レーザー核融合の燃料カプセル材に水素が重要!

レーザー核融合の燃料カプセル材に水素が重要!

水素を含むプラズマでの高強度レーザーの吸収特性を解明

2023-8-23工学系
レーザー科学研究所教授重森啓介

研究成果のポイント

  • レーザー核融合を模擬した高強度レーザーの照射条件下において、プラズマ中の水素の有無によってレーザープラズマ相互作用が大きく異なることを実験にて観測。
  • 数値シミュレーションを用いた解析により、このレーザープラズマの相互作用の特性が「軽い」水素イオンによるイオン音波の減衰によって説明できることを提示。
  • レーザー核融合の燃料カプセル材の選定において水素含有率という新しい指標の重要性を提唱。

概要

大阪大学レーザー科学研究所の大学院生 川﨑昂輝(かわさきこうき)さん(本学工学研究科・環境エネルギー工学専攻博士後期課程2年、日本学術振興会特別研究員(DC1))、 重森啓介(しげもりけいすけ)教授、および核融合科学研究所、国立研究開発法人産業技術総合研究所、広島大学、イタリア学術会議、ボルドー大学(フランス)の国際研究グループは、レーザー核融合のプロセスで生成するプラズマに含まれる水素成分が、高強度レーザーとプラズマの振舞い(レーザープラズマ相互作用)に与える影響を実験的に検証しました。

その結果、水素を含むプラズマにおいて、レーザープラズマ相互作用が顕著になり、高いエネルギーを有する高速電子の発生が増加するという実験結果が得られました。またこの現象は、プラズマ中でレーザーが吸収される過程において「軽い」水素イオンによるイオン音波減衰に起因することを示しました。これらから、レーザー核融合の燃料カプセル材選定において、水素含有率という新しい指標が必要であることが明らかになりました。

レーザー核融合では、高強度レーザーを燃料カプセルに照射した際に、レーザープラズマ相互作用によって高速電子と呼ばれる高エネルギーの電子が発生します。高速電子はレーザー核融合の爆縮初期には核融合燃料の先行加熱を引き起こす問題である一方、爆縮後期においては、効率的なアブレーション圧力発生への寄与も期待されており、高速電子の発生要因であるレーザープラズマ相互作用のメカニズムを評価、さらには制御することが非常に重要な課題となっています。

今回、本研究グループは、核融合発電に対して相性の良い直接照射型レーザー核融合の条件下において、プラズマ中の水素成分の効果によりこのレーザープラズマ相互作用の性質が変化し、高速電子の発生量が増大することを見出しました。また輻射流体シミュレーションを活用した解析により、この効果が水素イオンによるイオン音波減衰に起因することを示しました。本研究成果はAmerican Physical Societyが発刊するオープンアクセス速報誌『Physical Review Research』(K. Kawasaki et al.)に2023年7月26日(水)(日本時間)に掲載されました。

研究の背景

レーザー核融合では、燃料カプセルに高強度レーザーを球状に照射することにより、核融合燃料を高温・高密度に圧縮することで核融合反応を起こします。レーザーがカプセルに照射されると、カプセル表面は即座にプラズマ化するため、レーザーエネルギーの吸収特性を知るためには、レーザーとプラズマの振舞い(レーザープラズマ相互作用)を理解することが必須です。レーザープラズマ相互作用には様々な種類があります。レーザー核融合で用いられるような高いレーザーの強度(1014~1015 W/cm2)においては、誘導ラマン散乱(Stimulated Raman Scattering: SRS)二電子崩壊不安定性(Two Plasmon Decay: TPD)と呼ばれるレーザー光が電子プラズマ波を生成する機構が顕著になります。電子プラズマ波はプラズマ中の電子を加速することで高いエネルギーを有する電子(高速電子)を生成することが分かっていますが、一方で高速電子は、その特性によってレーザー核融合においてプラスにもマイナスにも働くため、これらのメカニズムの理解と制御が重要な課題と認識されています。

