新型コロナワクチン接種後の抗体産生維持に働くT細胞を同定
ワクチンによる抗体持続性の予測が可能に
研究成果のポイント
- 新型コロナワクチン接種後の抗体産生維持期間は人により異なるが、持続的な抗体産生に働く要因はよく分かっていなかった。
- 抗体価「維持者」と「減少者」のT細胞を比較し、ワクチン接種後の抗体産生維持に働くT細胞は濾胞性ヘルパーT(Tfh)細胞であることを明らかにした。またこのT細胞が認識する抗原エピトープを同定した。
- ワクチン接種後のT細胞の特徴を見ることで、抗体価の持続を予測できる可能性がある。また、Tfh細胞誘導性の免疫賦活剤やT細胞エピトープを用いたワクチンは、新型コロナウイルスのみでなく、抗体が感染防御に重要な他の感染症に対しても有望なワクチンとなることが期待される。
概要
大阪大学微生物病研究所 山﨑晶教授(免疫学フロンティア研究センター、感染症総合教育研究拠点、ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS 研究センター兼任)、石川絵里助教、免疫学フロンティア研究センター 陸修遠 特任研究員(常勤)らの研究グループと、大阪大学大学院医学系研究科の林宏樹寄附講座准教授、中神啓徳寄附講座教授(ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS 研究センター兼任)らの研究グループは、新型コロナワクチン接種後の抗体産生維持にT細胞のうち濾胞性ヘルパーT(Tfh)細胞が重要であることを明らかにしました。
新型コロナmRNAワクチンを接種するとスパイクタンパク質(Sタンパク質)に対する抗体産生が誘導されますが、抗体価は半年も経てば低下してしまいます。しかしこの低下率は人によって異なり、持続的な抗体産生に働く要因はよく分かっていませんでした。
今回、研究グループは、抗体価「維持者」と「減少者」のT細胞を単細胞レベルで経時的に解析することにより、抗体価「維持者」ではワクチン接種後早期にTfh細胞が誘導されることを明らかにしました(図1)。また、このT細胞が認識するSタンパク質のエピトープを多数同定しました。ワクチン接種前から存在する、微生物抗原に交差反応性を示すSタンパク質反応性T細胞は、ワクチン接種後には減少してしまうため、Sタンパク質に対する抗体産生誘導に働くT細胞はワクチン接種により誘導されたT細胞であると考えられました。今回同定したT細胞エピトープはブースターワクチンへの応用が期待されるとともに、本研究から得られた知見により、Tfh細胞誘導性のワクチンは、抗体が感染防御に働く他の感染症においても有望なワクチンとなることが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「eLife」に、5月8日(水)に公開されました。
図1. ワクチン接種によりTfh細胞が多く誘導されたヒトでは、抗体価が維持される
研究の背景
新型コロナmRNAワクチン接種によりSタンパク質を認識する抗体の産生が誘導されますが、抗体価は半年も経てば低下してしまうため、繰り返し接種が必要であるのが現状です。また、ヒトによっても抗体価の低下率は異なっています。これまで抗体価の持続におけるT細胞の役割は指摘されていましたが、どのようなT細胞が重要であるかまでは分かっていませんでした。
研究の内容
研究グループでは、新型コロナワクチン接種前後に経時的に採取したドナー末梢血を、シングルセルTCR/RNAシークエンス解析技術を用いて単細胞レベルで解析することにより(図2)、ワクチン接種後の抗体価「維持者」では、ワクチン接種後早期にTfh細胞が誘導されることを見出しました(図3)。
この結果と、鋭敏なレポーター細胞を組み合わせた独自の手法(図2)により、抗体価「維持者」と「減少者」でよく増えていたT細胞が認識するSタンパク質エピトープを同定しました(図4)。抗体価「維持者」ではSタンパク質反応性T細胞の半数以上がTfh細胞でしたが、抗体価「減少者」ではわずか15%ほどであり、抗体価の維持にはワクチン接種後早期のTfh細胞の誘導が重要であると考えられました。
また、シングルセルTCR/RNAシークエンス解析により、ワクチン接種前の末梢血中にもSタンパク質反応性T細胞が存在することが分かりました。これらの多くは、共生微生物や環境中の微生物に交差反応性があり、Tfh細胞以外の種類のT細胞が多く(図5)、ワクチン接種後にはむしろ減少していました。一方、ワクチン接種後に増殖したSタンパク質反応性T細胞は、ワクチン接種前の末梢血中にはほとんど検出されなかったことから、ワクチン接種によって増殖、活性化したSタンパク質反応性Tfh細胞が抗体価維持に寄与していることが示唆されました。
図2. ワクチン接種ドナーの末梢血T細胞の解析手法
図3. 抗体価維持者におけるSタンパク質反応性Tfh細胞の増殖
図4. ワクチン接種により増殖したSタンパク質反応性T細胞の種類と、T細胞が認識するエピトープ
図5. ワクチン接種前に存在するSタンパク質反応性T細胞の種類とエピトープ
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果から、ワクチン接種により誘導されたT細胞の特徴を見ることで、抗体価の持続を予測できることが考えられます。これにより、ワクチンや薬剤の供給が限られる場合には、抗体価を持続できない人に優先的にブースターワクチン接種を行うなどの対応が可能となります。また、本研究にて同定したTfh細胞が認識するSタンパク質エピトープは、Tfh細胞を効率的に誘導するブースターワクチン抗原としての応用が期待されます。
さらに本研究成果により、ワクチン接種による抗体産生を持続させるためにはTfh細胞応答を高めることが有効であると示唆されたことから、Tfh細胞誘導性の免疫賦活剤やエピトープを用いたワクチンは、抗体が感染防御に重要な役割を果たす他の感染症に対しても有望なワクチンとなることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2024年5月8日(水)に英国科学誌「eLife」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Early acquisition of S-specific Tfh clonotypes after SARS-CoV-2 vaccination is associated with the longevity of anti-S antibodies.”
著者名:Xiuyuan Lu, Hiroki Hayashi, Eri Ishikawa, Yukiko Takeuchi, Julian Vincent Tabora Dychiao, Hironori Nakagami and Sho Yamasaki
DOI:https://doi.org/10.7554/eLife.89999
本研究は、日本医療研究開発機構 (AMED) (JP223fa627002, JP21ym0126049, JP223fa727001, JP23ym0126049)、日本学術振興会 (JP20H00505, JP22H05182, JP22H05183)などの支援を受け実施されました。
参考URL
SDGsの目標
用語説明
- 濾胞性ヘルパーT(Tfh)細胞
二次リンパ組織に存在し、B細胞による高親和性抗体の産生を助けるヘルパーT細胞。
- エピトープ
T細胞やB細胞、抗体によって認識される抗原の一部。
- スパイクタンパク質(Sタンパク質)
新型コロナウイルスの表面に存在するタンパク質で、ウイルスの感染に重要な役割を果たす。多くの新型コロナmRNAワクチンは、Sタンパク質に対する抗体産生を目的としている。
- 交差反応性
T細胞やB細胞、抗体が、その増殖や産生を誘導した抗原以外の抗原エピトープにも反応すること。
- ブースターワクチン
ワクチンの効果を高め、持続させるために追加で接種するワクチン。
- TCR
T細胞抗原受容体。T細胞の細胞表面に発現している抗原を認識する受容体。遺伝子再構成を経て発現し、多様性に富むため、様々な抗原を認識できる。