食品添加物、化粧品原料等に使われるソルビトールをより安全・省エネ・低コストで生産可能に

食品添加物、化粧品原料等に使われるソルビトールをより安全・省エネ・低コストで生産可能に

世界最高効率!グルコース水素化反応用の合金ナノ触媒を開発

2021-2-4工学系
基礎工学研究科助教山口渉

研究成果のポイント

  • 空気中で安定、高活性かつ再使用可能な非貴金属合金ナノ粒子触媒の開発に成功。世界で初めて常温(25℃)あるいは常圧水素下(1気圧)におけるグルコース水素化反応を実現。
  • 従来の触媒は、大気中で発火性があり高圧・高温の厳しい反応条件が必要でかつ活性の低いものだった。
  • 食品添加物や医薬品、化粧品原料等に欠かせないソルビトールを、安全かつ低コスト・省エネルギーで 作り出す、高効率かつ環境に優しい次世代型触媒プロセスの開発に期待。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の山口渉助教らは、大気中安定で発火性がない非貴金属合金ナノ粒子触媒を開発し、その触媒がグルコースからソルビトールへの水素化反応において従来触媒の活性を凌駕する高い触媒性能を有することを明らかにしました。

ソルビトールは、甘味料などの食品添加物や医薬、化粧品原料など様々な用途を持つ高付加価値の機能性化学品です。グルコースの水素化反応はソルビトールを合成する重要な反応であり、年間80万トンものソルビトールがグルコースの水素化により製造されています(図1)。

従来の工業的グルコースの水素化反応では、主にスポンジニッケル(ラネーニッケル)が触媒として用いられていますが、数十~数百気圧の高圧水素ガス下、高温の厳しい反応条件下で行われています。また、この触媒は大気中で自然発火性があるため、取り扱いが難しく、容易に失活するという問題を抱えています。したがって、温和な条件下でグルコース水素化反応を促進する、高活性かつ安定な非貴金属触媒反応系の開発が求められていました。

今回、山口渉助教らの研究グループは、ニッケルとリンとが合金化した直径5ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1(10-9)メートル)のナノ粒子(nano-Ni2P)を合成し、さらにnano-Ni2Pを無機物であるハイドロタルサイト(HT: Mg6Al2(OH)16CO3·4H2O)に分散担持した触媒(nano-Ni2P/HT)(図2)を開発しました。これを用いることで、温和な反応条件下でグルコースを還元し、これまでに報告されている非貴金属触媒の中で最も高い効率でソルビトールを与えることを見出しました。nano-Ni2P/HTは、世界で初めて常温(25℃)あるいは常圧水素下(1気圧)においてグルコースの水素化反応を促進し、貴金属であるルテニウム触媒に匹敵する触媒性能を持つことがわかりました。また、本触媒は実用的な観点から重要である高濃度のグルコース溶液(50 wt%)にも適用できます。さらに、開発した触媒は、反応溶液から容易に分離ができ、回収した触媒を再びグルコースの水素化反応に用いても触媒の活性低下は見られず、高活性を維持したまま繰り返し使用することができます。

発火性があり活性の低い従来の触媒とは異なり、この触媒は大気中において安定であり、従来のソルビトール製造法で用いられる触媒に比べて極めて高い触媒活性を示し、さらに温和な条件下で反応を促進します。また、固体触媒であるため触媒の回収・再使用が簡単に行えるという利点があります。これらのことから、より安全、省エネかつ低コストでソルビトール生産を可能とする、環境に優しい次世代型触媒プロセスの構築が期待されます。本研究成果は、英国王立化学会誌のGreen Chemistry(オンライン)に、1月25日に公開されました。

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図1 グルコースからソルビトールへの水素化反応

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図2 開発したハイドロタルサイト固定化合金ナノ粒子触媒(nano-Ni2P/HT)の写真と電子顕微鏡像

研究の背景

グルコースの水素化により得られるソルビトールは、甘味料などの食品添加物や医薬、化粧品原料として利用されており、年間80万トンが製造される高付加価値の機能性化学品です。現行のソルビトール製造法では、一般にニッケルとアルミとの合金を作り、そのアルミだけを塩基により溶かすことで、ニッケルをスポンジ状にして高表面積化した、スポンジニッケルが触媒として用いられています。しかし、これらの触媒は活性が低く、大気中で自然発火性があるため取り扱いが難しいという問題を抱えています。近年では、より高活性な貴金属触媒であるルテニウム触媒も用いられていますが、ルテニウムは高価で希少な金属です。したがって、温和な条件下でグルコース水素化反応を促進する、高活性かつ安定な環境調和性の高い非貴金属触媒系の開発が求められていました。

研究の内容

本研究グループでは、ニッケルとリンを合金化した合金ナノ粒子を無機物であるハイドロタルサイトに担持した触媒が、温和な条件下でグルコースを高選択的にソルビトールへと還元できることを見出し、世界で初めて、常温(25℃)あるいは常圧水素下(1気圧)において実施することに成功しました。また、開発した触媒は実用的な観点から重要である高濃度のグルコース溶液(50 wt%)にも適用できます。さらに、反応液からのろ過により簡単に分離ができ、回収した触媒を再びグルコースの還元反応に用いても触媒の活性低下は観られず、繰り返し使用することができます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、温和な条件下で高効率なグルコース水素化反応を行うことが可能になったことから、食品添加物や医薬品、化粧品原料として重要なソルビトールを安全かつ低コスト・省エネルギーで作り出す、高効率かつ環境に優しい次世代型触媒プロセスの開発が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年1月25日に英国王立化学会誌Green Chemistry(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Air-stable and Reusable Nickel Phosphide Nanoparticle Catalyst for the Highly Selective Hydrogenation of D-Glucose to D-Sorbitol”
著者名:Sho Yamaguchi, Shu Fujita, Kiyotaka Nakajima, Seiji Yamazoe, Jun Yamasaki, Tomoo Mizugaki and Takato Mitsudome

なお、本研究の一部は、大阪大学大学院基礎工学研究科未来研究ラボシステム(個人研究:山口渉)の支援の元に行われました。

参考URL

用語説明

合金ナノ粒子触媒

マグネシウムとアルミニウムの複合酸化物であるハイドロタルサイトという無機物の上に、ニッケルとリンから構成される直径約5ナノメートルの球状ナノ粒子を担持したリン化ニッケル合金ナノ粒子触媒を合成することに成功しました。このナノ粒子触媒が、グルコースからソルビトールへの水素化反応を非常に効率よく促進させます。

固体触媒

化学反応を進行させる触媒は、溶液に溶け込む均一系触媒と溶け込まない不均一系触媒(=固体触媒)に大別できます。固体触媒は、粉末であるため反応溶液からろ過により簡単に取り除くことができる他、再使用ができるなどの多くの実用的な利点があります。