
脳波データを用いた認知症自動判断AIを新開発
施設を問わず、背景病理の推定まで可能に!
研究成果のポイント
- 脳波データを用いて認知症自動判断AIを開発
- 脳波計測環境が異なる3施設の脳波データに対して有効性を確認
- 特殊検査は不要、安静時脳波のみから軽度認知障害の背景病理の特定に成功
- 認知症の早期発見・介入のためのスクリーニング手法として実社会応用に期待
概要
大阪大学大学院医学系研究科 渡邉裕亮特任研究員(常勤)(高等共創研究院 栁澤研究室)、宮﨑友希さん(大学院生)、畑真弘助教、池田学教授(精神医学)ら十八名の研究グループは、人が安静にしている時の脳波を AI で認識することにより、健常もしくは認知症 (アルツハイマー病、レビー小体型認知症、もしくは特発性正常圧水頭症) の識別が可能であることを明らかにしました(図1)。同システムは、AIの学習に利用していない施設の脳波データに対しても有効性が認められました。さらに、認知症や軽度認知障害の原因 (背景病理) も推定できることを明らかにしました(図2)。
これまでも脳波による認知症自動判断AIは報告されていましたが、脳波計測環境が異なる場合には有効性が評価されていませんでした。さらに、脳波から軽度認知障害の背景病理を推定することも困難でした。例えば認知症の原因がアルツハイマー病であると診断された場合には病状の進行を遅らせるために疾患修飾薬の投与が選択できます。また、特発性正常圧水頭症が原因であると診断された場合には手術によって症状の改善が期待できます。しかしこれまでは、認知症や軽度認知障害の原因を調べるためには、MRI 検査やPET 検査、脳脊髄液検査といった高価で侵襲的な検査が必要でした。
今回、研究グループは、大阪大学医学部附属病院、高知大学医学部附属病院、および日本生命病院で健常、軽度認知障害、認知症の被験者 570 名から大規模脳波データセットを構築し、独自に開発した AI で脳波を学習し、安静時脳波による認知症識別の識別精度を検証しました。これにより、認知症の早期発見を目的とした安価で簡便なスクリーニング手法の実用化が期待されます。本研究成果は、科学誌「Neural Networks」に、2023年12月6日に公開されました。
図1. 健常か認知症を安静時脳波に基づいてAIが識別
図2. 認知症・軽度認知障害の病理を、安静時脳波に基づいてAIが推定
研究の背景
これまで、脳波にAIを適用することで、アルツハイマー型認知症と健常者を識別、あるいは認知症状の程度を推定することができるという報告がありました。しかし、多くの研究は、1つの施設の少数の脳波で評価が行われていました。異なる施設で取得された脳波には、施設に特有の特徴が含まれてしまいます。そのため、1つの施設で学習されたAIは、他の施設の脳波を正確に識別できないという課題がありました。また、脳波から軽度認知障害の背景病理を推定することは困難でした。
さらに、軽度認知症の背景病理は MRI 検査や PET検査、脳脊髄液検査などの高価かつ侵襲的な検査が必要であり、計測データを解釈するために経験豊富な専門医の診断も必要でした。そのため、全ての方に詳細な検査を行うことは困難でした。
研究の内容
研究グループでは、三施設の専門医グループがMRI、PET、認知機能テストなどの包括的な診断を行うことで 570 名の被験者の背景病理を同定することにより、国内最大規模の脳波認知症データセットを構築しました。本データセットを利用し、脳波マイクロステートを捉えるように設計された AI モデルを作製しました。
結果、1つの施設 (=大阪大学医学部附属病院) のみで脳波を学習したAI でも、学習に用いていない施設 (=高知大学医学部附属病院と日本生命病院) の脳波を識別できることを明らかにしました。例えば、健常群と認知症群を81–91 % の精度で識別することに成功しました。さらに、認知症・軽度認知障害の背景病理を推定可能であることを示しました。具体的には、軽度認知障害の背景病理がアルツハイマー病群、レビー小体型認知症群、もしくは特発性正常圧水頭症群かを 72% の精度で推定することに成功しました。
これらの結果により、認知症の早期発見が脳波によって可能となります。また、軽度認知障害と認知症の間に共通する脳波特徴があることが示唆されたため、これらの疾患の原因解明の糸口となる可能性があります。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、学習済みの AI モデルが既に一般公開されており、認知症・軽度認知障害の早期発見・介入のための脳波を利用した認知症スクリーニング手法の実用化が加速すると期待されます。アルツハイマー病に対する介入治療が注目を集めている現在、有益な判断材料を提供する手段となり得るかもしれません。
