炭化珪素(SiC)パワーデバイスの 心臓部・絶縁膜界面の欠陥を大幅に低減

炭化珪素(SiC)パワーデバイスの 心臓部・絶縁膜界面の欠陥を大幅に低減

2023-7-28工学系
工学研究科教授渡部平司

研究成果のポイント

  • 炭化珪素(SiC)パワーデバイスの心臓部となる絶縁膜界面の高品質化に成功
  • 絶縁膜界面の欠陥は約30年来の技術課題であったが、SiC表面の安定化と絶縁膜の形成過程を原子レベルで制御する事で、界面電気特性を飛躍的に改善
  • カーボンニュートラル実現に向けた高効率SiCパワーデバイスの普及に大きく貢献

概要

大阪大学大学院工学研究科の藤本博貴さん(博士後期課程)は、小林拓真助教、渡部平司教授と共同して、炭化珪素(SiC)パワーデバイスの心臓部となる絶縁膜界面の欠陥を大幅に低減する事に成功しました。

従来法では、有毒な一酸化窒素ガス中の高温熱処理で絶縁膜界面に窒素を導入して欠陥を不活性化していましたが、その効果は不十分であり、約30年にわたる技術課題となっていました。

今回、研究グループは、高密度窒素プラズマを用いてSiC表面に緻密で安定な窒化層を形成した後に良質な絶縁膜を堆積する事で、超高品質な絶縁膜/SiC構造を実現する事に成功しました(図1参照)。

従来法が絶縁膜界面に後から窒素を導入するのに対して、提案技術は、高品質な窒化層と絶縁膜を順に積み上げるものであり、原子レベルでの構造設計が可能となります。その結果、絶縁膜/SiC界面の欠陥準位密度を約1/4に低減し(図2参照)、過酷な条件下でのデバイス動作においても従来法に対して優位である事を実証しました。

これにより、電気自動車や鉄道へのMOS型電界効果トランジスタ(SiC MOSFET)の普及が加速し、カーボンニュートラル実現に向けた大きな進展が期待されます。

本研究成果は、国際学術誌「Applied Physics Express」に、7月28日(金)17時(日本時間)に公開されました。

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図1. 表面窒化⇒絶縁膜堆積のプロセス(イラスト)

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図2

研究の背景

パワーデバイスは、電力の変換と制御を司り、従来はシリコン半導体を用いて製造されてきました。しかし、その高性能化と高耐圧化が進むにつれ、シリコン半導体の材料物性限界に近づきつつあります。

炭化珪素(SiC)は、シリコンと炭素からなる化合物半導体であり、シリコンに対して約3倍のバンドギャップと10倍の絶縁破壊電界強度を有することから、高温かつ高電圧で動作可能な次世代のパワーデバイス用材料として期待されています。

電気自動車や鉄道に搭載されているパワーモジュールは、スイッチング素子と整流素子で構成されており、SiC半導体を用いた整流素子が開発当初から期待通りの性能を示すのに対して、スイッチング素子(SiC MOSFET)の性能は期待値には遥かに及びません。具体的には、SiC半導体と絶縁膜との界面を流れる電子の移動度(電子が流れる速さ)が結晶中の僅か数%程度であり、電力ロスの主要因となっています。これは、絶縁膜/SiC界面に存在する電気的な欠陥(界面欠陥)が原因であり、MOSFETの信頼性にも悪影響を及ぼしています。

現在、界面欠陥の低減手法としては、SiO2/SiC構造を形成した後に有毒な一酸化窒素(NO)ガス中で高温熱処理して界面に窒素を導入する方法(界面窒化)が唯一の実用化技術となっていますが、その効果は限定的であり、約30年間にわたって、界面窒化に代わる革新技術の提案がなされていません。

研究の内容

研究グループでは、高品質な絶縁膜/SiC界面を実現する新技術を開発しました。従来手法では、SiO2/SiC界面に後熱処理で窒素を導入していたために、界面窒化層の安定性向上や、界面近傍の電気的な欠陥を十分に低減する事が困難でした。

今回研究グループは、独自の高密度窒素プラズマ技術を駆使して、SiC表面に緻密で安定な原子層厚の窒化層を形成した後に、この窒化層の構造を損なうことなく、絶縁性に優れたSiO2絶縁膜を堆積する技術を開発しました。これまで、堆積したSiO2絶縁膜は絶縁性に問題があったため、酸素中での熱処理で膜質を改善していました。しかし、この方法では酸素熱処理により界面の窒化層が変質する事が問題でした。研究グループでは、以前より、界面構造を保持したまま、SiO2絶縁膜の膜質改善が可能な炭酸ガス(CO2)中での熱処理技術の開発に取り組んでおり、今回の研究成果は、同グループの独自技術と新提案を融合して達成されたものです。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

研究成果により、SiC MOSFETの省エネ性能や信頼性の向上が期待されます。SiCパワーモジュールは、既に電気自動車や新幹線等への実用化が始まっていますが、材料本来の性能を発揮するには至っていません。今回の研究成果に基づいてMOSFETの性能や信頼性の改善が進めば、SiCパワーデバイスの普及が更に加速し、電気エネルギーの高効率利用を通じて、カーボンニュートラル実現に向けた大きな進展となります。加えて、SiCデバイスは、高温や放射線環境下での動作特性にも優れている事から、新たな航空宇宙産業の創出や、原発の廃炉作業に向けた耐放射線デバイスへの応用展開も期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年7月28日(金)17時(日本時間)に国際学術誌「Applied Physics Express」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Improvement of interface properties in SiC(0001) MOS structures by plasma nitridation of SiC surface followed by SiO2 deposition and CO2 annealing”
著者名:Hiroki Fujimoto, Takuma Kobayashi, Takayoshi Shimura, and Heiji Watanabe
DOI: https://doi.org/10.35848/1882-0786/ace7ac

なお、本研究は、文部科学省革新的パワーエレクトロニクス創出基盤技術研究開発事業(JPJ009777)の助成を受けて行われました。

参考URL

小林拓真助教 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/5a9b0b4063dae614.html

渡部平司教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/5eaba14b0f47fb11.html

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 11 住み続けられるまちづくりを

用語説明

炭化珪素(SiC)

珪素(Si):炭素(C)=1:1で構成される共有結合性の化合物。従来パワーデバイスにはシリコンが用いられてきたが、材料物性で決まる性能限界に直面している。SiCはシリコンの約3倍のバンドギャップや約10倍の絶縁破壊電界等の優れた物性を有し、パワーデバイスのエネルギー損失削減や耐圧の大幅な向上が期待できる。

パワーデバイス

電力の直流⇔交流変換や周波数変換を担う半導体素子。電力の制御・変換の過程でのエネルギーロスの最小化を目指すパワーエレクトロニクスにおいて中心的な役割を担う。本研究では、パワーデバイスの中でも、スイッチング素子であるMOS型電界効果トランジスタの特性改善技術を報告している。

MOS型電界効果トランジスタ

ゲート電圧の印加によりソース・ドレイン間の電流のON/OFFを制御する半導体スイッチング素子。大規模集積回路(LSI)技術の中核を担う素子であり、パワーデバイスのスイッチング素子としても重要である。SiC MOS型トランジスタの研究開発が国内外の研究機関で盛んに進められてきたが、SiC絶縁膜界面の欠陥が課題となり、SiC本来の性能を発揮したトランジスタは実現していない。本研究では、トランジスタの性能・信頼性の両面を改善する基盤技術を報告している。