ゴーシェ病の神経症状発症の新たな分子メカニズムを解明

ゴーシェ病の神経症状発症の新たな分子メカニズムを解明

神経症状に対する有効な治療法開発に期待

2023-2-3生命科学・医学系
微生物病研究所教授山﨑 晶

研究成果のポイント

  • 治療が困難な致死性の遺伝性難病であるゴーシェ病で蓄積するグルコシルセラミドが、ミクログリアの活性化を直接誘導していることを明らかにした。
  • 活性化したミクログリアが神経細胞を食べて(貪食して)しまうことで、神経細胞が減少し、致死性の障害に繋がることが判明した。
  • この新たな経路を、既に承認済みの医薬品でブロックすると神経症状・生存が劇的に改善し、速やかに臨床に応用可能な治療法を見出すことができた(ドラッグリポジショニング)。

概要

大阪大学微生物病研究所の清水隆特任研究員、Charles Schutt博士、山﨑晶教授(免疫学フロンティア研究センター、感染症総合教育研究拠点、ワクチン開発拠点先端モダリティ・DDS研究センター兼任)らの研究グループは、ゴーシェ病発症の分子メカニズムの一端を解明しました。

ゴーシェ病は遺伝子変異によりグルコシルセラミドが全身に蓄積することで、主に小児期に発症する疾患です。合併する様々な臓器障害の中でも中枢神経障害は特に重症ですが、詳細な分子メカニズムは不明で有効な治療法も存在しません。

今回、山﨑教授らの研究グループは、脳内に蓄積したグルコシルセラミドによって直接活性化されたミクログリアが、神経細胞を生きたまま貪食することで神経細胞死を引き起こしていることを明らかにしました(図1)。ゴーシェ病患者でも同様の現象が観察され、FDA承認薬でこの経路をブロックすることで神経症状が改善したことから、ドラッグリポジショニングによる迅速な臨床応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Immunity」に、2月3日(金)午前1時(日本時間)に公開されました。

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図1. 今回見出したゴーシェ病の新たな発症メカニズム
既存の概念(左)に加え、新たな経路が存在し(右)、新たな治療薬の標的となることが示された。

研究の背景

ゴーシェ病はGBA遺伝子の変異によりグルコシルセラミドが分解されず組織中に蓄積することで生じる疾患です。臓器肥大、血液学的異常、骨病変などに加え、我が国では約40%もの患者が致死的な中枢神経病変を伴うと言われております。グルコシルセラミド蓄積による細胞内ストレスが神経細胞死の主なメカニズムとされておりますが、全貌は明らかになっておりません。またゴーシェ病に対して第一選択の酵素補充療法は神経症状に対して効果が乏しく、新規治療法の開発が期待されています。

研究の内容

山﨑教授らの研究グループはこれまでに、グルコシルセラミドがMincleと呼ばれる受容体に認識されることを示してきました(Nagata, et al. PNAS 2017)。ゴーシェ病における本受容体の役割を明らかにするために、ヒトで変異が多発する領域を変異させたマウス(Gbaflox/flox × Nestin-Cre; GbaΔNes)を樹立し、ゴーシェ病様症状を呈することを確認しました(図2)。

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図2. マウスの表現型
3週齢において運動麻痺の生じたGbaΔNesマウス。各週齢における立ち直り反射(righting reflex)が喪失する割合。***p<0.001

本モデルマウスではMincleがミクログリアに高発現しており、またMincle欠損と交配することによりゴーシェ病特有の運動症状と生存が改善することを見出しました。変異マウスにおけるグルコシルセラミドの蓄積はミクログリアの異常活性化を促し、貪食受容体Axlを介した過剰な食作用により神経細胞死を誘導していることが明らかとなりました(図3)。

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図3. 脳組織の免疫染色像
活性化ミクログリア(Iba1: 赤)は変性死した神経細胞(FJC: 緑)だけでなく、生きた神経細胞(NeuN: 青)を異常貪食する(矢印)。

神経細胞は貪食の標的分子(ホスファチジルセリン)を高発現しており、この発現を誘導することが知られている炎症性サイトカインのTNFを薬剤で阻害すると、神経細胞の減少が緩和されました。ゴーシェ病患者の脳組織においても同様の病理像が認められたことから、活性化ミクログリアがゴーシェ病の神経症状を悪化させている可能性が示唆されました。患者でも共通して見られた病態を標的として、ミクログリアの活性化抑制効果のあるミノサイクリンとTNF阻害効果のあるエタネルセプトの併用で治療したところ、神経細胞死が減少し症状が緩和されました(図4)。

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図4. FDA承認薬による治療効果
GBA阻害剤による薬剤誘導性ゴーシェ病マウスにおける、ミノサイクリン(Mino: 50mg/kg/日)とエタネルセプト(ETN: 5mg/kg/隔日)併用治療による運動症状、生存期間の改善。*p<0.05

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、ゴーシェ病の新たな治療法が見出され、これまで治療法がなかった致死性の神経型ゴーシェ病を先天的に患う小児患者やその家族に希望を与えるものと期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年2月3日(金)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Immunity」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Direct activation of microglia by β-glucosylceramide causes phagocytosis of neurons that exacerbates Gaucher disease”
著者名:Takashi Shimizu, Charles R. Schutt, Yoshihiro Izumi, Noriyuki Tomiyasu, Zakaria Omahdi, Kuniyuki Kano, Hyota Takamatsu, Junken Aoki, Takeshi Bamba, Atsushi Kumanogoh, Masaki Takao, and Sho Yamasaki
DOI:https://doi.org/10.1016/j.immuni.2023.01.008

なお、本研究は、日本医療研究開発機構 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)『画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明』研究開発領域(研究開発総括:横山信治)における研究開発課題「病原体糖脂質を介する新たな宿主免疫賦活機構の解明と感染症治療への応用(研究開発代表者:山崎晶)」、科学研究費補助金研究 学術改変領域研究(A)「生体防御における自己認識の「功」と「罪」(研究代表者:山﨑晶)」の支援を受け、九州大学、東京大学、国立精神・神経医療研究センターの共同研究チームによって実施されました。

参考URL

用語説明

グルコシルセラミド

セラミドと呼ばれる脂質にグルコースなどの糖が結合した構造をもつ糖脂質の1つ。

ミクログリア

中枢神経系における免疫細胞で、病原体の排除に加え脳内の不要物の除去や神経細胞の保護などを担う。

貪食

異物や病原体など、不必要なものを食べて消化する作用。

ドラッグリポジショニング

既存の薬剤の新しい効能を発見し、別の疾患の治療薬として用いる手法。既存薬ではヒトでの安全性が確認されているため、迅速な臨床応用が可能である。

FDA承認薬

アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration)により、有効性・安全性が審査され承認を受けた医薬品。

Mincle(macrophage-inducible C-type lectin)

C型レクチン受容体の1つで、様々な刺激やストレスによって発現が誘導される。病原体や死細胞に由来する糖脂質を認識することで免疫応答を活性化する。

TNF(Tumor necrosis factor)

炎症性サイトカインの1つで腫瘍壊死因子とも呼ばれる。細胞死を誘導する過程で、貪食の標的分子であるホスファチジルセリンの露出を誘導する。

ミノサイクリン

細菌感染症に対して適応のある抗生物質製剤であるが、抗菌作用以外にも抗炎症作用を示し、ミクログリアの活性化を抑制することができる。

エタネルセプト

関節リウマチに適応のあるTNF阻害薬の1つである。