これまでレーザー核融合におけるレーザープラズマ相互作用は、間接照射型レーザー核融合と呼ばれる条件下において実験・シミュレーションにより盛んに研究されてきました。実際に、アメリカ合衆国のローレンス・リバモア国立研究所のNational Ignition Facility(NIF)においては、これらの理解が進んだこと等により、人類で初めて核融合点火というブレークスルーが達成されました。一方で、核融合発電を見据えた際に重要である直接照射レーザー核融合の条件においては、未だ理解が浅く、燃料カプセル材料のサーベイも進んでおらず、プラスチック(CHなど)由来のプラズマに対する実験のみがこれまで行われてきました。近年、プラスチック以外のカプセル材として、燃料カプセルの均一圧縮を目的としてダイヤモンド(C)やダイヤモンドライクカーボン(DLC)などが注目されています。本研究グループは、このような観点で高品質なダイヤモンドカプセルの開発にも成功し(K.Kawasaki et al.、Diam Relat Mater 135、109896、2023)、将来のレーザー核融合発電に応用可能な技術開発も実施しています。このダイヤモンドカプセルは多結晶ダイヤモンドであり、ダイヤモンド粒の界面に水素がある程度含有されます。よって直接照射型レーザー核融合の条件下で、レーザープラズマ相互作用に対する水素の効果を正しく理解することが非常に重要でした。

研究の成果

本研究では大阪大学レーザー科学研究所の保有する高強度レーザー激光XII号の照射により、直接照射型レーザー核融合の条件を模擬し、その条件下におけるレーザープラズマ相互作用(SRS、TPD、高速電子の発生)に関する計測に成功しました。ターゲットとして水素を含むプラスチックであるポリエチレン(CH2)と水素を含まない単結晶ダイヤモンド(C)を用いることで、レーザープラズマ相互作用に対する水素の効果が明らかになりました。高速電子の生成に大きく関与するSRSとTPDの発生は入射レーザーの散乱光を波長によって分光計測することによって得られました(図1)。左図は現象を時々刻々記録できる可視光ストリークカメラによるCH2を照射試料とした場合の結果を示しており、右図はCH2とCを照射試料とした場合の信号の時間積算結果です。上記の現象はある「閾値」を超えると、特定の波長を有した散乱光が顕著に発生します。波長550 ~ 650 nmの光はSRSに由来し、波長650~750 nmにおける光は主にTPDに由来します。さらに水素含有率に着目すると、Cに対してCH2において顕著にSRSとTPDが発生することが観測され、 SRSに関しては15倍程度、TPDに関しては5倍程度、散乱光強度が増大することが明らかになりました。これに伴って高速電子の発生量も顕著に増加することも観測されました。これらの現象は、プラズマに含まれる軽い水素がイオン音波の減衰に寄与し、イオン音波の減衰が電子プラズマ波の崩壊を妨げることで、間接的に電子プラズマ波を介した現象であるSRS、TPD及び高速電子の発生に好ましい条件を作り出すことを提示しました(図2)。

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図1. 可視光分光計測の結果.左図はCH2における散乱光を時間と共に記録した結果。右図はCH2とCにおいて信号を時間積分した結果の比較、波長550~650 nmの光はSRSに由来し、波長650~750 nmにおける光は主にTPD、CH2はCと比べてSRSが15倍程度、TPDが5倍程度顕著に発生した。

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図2. 水素によるSRS増大のメカニズム。SRSによって発生した電子プラズマ波はLangmuir Decay Instability (LDI)により別の電子プラズマ波とイオン音波を生成することで崩壊する。このLDIによってSRSの発生は抑制される。水素が含まれるプラズマでは、イオン音波が軽い水素イオンにエネルギーを付与して、イオン音波の減衰が顕著化する。イオン音波減衰率が高くなるとLDIが抑制され、SRS由来の電子プラズマ波の崩壊が減少し、伴ってSRSが起こりやすくなる。結果として電子プラズマ波に加速される高速電子の発生量も増加する。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、レーザー核融合における燃料カプセル材の選定において、水素含有率という新しい指標が重要であることを示しました。これまで水素含有率の観点から燃料カプセル材を設計した研究は存在しないため、本研究で得られた知見を基に将来的なレーザー核融合の高性能化が期待されます。またレーザー加工などの分野においても高強度レーザー照射の条件下で同様の現象が生じることから、これら産業応用などへの波及にも広く寄与すると考えられます。

