「骨盤臓器脱」ひとりで悩まないで
「ちょっとミミヨリ健康学」Column Entry No.012
医学系研究科 保健学専攻 母性胎児科学研究室 教授 遠藤誠之
身近な健康・医療情報を、大阪大学の研究者がちょっとミミヨ リとしてお届けするコラム。
「そうなんですか…。私の今の状況は骨盤臓器脱だったんですね。治療する方法もあるんですね…、よかった…本当によかった…(涙)」
今から約30年前、まだ私が産婦人科医師になりたての頃、産婦人科外来を訪れた一人の女性が流した涙のことを私は今でも忘れることができません。その女性は、もう数年前から股間に何かが挟まっている違和感とともに、頻尿や尿もれのため、ほとんど外出もできず、誰かに相談することもできず、ずっと自宅に引きこもっておられたそうです。ようやく勇気を振り絞って産婦人科外来を受診したときに、たまたま私が診察させていただいたのでした。
骨盤臓器脱とは、膣から膀胱や子宮、腸など骨盤内の臓器が出てくる状態のことです。症状は、陰部に何かが下りている感覚や腹部の不快感です。また、膀胱が下がることによって、頻尿、残尿感、尿が出にくい、尿漏れなどの症状が引き起こされます。その他、便が漏れる、便が出にくいなどの症状が出ることもあります。患者さんはこのような症状により、近所への買い物さえ安心して出かけられないなど、日常生活を大きく制限されることもしばしばです。
実は、骨盤臓器脱は女性ならば誰しもが経験する可能性があります。女性ならではの骨盤底の形と、出産、加齢、閉経、肥満などが原因になります。海外の報告では、出産した女性の約半分が「骨盤臓器脱」を経験するとのデータや、50歳以降の女性の約半数に「骨盤臓器脱」を認めるとのデータも出ています。
このように多くの方が骨盤臓器脱になっているにも関わらず、骨盤臓器脱についてはあまり知られていません。なぜなら、症状のある場所が下腹部周辺であるため、長い間誰にも相談できず、症状を我慢されている方が多くいらっしゃるからです。このことは日本だけに限らず、世界的でも同様のことが言われています。
骨盤臓器脱は、適切な治療によって症状を改善できる可能性があります。症状を抱える方々だけでなく、将来骨盤臓器脱になる可能性がある全ての女性、そして女性の周囲にいる全ての方々に骨盤臓器脱を知っていただくことで、骨盤臓器脱を相談しやすい環境・社会となり、冒頭の女性のように、孤独に悩み苦しむ女性が、一人でも減っていけばと心から願っています。
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大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻 母性胎児科学研究室
本研究室では、日々多くの妊婦さんとご家族、お腹の中の赤ちゃんに向き合い、胎児診断や胎児治療、胎児の死へのグリーフケアの研究を行っています。また、よりよいお産・よりよい育児環境づくりを進めるため、胎児モニタリングシステムの開発や、出産をめぐる医療・文化・社会学的研究、子育て支援研究など、幅広い視点で胎児を研究しています。
https://sahswww.med.osaka-u.ac.jp/~saiken/endo-lab/index.html
【前回】ちょっとミミヨリ健康学⑪ 「労働生産性を低下させないための花粉症治療」
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/story/2023/nl88_mimiyori_vol11
大阪大学NewsLetter
阪大StroyZ
阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”。その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
(本記事の内容は、2023年9月発行の大阪大学NewsLetter89号に掲載されたものです )