絶縁膜と炭化ケイ素(SiC)の界面に局在する 発光中心のエネルギー準位を解明

絶縁膜と炭化ケイ素(SiC)の界面に局在する 発光中心のエネルギー準位を解明

高輝度量子光源の起源に迫る

2025-2-28
工学研究科准教授小林拓真

研究成果のポイント

  • 極めて高輝度な単一光子源として機能する絶縁膜/炭化ケイ素(SiC)界面発光中心(絶縁膜とSiCの界面に局在する発光中心)のエネルギー準位を解明
  • 界面発光中心の基礎物性解明により、これまで明らかでなかった発光中心の起源(原子レベルでの構造)および発光メカニズムの理解が進展
  • 本研究を起点とした研究の発展により、界面発光中心を利用した量子技術実現に期待

概要

大阪大学大学院工学研究科の小林拓真准教授、大西健太郎さん(博士前期課程)、中沼貴澄さん(博士後期課程)、渡部平司教授は、豊田中央研究所の遠山晴子博士、田原康佐博士、朽木克博博士と共同で、絶縁膜/炭化ケイ素(SiC)界面発光中心のエネルギー準位を解明することに成功しました。

SiCは優れた材料物性を有し、微細加工やプロセス技術も進展しているため、量子技術への応用が期待されています。特に絶縁膜/SiC界面発光中心は、量子技術で重要な単一光子源として機能します(図1)。界面発光中心は、量子研究分野で有名なダイヤモンド中のNVセンターよりも強い発光を示しますが、その起源や発光メカニズムは分かっていませんでした。

今回、研究グループは、この界面発光中心の起源理解に向け、重要な物性である「エネルギー準位」の解明に取り組みました。具体的には、酸化条件を変えて作製した絶縁膜/SiC構造を評価した結果、界面発光中心の発光強度と電子トラップの密度の間に明確な相関を見いだし、両者が共通の起源に由来することを突き止めました(図2)。さらに、電子トラップが特定のエネルギー範囲に分布することから、界面発光中心が特定のエネルギー準位(SiCの伝導帯下端から0.65 – 0.92 電子ボルト(eV))を持つことを示しました。この結果を先行の理論研究と比較検討したところ、界面近傍SiC中の置換型炭素ダイマー((C2Si)が界面発光中心の起源の有力候補と分かり、発光メカニズムの理解も大きく進展しました。

本研究で確立した界面発光中心の基礎的理解を足掛かりとして、今後発光中心の制御が進展すれば、発光中心を単一光子源として利用した量子技術の実現が期待されます。

本研究成果は、国際学術誌「APL Materials」に、2月27日(木)23時(日本時間)に公開されました。

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図1. 絶縁膜/SiC界面発光中心の発光の模式図。緑色のレーザーで励起すると橙色~赤色で発光する。

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図2. 発光中心の積算発光強度と電子トラップ密度の関係。

研究の背景

炭化ケイ素(SiC)は、量子材料であるダイヤモンドと同様の優れた材料物性を示し、ダイヤモンドと比較して微細加工やプロセス技術も進展していることから、オンチップ集積(一つのチップの上にシステムの動作に必要な機能を収め、さらに異なる機能を持つチップを集積させること)が可能な量子技術の実現が期待されます。固体中の発光中心は単一光子源として機能し、量子技術において重要な役割を果たします。例えば、光子の偏光や位相などの自由度を利用した量子コンピューティングや量子暗号通信の方式が提案されています。

これまでにSiCの発光中心がいくつか報告されているものの、その多くは発光が弱い(光子の放出が遅い)という欠点がありました。その中、絶縁膜/SiC界面発光中心は、量子研究の主流であるダイヤモンドNVセンターよりも強い発光を示すことで知られていました。しかし、界面発光中心はその起源(原子レベルでの構造)や発光メカニズムが理解されておらず、研究が十分に進展していませんでした。

