COVID-19の重症化を予測する3つの血中蛋白質

COVID-19の重症化を予測する3つの血中蛋白質

患者さんに適切な医療を提供するために重症化を早期に予測

2022-11-11生命科学・医学系
医学系研究科特任助教(常勤)蛯原健

研究成果のポイント

  • 米国と本邦の新型コロナウィルス感染症(COVID-19)患者の、血液中の様々な蛋白質を解析し、重症化に関連した蛋白質を5種類同定した
  • 5種類の蛋白質を大阪大学医学部附属病院、中河内救命救急センターに入院した重症のCOVID-19患者で検証し、そのうちWFDC2、CHI3L1、KRT19、GDF15の4種類の蛋白質が死亡例の血中で上昇していることを明らかにした
  • WFDC2、CHI3L1、KRT19の3種類の蛋白質を測定することで重症化を予測することができ、今後診断キット開発への応用が期待される

概要

大阪大学大学院医学系研究科の蛯原健 特任助教(常勤)、大学院生の松原庸博さん (現大阪警察病院医長)と戸上由貴さん(博士課程)、松本寿健 特任助教(常勤)、小倉裕司 准教授(救急医学)らの研究グループは、米国と本邦のCOVID-19患者の重症例で上昇する血中の蛋白質を5種類同定しました。そのうちの3種類 (WFDC2、CHI3L1、KRT19)を測定することで死亡率の高い集団を同定することができ、重症化する人を予測することができました。

COVID-19は症状が様々であり、一部の人は重症化し人工呼吸器やECMOの治療が必要となります。この重症化する人を早期に見つけ出し、適切な医療機関で治療を行うことが肝要と考えられますが、どの様な人が重症化するかは明らかにされていません。

今回、研究グループは、米国と本邦のCOVID-19患者の血液中の様々な蛋白質を解析し、WFDC2、CHI3L1、KRT19、GDF15の4種類の蛋白質が重症例で有意に上昇していることを明らかにしました。さらにWFDC2、CHI3L1、KRT19の3種類の蛋白質の測定値を用いて、死亡率の高い集団を同定することができました。これによりCOVID-19の重症化を早期に予測する診断キットの開発応用が期待されます。

本研究成果は、欧州科学誌「Journal of Clinical Immunology」に、11月5日(土)(日本時間)に公開されました。

研究の背景

COVID-19は症状が様々であり、一部の人は重症化し人工呼吸器などの治療が必要となります。この重症化する人を早期に見つけ出し、適切な医療機関で治療を行うことが肝要と考えられますが、どの様な人が重症化するかは明らかにされていません。また、重症になる人のメカニズムは十分に解明されていません。

研究の内容

今回、研究グループは、インターネット上に公開されている米国のCOVID−19患者306名の血液中の1463種類の蛋白質を解析し、死亡または人工呼吸器により治療された人で有意に上昇していた蛋白質を24種類同定しました。続いて、大阪大学医学部附属病院で治療した53人のCOVID-19患者の血液中で、この24種類の蛋白質が上昇しているかを調べました。その結果、長期の人工呼吸管理(13日以上)または死亡した症例では24種類のうち5種類の蛋白質が有意に上昇していることが分かりました。さらに別の時期に大阪大学医学部附属病院または大阪府立中河内救命救急センターに入院し、人工呼吸器による治療を受けたCOVID-19患者113人を対象に、この5種類の蛋白質を検証したところ、WFDC2、CHI3L1、KRT19、GDF15の4種類の蛋白質が死亡例において血中で有意に上昇していることがわかりました。最後に上記2病院に入院した日の血中のWFDC2、CHI3L1、KRT19の測定値を用いて潜在クラス分析を行ったところ、113人は3つのフェノタイプに分類され、予後との関連が見られました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は大きく二つの意義があります。一つ目は、今回同定した蛋白質がCOVID-19の重症化の新規予測マーカーとなりうる点です。今後キットの開発などが進めば、簡便に患者さんの重症化を予測することができ、臨床現場で役立つ可能性があります。二つ目は今回、複数の患者さんで検証を重ね、同定した4つのタンパク質はCOVID-19の重症化に関与している可能性が高い点です。これらの蛋白質の働きを解析することで、COVID-19の重症化の新たなメカニズムの解明や、将来的には新規治療薬の開発につながる可能性があります。

特記事項

本研究成果は、2022年11月5日(土)(日本時間)に欧州科学誌「Journal of Clinical Immunology」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】“Combination of WFDC2, CHI3L1 and KRT19 in plasma defines a clinically useful molecular phenotype associated with prognosis in critically ill COVID-19 patients”
【著者名】Takeshi Ebihara1, Tsunehiro Matsubara1, Yuki Togami1, Hisatake Matsumoto1*, Jotaro Tachino1, Hiroshi Matsuura1,2,Takashi Kojima3, Fuminori Sugihara4, Shigeto Seno5, Daisuke Okuzaki6, Haruhiko Hirata7 and Hiroshi Ogura1 (*責任著者)
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 救急医学
2. 大阪府立中河内救命救急センター
3. 大阪大学医学部附属病院 臨床検査部
4. 大阪大学微生物病研究所・免疫学フロンティア研究センター(IFReC)中央実験室
5. 大阪大学大学院情報科学研究科 バイオ情報工学専攻
6. 大阪大学微生物病研究所附属 遺伝子情報実験センター
7. 大阪大学 大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
DOI:https://doi.org/10.1007/s10875-022-01386-3

本研究は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」の支援を受けて行われました。本研究にご協力いただいた皆様に深く感謝いたします。

本研究に関わる特許情報
患者の分類方法、キットおよびバイオマーカーの使用
出願人:国立大学法人大阪大学
国内出願番号:2021-166740
国際出願番号:PCT/JP2022/034683


用語説明

WFDC2

別名HE4と呼ばれ卵巣がんや肺がんなどで過剰に産生されることから腫瘍マーカとして用いられている蛋白質。上気道の上皮細胞からも分泌されている。

CHI3L1

マクロファージ、好中球、腫瘍細胞など多くの細胞で合成、分泌される蛋白質。喘息、関節炎、敗血症などとの関連が指摘されている。

KRT19

様々な上皮組織から産生される蛋白質。肺がんや乳がんなどの様々な癌で過剰に産生されることから、KRT19の断片であるシフラは腫瘍マーカーとして広く臨床で用いられている。

GDF15

腎臓や肝臓、マクロファージなど様々な組織、細胞から産生される蛋白質。病気に対して、保護的に作用することが報告されている。本研究室でも注目しており、これまで敗血症、COVID-19(T.Ebihara et al.Frontier in immunology. 2022)、熱傷(S.Onishi et al.Shock 2022)で予後や重症度との関連を報告している。

ECMO

体外式膜型人工肺、extracorporeal membrane oxygenationの略。人工肺とポンプを用いた体外循環回路による治療を行う。

潜在クラス分析

様々な値を潜在的な変数として、データを統計的にクラス分けする手法。様々な性質の変数が混在した膨大なデータから分析を可能とする。統計情報を基に分析結果を各クラスへの所属確率として算出するのが特徴。

フェノタイプ

臨床像に基づき分類された疾患のサブタイプのこと。今回の研究ではCOVID-19を入院時のWFDC2、CHI3L1、KRT19の測定値により分類したサブタイプのことを示す。