特記事項
本研究成果は、2023年12月6日に米国科学誌「Neural Networks」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“A deep learning model for the detection of various dementia and MCI pathologies based on resting-state electroencephalography data: A retrospective multicentre study”
著者名:Yusuke Watanabe1#, PhD; Yuki Miyazaki2#, MD; Masahiro Hata2#, MD, PhD; Ryohei Fukuma1, 3, PhD; Yasunori Aoki2, 4, MD, PhD; Hiroaki Kazui5, MD, PhD; Toshihiko Araki6, PhD; Daiki Taomoto2, MD; Yuto Satake2, MD; Takashi Suehiro2, MD, PhD; Shunsuke Sato2, MD, PhD; Hideki Kanemoto2, MD, PhD; Kenji Yoshiyama2, MD, PhD; Ryouhei Ishii2, 7, MD, PhD; Tatsuya Harada8, 9, PhD; Haruhiko Kishima3, MD, PhD; Manabu Ikeda2, MD, PhD; Takufumi Yanagisawa*1, 3, MD, PhD
所属:
- 大阪大学高等共創研究院 栁澤研究室
- 大阪大学大学院 医学系研究科 精神医学
- 大阪大学大学院 医学系研究科 脳神経外科
- 日本生命病院 神経科・精神科
- 高知大学医学部 神経精神科学教室
- 大阪大学 医学部附属病院てんかんセンター
- 大阪公立大学大学院 リハビリテーション学研究科
- 東京大学 先端科学技術研究センター
- 理化学研究所
DOI:https://doi.org/10.1016/j.neunet.2023.12.009
本研究は、AMED 認知症対策官民イノベーション実証基盤整備事業 “安静時脳波により超早期認知症を検知・識別する人工知能の開発と検証“ (代表 池田学) および JST CERST 共生インタラクション”脳表現空間インタラクション技術の創出“ (代表 栁澤琢史) の一環として行われました。
参考URL
用語説明
- アルツハイマー病
脳の神経細胞が徐々に死滅し、記憶障害や認知機能の低下を引き起こす進行性の疾患であり、認知症の 約 70% を占める。これまでは対症療法しかなかったが、近年、疾患の原因と考えられている物質を除去し、症状の進行を遅らせる薬が臨床適用されている。
- レビー小体型認知症
脳内にレビー小体と呼ばれる異常なタンパク質が蓄積し、認知機能の障害を引き起こす疾患であり、認知症の約20%を占める。
- 特発性正常圧水頭症
脳内の脳脊髄液が過剰に蓄積し、脳の圧迫を引き起こす疾患であり、認知症の 約 2% を占める。手術により治療が可能。
- 疾患修飾薬
アルツハイマー病の進行を遅らせる疾患修飾薬レカネマブ(商品名:レケンビ®点滴静注; エーザイ社および米バイオジェン社) が2023年に日本と米国で製造販売承認を得て実用化が進められている。
- MRI 検査
核磁気共鳴画像法 (magnetic resonance imaging) により、強力な磁場を利用することで身体の断面像を撮影する検査。
- PET 検査
陽電子放出断層撮影法(Positron Emission Tomography) により、微量な放射能を含んだ薬剤を用いて細胞活動まで撮影することが可能な検査。
- 脳脊髄液検査
背骨の間に針を刺し、脳脊髄液を採取する検査。脳の炎症や感染を確認し、アルツハイマー病と関連すると考えられている物質を測定することで、認知症の診断を補助する目的で実施される。
- 脳波マイクロステート
60 から 120 ms ほど引き続く比較的安定した脳波状態であり、脳疾患ごとに異なる特徴を有する (参考文献:Mishra, A., Englitz, B., & Cohen, M. X. (2020). EEG microstates as a continuous phenomenon. NeuroImage, 208, 116454.)。