研究の内容

今回、研究グループは、絶縁膜/SiC界面発光中心の起源および発光メカニズムの解明に向け、発光中心の重要な物性である「エネルギー準位」の解明に取り組みました。界面発光中心はSiC基板を酸化することで形成しますが、本研究では酸化条件(酸化温度・酸素分圧)を広い範囲で変化させて絶縁膜/SiC構造を作製し、界面の光学特性と電気的特性を詳細に調査しました。その結果、界面発光中心と電子トラップとの間に明確な相関を見いだし、両者が共通の起源に由来することを突き止めました。さらに電子トラップが特定のエネルギー範囲に分布することが分かり、界面発光中心が特定のエネルギー準位(SiCの伝導帯下端から0.65 – 0.92 eV)を持つことを示しました。

判明したエネルギー準位をもとに先行の理論研究と比較したところ、発光中心の起源の候補は限られており、中でも界面近傍SiC中の置換型炭素ダイマー((C2Si)が有力候補であることを示しました。また、検出したエネルギー準位を介する発光と介さない発光とに場合分けして発光メカニズムの可能性を示し、理解を大きく進展させました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

絶縁膜/半導体界面は半導体技術の最も重要な構成要素であり、例えばコンピュータのCPUに組み込まれているトランジスタ(半導体デバイス)の心臓部です。これまで、半導体デバイスは絶縁膜/半導体界面の欠陥低減により性能を向上させてきました。量子技術においては任意の位置に原子レベルの発光中心を配置する究極的な制御が求められますが、界面発光中心は発展してきた半導体技術との親和性が高く、集積化に適しています。本研究で確立した基礎的理解を基に、今後界面発光中心の制御が進めば、従来の半導体研究開発で培われた知見や技術を存分に生かすことで、量子技術のオンチップ実装および集積化が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年2月27日(木)23時(日本時間)に国際学術誌「APL Materials」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Insight into the energy level structure and luminescence process of color centers at SiO2/SiC interfaces”
著者名:Kentaro Onishi, Takato Nakanuma, Haruko Toyama, Kosuke Tahara, Katsuhiro Kutsuki, Heiji Watanabe, and Takuma Kobayashi
DOI: https://doi.org/10.1063/5.0253294

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR22B5)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(24H00046)の助成を受けて行われました。

参考URL

大阪大学 大学院工学研究科 物理学系専攻 精密工学コース 先進デバイス工学領域
http://www-ade.prec.eng.osaka-u.ac.jp/

小林拓真准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/5a9b0b4063dae614.html

渡部平司教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/5eaba14b0f47fb11.html

SDGsの目標

  • 07 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 11 住み続けられるまちづくりを

用語説明

単一光子源

任意のタイミングで単一の光子(光の最小単位)を放出できる光源。量子技術において重要な機能を担う。

炭化ケイ素(SiC)

ケイ素(Si):炭素(C)=1:1で構成される共有結合性の化合物半導体。広い禁制帯幅(電子が存在できないエネルギー領域)を有するため、ワイドギャップ半導体の一つとも言われる。

発光中心

一般に発光を伴う構造体。本研究の文脈では、材料中の欠陥(原子レベルでの構造変位)のうち、発光するものを指す。

エネルギー準位

原子や分子、電子などの微視的粒子が持つエネルギーの値。本研究の文脈では、電子のとり得るエネルギーを意味している。一般に半導体の発光中心は本来電子が存在できない禁制帯中にエネルギー準位を形成し、準位間の電子遷移に伴って発光する。

量子技術

超高速演算を可能とする量子コンピューティングや、原理的に盗聴不能な量子暗号通信、超感度・高空間分解能の量子センシングなどの技術の総称。

NVセンター

ダイヤモンド中に存在する窒素(N)と隣接する空孔(V)からなる点欠陥。量子技術への応用で高い注目を集めている。

電子トラップ

半導体や絶縁体中、絶縁膜/半導体界面において、電子を捕獲する欠陥。本来電子が存在できないエネルギー領域である禁制帯中にエネルギー準位を形成することで電子を捕獲する。