重症熱傷患者の死亡率に関わる 3つのタンパク質とサブグループを同定!

重症熱傷患者の死亡率に関わる 3つのタンパク質とサブグループを同定!

2023-7-20生命科学・医学系
医学系研究科教授織田 順

研究成果のポイント

  • 重症熱傷(やけど)患者の血液中のタンパク質を質量分析法を用いて解析し、生存死亡(転帰)と関わりの強い10種類のタンパク質を同定した。
  • 10種類のタンパク質のうち、生存死亡(転帰)と特に関わりの強い3種類のタンパク質(HBA1、TTR、SERPINF2)を用いて患者を分類化(フェノタイピング)し死亡率別に3つのサブグループ(フェノタイプ)を同定した。
  • これら3つのタンパク質は熱傷治療の新たなカギとなる可能性があり、フェノタイプに応じた新たな治療戦略や治療薬開発への応用が期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科 大学院生の大西伸也さん、蛯原健 特任助教(常勤)、松本寿健 特任助教(常勤)、小倉裕司 准教授、織田順 教授らの研究グループ(救急医学)は、阪大微生物病研究会(BIKEN財団)の杉原文徳氏(研究当時:免疫学フロンティア研究センター・微生物病研究所 (中央実験室) 助教)らの研究グループとJCHO 中京病院 大須賀章倫 第一救命救急センター長との共同研究で重症熱傷患者の血液中のHBA1、TTR、SERPINF2という3種類のタンパク質が生存死亡(転帰)に関わっていることを明らかにしました。そしてそれらを組み合わせてフェノタイピングしたところ、患者群を死亡率別に分けられることがわかりました。

これまで重症熱傷患者の血中に含まれるタンパク質の網羅的な測定および統合解析(プロテオミクス)は行われてきませんでした。そのため、病態に関係するにも関わらず、今まで注目されてこなかったタンパク質が存在します。

今回、研究グループは、重症熱傷患者(熱傷深度Ⅱ度以上の熱傷範囲20%以上)の受傷日の血液(血漿)を用いて、質量分析法によって642種類のタンパク質を測定し、生存群と死亡群間で比較しましたその結果、受傷日の時点で生存死亡(転帰)に関わっている可能性のある10種類のタンパク質を同定しました。その中でもHBA1、TTR、SERPINF2というタンパク質がより強く生存死亡(転帰)に関わっていることを明らかにしました。また、この3種類のタンパク質の濃度に基づいて重症熱傷患者をフェノタイピングしたところ、生存死亡(転帰)と関係のある3つのサブグループを同定しました

本研究成果は、2023年7月3日(月)に米国科学誌「iScience」(オンライン)に掲載されました。

20230720_2_1.png

本研究の概略図

研究の背景

重症熱傷は循環系、免疫系、代謝系、凝固系など生体中でとても多くの領域に変化を引き起こすため、どのようなことが起きているのかは完全には解明されていません。重症熱傷による死亡者数を減らす為には、生体内で何が起きているかを解き明かしていく必要があります。近年の測定機器やプロテオミクス技術の発達により、一度にとても多くのタンパク質を網羅的に解析することが可能となっています。熱傷のプロテオミクスはまだ新しい研究分野であり、熱傷を負った際の生体内の変化を捉えられる可能性があります。

研究の内容

今回、研究グループは日本で有数の熱傷診療施設である独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)中京病院に入院となった重症熱傷患者83名および健康なボランティア10名の血液(血漿)中の642種類のタンパク質を測定し解析しました。

その結果、健康な人との比較において、重症熱傷では23種類のタンパク質の発現量が大きく異なることがわかりました。また、受傷から28日以内に死亡した症例と生存した症例を比較したところ、受傷日の時点で10種類のタンパク質量が大きく変化していることがわかりました。

さらに、この中でも顕著に差があった3つのタンパク質(HBA1、TTR、SERPINF2)を用いて重症熱傷患者の潜在クラス分析を行い、3つのフェノタイプに分類しました。その結果、HBA1の発現量が高くTTRやSERPINF2の発現量が低いサブグループは死亡率がとても高く、TTRやSERPINF2の発現量が高いサブグループは受傷から28日の時点でほとんど死亡していないことがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果には大きく2つの意義があると考えています。第一に、今回フェノタイピングに用いた3つのタンパク質が重症熱傷における予後予測マーカーとなり得る点です。熱傷の見た目に紛らわされることなく身体内での変化を評価することができる可能性があります。第二に、生存死亡(転帰)に関与していると示唆されたタンパク質は受傷日当日の時点ですでにその量に変化が見られ、これらのタンパク質をターゲットにした新たな治療方法の開発につなげることができれば、重症熱傷急性期における治療のブレークスルーになる可能性があると考えています。

特記事項

本研究成果は、2023年7月3日(月)に米国科学誌「iScience」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】“Combination of HBA1, TTR, and SERPINF2 in plasma defines phenotype correlated with severe burn outcome”
【著者名】Shinya Onishi1, Hisatake Matsumoto1,7,8,*, Fuminori Sugihara2,8, Takeshi Ebihara1, Hiroshi Matsuura1,3, Akinori Osuka4, Daisuke Okuzaki5,6,7,8, Hiroshi Ogura1 and Jun Oda1(*責任著者)
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 救急医学
2. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター・微生物病研究所 中央実験室
3. 大阪府立中河内救命救急センター
4. 独立行政法人地域医療機能推進機構 中京病院 救急科
5. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)
6. 大阪大学 微生物病研究所 遺伝情報実験センター
7. 大阪大学 先導的学際研究機構(OTRI)
8. 大阪大学 感染症総合教育研究拠点(CiDER)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.107271

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、武田科学振興財団の支援を受けて行われました。
本研究にご協力いただいた皆様に深く感謝いたします。

参考URL

大西伸也 大学院生 Research map
https://researchmap.jp/so0701

用語説明

質量分析法

質量分析には様々な方法がありますが、本研究では液体クロマトグラフィー質量分析法を用いています。タンパク質を細かく切断した後にそれぞれの質量情報を取得し、データベース検索を行うことで血中に含まれるタンパク質を網羅的に調べることができます。ショットガンプロテオミクス解析とも言われます。

フェノタイピング

一つの疾患を臨床的な特徴によって分類しサブグループ化すること、そのサブグループをフェノタイプとも表現します。

HBA1

赤血球中に含まれるヘモグロビンの構成成分です。本研究では血漿中のタンパク質を測定しているためこのHBA1の量は赤血球が壊れた(溶血)程度を示していると考えます。

TTR

トランスサイレチンやプレアルブミンとも呼ばれています。これまでは栄養状態の変化を把握するために測定されてきました。近年、様々な疾患において死亡率との関連が報告されています。

SERPINF2

α2アンチプラスミンとして知られています。血液を固まらせたり溶かしたりすること(凝固線溶系)に関連しているタンパク質で、これまでに高悪性度の卵巣癌で産生される事が報告されています。

プロテオミクス

いつどこでどのタンパク質がどれだけ発現しているかを系統的、網羅的にタンパク質に関するデータを収集し解析する技術、方法論です。

重症熱傷患者(熱傷深度Ⅱ度以上の熱傷範囲20%以上)

熱傷の重症度は一般的に範囲と深さと年齢で判断します。今回の研究では熱傷の範囲(体表面積の20%以上)と深さ(Ⅱ度以上)のみで「重症」と定義しました。解析の時点で範囲や深さの条件を厳しくすることや、年齢によって区別し様々な比較を行っています。

潜在クラス分析

個人の様々な特徴の違いから、統計情報に基づきクラス(サブグループ)を決定する手法です。