を閉鎖しました。その後胎児を子宮内に戻して妊娠を継続させました。
実施の背景と本治療成果について
胎児脊髄髄膜瘤に対して、神経障害が軽度である妊娠中に治療をする胎児脊髄髄膜瘤閉鎖術は米国で開発されました。現在、海外の主要な胎児治療実施施設では標準治療の一つの選択肢として実施されています。しかし、日本においては、妊娠早期での診断率が高くないこと、母体に対して最小限の侵襲で行う事を目標にしていること、高度な周術期管理を要し、かつ技術的に難しいことなどから、これまで実施されていませんでした。
今回、遠藤教授らの胎児診断治療センターでは、AMED 日本医療研究開発機構 難治性疾患実用化研究事業からの研究資金提供を受けて、妊娠26週未満で診断された脊髄髄膜瘤の胎児に対して母体開腹・子宮開放胎児髄膜瘤閉鎖術を実施しました。これにより、当該患者さんはキアリII型奇形が改善し、下肢運動機能が改善し、生涯にわたる神経障害を軽減することができました。また、脳室腹腔シャントを必要とする患者さんの割合が減少しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本治療成果は、胎児期における脊髄髄膜瘤治療の新たな道筋となり、生後のクオリティーオブライフの向上に寄与するとともに、同様の診断を受けた他の胎児・家族への希望となることが期待されます。同時に、諸外国と比較して改善の余地がある日本の胎児診断率について、胎児手術が治療選択肢になることで、その胎児診断率が改善することにつながると考えられます。
用語説明
- 脊髄髄膜瘤
脊髄髄膜瘤とは、脊髄の発生で生じる病態で、腰部や仙尾部で皮膚や骨が正中で閉じなかったために、脊髄が体表で露出している先天性疾患です。そのために、キアリII型奇形と呼ばれる小脳虫部の一部、延髄などが下垂してしまう病態や、水頭症と呼ばれる側脳室に脳脊髄液が貯留する病態を呈する他、下肢、膀胱、直腸肛門をつかさどる神経機能が低下します。水頭症治療として脳室腹腔シャントを高率に必要とするほか、下肢運動機能、膀胱直腸障害など生涯にわたる症状を呈します。
- 母体開腹・子宮開放胎児脊髄髄膜瘤閉鎖術
母親のおなかを開けて、妊娠している子宮を露出し、子宮の一部を切開して、子宮内の胎児の背中を一部露出し、脊髄髄膜瘤を閉じる手術を行います。手術後は、胎児を子宮内に戻して妊娠を継続します。