特記事項

本研究成果はAmerican Physical Societyが発刊するオープンアクセス速報誌『Physical Review Research』(K. Kawasaki et al.)に2023年7月26日(水)0:00(日本時間)に掲載されました。

タイトル:“Effects of hydrogen concentration in ablator material on stimulated Raman scattering, two-plasmon decay, and hot electrons for direct-drive inertial confinement fusion”
著者名:K. Kawasaki1, G. Cristoforetti2, T. Idesaka1, Y. Hironaka1, D. Tanaka1, D. Batani3, S. Fujioka1, L.A. Gizzi2, M. Hata4, T. Jozaki5, K. Katagiri6, R. Kodama1,6, S. Matsuo1, H. Nagatomo1, Ph. Nicolai3, N. Ozaki1,6, Y. Sentoku1, R. Takizawa1, A. Yogo1, H. Yamada7, and K. Shigemori1
所属:
1. Institute of Laser Engineering, Osaka University, 2-6 Yamadaoka, Suita, Osaka, 565-0871, Japan
2. Intense Laser Irradiation Laboratory, INO-CNR, 56124 Pisa, Italy
3. Centre Lasers Intenses et Applications, CELIA, University Bordeaux CEA-CNRS, UMR 5107, F-33405 Talence, France
4. National Institute for Fusion Science, 332-6 Oroshicho, Toki, Gifu, 509-5202, Japan
5. Graduate School of Engineering, Hiroshima University, 1-4-1 Kagamiyama, Higashi-Hiroshima, Hiroshima,739-8527, Japan
6. Graduate School of Engineering, Osaka University, 2-6 Yamadaoka, Suita, Osaka, 565-0871, Japan
7. Diamond Wafer Team, Advanced Power Electronics Research Center, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 1-8-31 Midorigaoka, Ikeda, Osaka, 563-0026, Japan

なお、本研究は、 日本学術振興会・科学研究費補助金(No. JP22J22774)及び、 核融合科学研究所の双方向型共同研究課題の支援(No. 2023NIFS23KUGK136)のもと実施されました。また、光・量子飛躍フラッグシッププログラム(No. JPMXS0118067246)の支援のもと実施されました。.

参考URL

レーザー科学研究所 Webサイト
https://www.ile.osaka-u.ac.jp/

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 13 気候変動に具体的な対策を

用語説明

レーザー核融合

高強度レーザーを用いて、重水素と三重水素を含む燃料を高密度に圧縮するとともに高温に加熱することで核融合反応を起こし、エネルギーを得る方法。

先行加熱

核融合燃料が十分に圧縮される前に高速電子やX線によって加熱されること。爆縮性能の低下に直結する。

アブレーション圧力

レーザーの照射によって物質が加熱されプラズマ化することによって発生する圧力。レーザー核融合においては非常に高いアブレーション圧力が要求される。

直接照射型レーザー核融合

核融合燃料カプセルが十分球対称に爆縮するように、多本数のビームレーザーをカプセル周りから一様に直接照射する方法。シンプルなデザインであるため核融合発電への応用において魅力的。

誘導ラマン散乱(Stimulated Raman Scattering: SRS)

電磁波(レーザー光)から電子プラズマ波と波長の異なる電磁波を生成。電子プラズマ波によってプラズマ中の電子が高速電子へと加速される。

二電子崩壊不安定性(Two Plasmon Decay: TPD)

電磁波から2つの電子プラズマ波を生成。SRSと同様に高速電子を発生させる。

電子プラズマ波

プラズマ中の電子を介した波。レーザー核融合プラズマにおいては、誘導ラマン散乱(SRS)や電子崩壊不安定性(TPD)によって発生する。

間接照射型レーザー核融合

照射の一様性向上のために、レーザーを燃料カプセルの外側に配置したホーラムと呼ばれる箱内部に照射して変換したX線によってカプセルを爆縮する方法。

閾値

SRSやTPDが発生するのに必要なレーザー強度の最小値。プラズマ条件によって異なるが一般的に1014~1015 W/cm2とされる。

イオン音波

プラズマ中のイオンを介した波。イオン音波の発生源の一つとして、電子プラズマ波が電子プラズマ波とイオン音波に分かれる機構であるLangmuir decay instability(LDI)がある。