むし歯による歯痛の原因「歯髄炎」。その動物モデルを世界初作製

むし歯による歯痛の原因「歯髄炎」。その動物モデルを世界初作製

歯髄保存療法の適応拡大、歯の寿命延伸へ期待

2023-3-15生命科学・医学系
歯学部附属病院講師高橋雄介

研究成果のポイント

  • むし歯(う蝕)が進行すると歯痛の原因となる歯髄炎を発症します。本研究では、ラット可逆性・不可逆性歯髄炎モデルの作製に世界で初めて成功し、白血球の一つであるマクロファージが重要な役割を果たすことを解明しました。
  • 不可逆性歯髄炎に罹患すると、これまでは歯髄を除去する治療(抜髄)以外に方法がありませんでしたが、動物歯髄炎モデルが確立されたことで、歯髄を除去せずに保存する治療(歯髄保存療法)のための応用研究が進んでいます。
  • 歯髄保存療法の適応が拡大すれば、将来的に歯の寿命が延びることに直結し、口の健康を保持することで健康寿命の延伸が期待されます。

概要

大阪大学歯学部附属病院の高橋雄介講師、大阪大学大学院歯学研究科の黄海玲特任研究員、林美加子教授らの研究グループは、う蝕に継発する可逆性・不可逆性歯髄炎の病態解明に取り組みました。その結果、う蝕の進行に依存して歯髄内に特徴的な分子(マクロファージ)の発現を認め、可逆性歯髄炎および不可逆性歯髄炎のラット動物実験モデルの確立に成功しました。

従来から、う蝕を誘発する動物実験モデルの研究は行われていましたが、う蝕の進行とそれにともなう歯髄炎の発症や進行については解明されていませんでした。 

歯髄炎の治療法として、歯髄保存療法が適用されるようになれば、歯の寿命の延伸が見込まれ、ひいては健康寿命の延伸にもつながることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Journal of Dental Research」に、3月13日(月)(日本時間)に公開されました。

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図. 世界初の歯髄炎モデルの構築
これまで歯髄炎の病態については不明な点が多く、歯髄炎に罹患した場合は歯髄除去療法が第一選択でした。しかし、う蝕誘発ラットを解析することで、再現性高く歯髄炎を惹起することに成功し、さらに可逆性・不可逆性歯髄炎を特徴づけるマクロファージの局在についても見出し、世界に先駆けて歯髄炎の動物実験モデルの確立に成功しました。

研究の背景

歯髄炎は主に進行したう蝕に継発して生じる病変で、激しい痛みを伴います。可逆性歯髄炎の場合は治癒が見込めることもありますが、不可逆性歯髄炎に罹患すると、歯髄保存療法の適応が難しく、これまでは歯髄を除去する治療(抜髄)がおこなわれてきました。しかし、歯髄を喪失した歯はその寿命が短くなることが多く報告されており、抜髄はできるだけ避けるべき治療法です。また、歯髄炎は正確な診断が難しく、可逆性と不可逆性の境界の判別が困難であり、それに伴って標準治療の設定も困難となるため、解決すべき課題として考えられていました。

研究の内容

本研究グループでは、可逆性・不可逆性歯髄炎の病態を解明するために、ラットにう蝕を誘発し、その進行について詳細な画像解析を行い、病理組織学的に解析しました。その結果、軽度のう蝕では歯髄にM2マクロファージが多く出現し、重度に進行したう蝕ではM1マクロファージが多く存在することを見出しました(図)。また、様々なう蝕の状態に対して歯髄保存療法(覆髄)を実施し、これが奏功するものを可逆性歯髄炎モデル、奏功しないものを不可逆性歯髄炎モデルとして確立することに成功しました。さらに可逆性歯髄炎に対して歯髄保存療法を実施した後の歯髄組織においてもM2マクロファージが多く存在し、特徴的な治癒機転を示すことが明らかになりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、世界で初めて可逆性および不可逆性歯髄炎の動物実験モデルが確立され、さらに歯髄炎を特徴づける分子の同定にも成功したため、これまで困難であった歯髄炎の正確な診断ならびに歯髄保存療法の適応が拡大されることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2023年3月13日(月)(日本時間)に米国科学誌「Journal of Dental Research」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Development of Rat Caries-Induced Pulpitis Model for Vital Pulp Therapy”
著者名:Hailing Huang, Motoki Okamoto, Masakatsu Watanabe, Sayako Matsumoto, Kiichi Moriyama, Shungo Komichi, Manahil Ali, Saaya Matayoshi, Ryota Nomura, Kazuhiko Nakano, Yusuke Takahashi, Mikako Hayashi
DOI:https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/00220345221150383

なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の支援を受け、大阪大学 大学院歯学研究科  小児歯科学教室 仲野和彦教授、広島大学大学院医系科学研究科 小児歯科学 野村良太教授らの協力を得て行われました。

参考URL

SDGsの目標

  • 03 すべての人に健康と福祉を
  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

歯髄炎

歯の最も内側に存在し、知覚をつかさどる組織である歯髄においてう蝕などによって誘発された炎症のこと。歯髄は象牙質知覚過敏などで痛みを感じる組織であり、「歯の神経」などと呼ばれる。それ以外に、後天的に象牙質を形成する機能や外来病原物質の侵入を防ぐ役割、組織内に存在する免疫細胞によって炎症や創傷治癒にも関与している。

可逆性・不可逆性歯髄炎

歯髄炎の中で、炎症が軽度で正常な状態に回復可能な炎症を可逆性歯髄炎、炎症が重度で回復が難しいものを不可逆性歯髄炎という。

マクロファージ

白血球の1種で、役割によってM1型とM2型に大別される。M1型は炎症性サイトカインを分泌し、感染防御に働くといわれ、M2型は炎症を抑制し、組織の修復に関わるとされる。

抜髄

う蝕などが進行し、歯髄組織全体に炎症が波及し、正常歯髄に回復しないと診断された場合(=不可逆性歯髄炎)に、歯髄を除去する治療法。

歯髄保存療法

歯髄の生活状態を維持するための治療法で、歯髄鎮静消炎療法と覆髄法に分類される。現在における適応は正常歯髄もしくは可逆性歯髄炎である。