自然免疫のように働くT細胞「MAIT細胞」の自己抗原を発見

自然免疫のように働くT細胞「MAIT細胞」の自己抗原を発見

捨てられるべき対象を再利用して免疫細胞を分化・維持する戦略を明らかに

2024-1-26生命科学・医学系
微生物病研究所教授山﨑 晶

研究成果のポイント

  • 自然免疫型T細胞の一つであるMAIT細胞が認識する内因性の自己成分(自己抗原)を初めて発見した。
  • MAIT細胞が認識する自己抗原は、これまで胆汁酸を体外に排泄するための誘導体と考えられていた硫酸化胆汁酸(Cholic acid 7-sulfate, CA7S)であった。
  • CA7S及びそのアナログを利用してMAIT細胞の機能を制御することで、免疫系の過剰な活性化に伴う自己免疫疾患の治療への応用が期待される。

概要

大阪大学微生物病研究所の伊東瑛美さん(医学系研究科博士課程)、山﨑晶教授(免疫学フロンティア研究センター、感染症総合教育研究拠点、ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS 研究センター兼任)らの研究グループは、免疫細胞が自己由来の胆汁酸化合物を認識することを明らかにしました。

MAIT細胞は、ヒトにおいて最も多いT細胞サブセットであり、様々な疾患への関与が報告されています。MAIT細胞はタンパク質を認識する「通常」T細胞とは異なり、細菌由来のビタミン代謝物を抗原として認識し活性化します。一般にT細胞は、細菌など非自己の構成成分に強く反応する一方で、自己の構成成分(自己抗原)を「弱く」認識することで外敵を見分けることが可能になると考えられていますが、MAIT細胞の自己抗原は不明でした。

今回、研究グループは、胆汁酸化合物である硫酸化胆汁酸Cholic acid 7-sulfate (CA7S)をMAIT細胞の初めての自己抗原として同定しました(図1)。CA7Sは免疫系を強く活性化するのではなく、むしろ分化や維持、組織修復に働くことが明らかとなりました。CA7Sを利用してMAIT細胞の機能を制御できれば、免疫疾患の治療薬としての可能性が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Science Immunology」に、1月26日(金)午後4時(日本時間)に公開されました。

20240126_1_1.png

図1. 既知抗原と本研究で発見した新規抗原の構造と機能の差異

研究の背景

MAIT細胞は自然免疫型T細胞のひとつで、自然免疫と獲得免疫の中間的な役割を果たし、両者の橋渡しを担う細胞集団です。病原体特有の代謝物を、インバリアントT細胞受容体で認識することで迅速な免疫応答を可能にしています。しかしながら、無菌マウスでもMAIT細胞が存在することから、内在性の自己抗原があることが示唆されていましたが、その実体は長年不明でした。

研究の内容

研究グループでは、カラムクロマトグラフィーを用いた分離・分取手法と鋭敏なレポーター細胞を組み合わせた独自のスクリーニングシステム(図2)により、MAIT細胞を活性化させる画分をマウス臓器から検出しました。質量分析、NMR解析を用いた構造解析により、この活性画分には硫酸化胆汁酸CA7Sが含まれることが判明しました。

20240126_1_2.png

図2. MAIT細胞の新規抗原探索プラットフォーム

実際に合成CA7Sは、MAIT細胞を活性化させたことから、CA7SがMAIT細胞の初めての自己抗原であることが判明しました(図3)。

20240126_1_3.png

図3. MAIT細胞の新規自己抗原としての硫酸化胆汁酸CA7S

CA7Sは、硫酸化転移酵素Sulfotransferase 2a (Sult2a)によってコール酸から生合成されます。そこで、この酵素を欠損させたSult2a欠損マウスを作製しました。このマウスでは、胸腺中のMAIT細胞が顕著に減少していたことから、CA7SがMAIT細胞の分化に重要であることが示唆されました(図4)。胆汁酸の硫酸抱合はこれまで、胆汁酸が持つ両親媒性膜毒性を中和して排泄を促す、いわば「廃棄物処理」の過程と考えられており、積極的な役割は想定されていませんでした。捨てられるべき対象を再利用して免疫細胞系譜の分化・維持に活用する生体の巧妙な仕組みが明らかとなりました。

20240126_1_4.png

図4. 自己抗原CA7SのないマウスにおいてMAIT細胞の分化が劇的に障害された

また、CA7Sは、マウスのみならずヒトでも機能することがわかりました。ヒト末梢血中のMAIT細胞をCA7Sで刺激したところ、増殖を誘導することなく生存延長を誘導しました。この性質は病原体由来の抗原(5-OP-RU)とは全く異なるものでした。さらにCA7Sは、炎症性遺伝子よりもむしろ恒常性維持に関わる遺伝子群を誘導することが判明しました(図5)。すなわち、胆汁酸の排泄体は、末梢組織においては、MAIT細胞の生存・維持を司ることが明らかとなりました。

20240126_1_5.png

図5. 自己抗原CA7SはMAIT細胞の恒常性維持に寄与する

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、さまざまな波及効果が期待されます。生物学的には、胆汁酸代謝物によるT細胞分化の制御機構や、免疫系による新たな組織修復応答を明らかにできる可能性があります。医学的には、CA7Sは自己免疫疾患のバイオマーカーとして有望であるとともに、CA7S及びその誘導体はMAIT細胞の異常活性化に伴う自己免疫疾患の治療への応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2024年1月26日(金)午後4時(日本時間)に米国科学誌「Science Immunology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Sulfated bile acid is a host-derived ligand for MAIT cells”
著者名:Emi Ito, Shinsuke Inuki, Yoshihiro Izumi, Masatomo Takahashi, Yuki Dambayashi, Lisa Ciacchi, Wael Awad, Ami Takeyama, Kensuke Shibata, Shotaro Mori, Jeffrey Y. W. Mak, David P. Fairlie, Takeshi Bamba, Eri Ishikawa, Masamichi Nagae, Jamie Rossjohn and Sho Yamasaki*(*責任著者)

本研究は、科学研究費補助金研究 学術変革領域研究(A)「生体防御における自己認識の「功」と 「罪」(研究代表者:山崎晶)」、日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)『画期的医 薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明』研究開発領域における 研究開発課題(研究開発 代表者:山崎晶)、などの支援を受け、京都大学、九州大学、モナシュ大学、クイーンズランド大学の共同研究チームによって実施されました。

用語説明

自然免疫型T細胞

免疫系は好中球やマクロファージなどの貪食細胞が中心となる自然免疫と、リンパ球が中心となる獲得免疫にわかれるが、自然免疫型T細胞は、この中間的な役割を担う。これまでにnatural killer T (NKT)細胞やγδT細胞、mucosal-associated invariant T(MAIT)細胞などが知られている。生体防御における働きや、がんなどの様々な疾患への関与が報告されているが、その分化や活性化機構については不明な点が多い。

MAIT細胞

自然免疫型T細胞の一種。ヒトでは最も豊富な抗原特異的T細胞であり、肝臓に多く存在する。

自己抗原

リンパ球が免疫受容体を介して認識する自分自身の成分。

インバリアントT細胞受容体

獲得免疫系として機能するT細胞がもつT細胞受容体(TCR)は多様性を持ち(variant)、病原体などの外来成分を特異的に認識するのに対し、MAIT細胞のTCRは多様性が少なく(invariant)、自然免疫受容体のように機能する。

カラムクロマトグラフィー

化合物の精製法の一つ。筒状の容器に充填剤をつめ、これに混合物を流すことで、混合物から目的の化合物を分離・精製する手法。